切れた≪月界帝国≫との【縁糸】《えんし》

文字数 2,453文字

 「「そうか。

 それではもう尋ねまい。

 そなたのその強き決意、この『縁輪』が、

しかと受け止めた。

 まずは、そなたの祖国、≪月界帝国≫との

縁を絶ち切る。

 このままでは、もうすぐ帝国に戻されて

しまうでな。

 そなたと≪月界帝国≫との縁は、そなたの

右手人差し指の糸で結ばれている。

 その人差し指からあふれ出る清流のごとく

青き糸。

 その糸を絶ち切ろう。」」


 【縁糸(えんし)】 


 それは、簡単に絶ち切れるものではない。

 数百年、いや数千年もの長い年月をかけて
(つむ)がれてきた糸。

 それだけに強固で、ちょっとやそっとでは
びくともしない。

 下手(へた)に絶ち切ろうとすれば、その(はず)みで
糸が刺激を受け、(ちぢ)んだり、(たゆ)んだり、(ゆが)
だりする。

 (たゆ)みや(ゆが)みは、その糸の持ち主の人生に
そのまま影響を与えてしまう。

 失敗すれば、その糸のように(ゆが)んだ人生を
送ることになり、不幸な末路が待っている。

 『縁輪』は、最後にその糸を絶ち切った
(あと)より新たに創られる『せせらぎ』の人生を
視ていた。

 ところが、さすがの『縁輪』でも
『せせらぎ』の、この先の人生を見通すこと
はできなかった。

 その人生は、まるで(もや)がかかったかのよう
にぼやけていた。

 その(もや)が、一体何を意味するのか。

 必ずしも不吉な何かを示しているわけでは
ないのだが。。。


 ((やはり、この糸は絶ち切った方が

良さそうだ。

 『せせらぎ』の言うとおり、この縁の糸が

ある限り、望む人生を生きていくことはでき

まい。

 人間の一生は、長くも七、八十年。

 苦しみも、その一生とともに終わろうが、

このままその縁の糸を絶ち切らねば、

『せせらぎ』は、これから千年以上も苦しみ

続けていかねばならない。

 それは、あまりにも不憫(ふびん)というもの。))


 『縁輪』は、覚悟を決めた。


 この【縁糸(えんし)】を絶ち切ると。


 『縁輪』は、『せせらぎ』の右手人差し指
から帝国に向けて伸び続けている青き縁の糸
を自らの左人差し指と親指でつまんだ。

 そして、今度は、『せせらぎ』の右手
人差し指を自らの右手で包み込んだ。


 すると。。。

 今まで少しづつ伸びていた糸が、物凄い
勢いで『せせらぎ』の右手人差し指の先から
一気にあふれ出て来たのである。

 『縁輪』は、その糸を手に取ると、自らの
手首にぐるぐると巻きつけていった。


 長い、長い糸。


 いったいどれくらいの長さなのか。

 『縁輪』は、それを素早く器用に手首に
巻きつけていく。

 無言でひたすら巻きつけていく。



 どれくらいの時が経ったのであろうか。

 『せせらぎ』の右手人差し指の先から
伸びていた青き縁の糸の先が、ようやく
見え始め、ついにその末端が現れた。

 『縁輪』は、手首に巻きつけた糸で、
空中に《縁》という文字(もじ)を創った。


「「これでよい。」」


 そうひと言 (つぶや)くと、胸の(ふところ)から
握りバサミを取り出した。

 
 するとどうだろう。

 その握りバサミは、見る見るうちに
大きく、大きくなっていったのだ。

 もはや両手で持たないと持てないほどの
大きさの握りバサミを手にしながら、
『縁輪』は『せせらぎ』に言った。

 「「『せせらぎ』よ。

 これは【縁切りバサミ】。

 このハサミで、その《縁》という文字を

真ん中から切るがよい。

 そうすれば≪月界帝国≫との縁は切れる。

 その時、帝国との《縁》を絶つという強き

思いをそのハサミに込めるのじゃ。

 よいな。」」


 「「はい。わかりました。」」

 そう答えると『せせらぎ』は、
【縁切りバサミ】を両手でギュッと握った。


 そして。。。

 ((【縁切りバサミ】よ。

 我を≪月界帝国≫から切り離してくれ。

 我は、『さえずり』を永遠に護って

いきたい。

 そのためには、もはや帝国との《縁》を

絶ち切る以外手立てがない。


【縁切りバサミ】よ。
 

 どうか。。。

 どうか。。。この我を。。。

 この我と帝国との《縁》を絶ち切って

くれ。。。))

 
 そう【縁切りバサミ】に自らの願いを込め
たのである。


 すると。。。

 『せせらぎ』の持つ【縁切りバサミ】が
キラリ光った。


 それは。。。


 『せせらぎ』の純粋な想い。

 『さえずり』を心から幸せにしたいと願う
真っすぐで誠実なその想いが【縁切りバサミ】
にしっかりと届いた(あかし)であった。

 『せせらぎ』は、意を決して『縁輪』の
言う通り、その【縁切りバサミ】で《縁》と
いう文字(もじ)を真ん中から絶ち切っていった。

 握った瞬間は、かなり重かった
【縁切りバサミ】。

 だが、絶ち切る時には、とても軽くなって
いた。

 まるで【縁切りバサミ】自身が、
『せせらぎ』の想いを後押ししてくれて
いるかのように。


 ジョキッ、ジョキッ、ジョキッ。。。


 鋭い音を立てて【縁切りバサミ】が
『せせらぎ』と≪月界帝国≫とを(つな)ぐ青き
縁の糸を迷わず切り裂いていく。

 そこには、『せせらぎ』の『さえずり』に
対する揺るがない想いがあった。





 そして。。。

 『せせらぎ』が、その文字(もじ)を切り終えた
瞬間。。。


 ビシッッッ!!!


 宇宙全体に響き渡るほどの轟音(ごうおん)と共に、
文字(もじ)は見事に()(ぷた)つに()けたのである。


 「「これでよい。

 これで、もうそなたと≪月界帝国≫との

《縁》は、完全に切れた。」」


 「「ありがとうございます。

 『縁輪』さま。」」


 『せせらぎ』は、『縁輪』に礼を述べた。

 『せせらぎ』の瞳からは、なぜか涙が
あふれてくる。

 絶対に後悔しないと自らに誓ったはずで
あった。

 もう二度と迷わないと自らに言い聞かせた
はずであった。


 なのに。。。

 涙が。。。涙が止まらない。


 長きに渡り、≪月界帝国≫の民として
生きてきた『せせらぎ』。

 祖国、≪月界帝国≫には、『せせらぎ』の
帰りを待ち望んでいる家族がいる。

 両親が、兄弟が、『せせらぎ』が任務を
終え、地球から帰還するのを今か今かと
楽しみに待っているのである。

 愛しき家族との永遠(とわ)の別れ。

 忠誠を誓い、帝国の繁栄のために寄与する
のが使命と胸を張って生きてきた自分。

 様々な想いが錯綜(さくそう)し、決意したはずの
『せせらぎ』の心は、一瞬、不安で(さいな)まれ
そうになった。


 その恐怖と不安の一歩手前で、
『せせらぎ』は、辛うじて踏ん張って
()えていたのである。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

昇龍 澄子《しょうりゅう すみこ》


導光の妻。四十七歳。 

元客室乗務員。導光とは、機内で知り合った。

現在は、息子の縁成とともにイギリスに滞在中。

かつて偉大な巫女であったという前世を持つ。

導光同様、非常に高い霊能力と癒やしの力で多くの人々を内面から支え、癒やしながら心を修復し、

本来の自分を取り戻せるよう救える人物。

桜と龍に縁がある。

性格は、かなり天然で、かなりズレている。

どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、家族との会話がかみ合わない面がある。 

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