追い詰められた犯人

文字数 2,937文字

 この帝国の核となるその【月帝源】を
盗んだ犯人。

 それこそが今、皇帝が目の前に剣の(やいば)
向けた相手。


 『チュウチョウ』であった。


 先代の皇帝もこの『チュウチョウ』を
疑っていた。

 だが、確たる証拠がなく、その動機も
見い出せないままであった。


 『極月光天』は、父である先代の皇帝から
『チュウチョウ』が犯人である可能性が強い
と告げられたわけではなかった。

 しかしながら、『チュウチョウ』を見る度
に引き()る先代の皇帝の目。

 そして、こわばる表情。

 時折のぞかせる(けわ)しい疑念の眼差(まなざ)し。

 強い警戒の念。


 その眼差(まなざ)しは、『チュウチョウ』に対する
積怨(せきえん)敵愾心(てきがいしん)に満ちていた。

 今にも手にしているその剣で、
『チュウチョウ』を突くが(ごと)く、
その『チュウチョウ』に対し、
刺すような視線を向ける父。

 それを()の当たりにしていた『極月光天』
には、

 (おそらく父は、『チュウチョウ』を

疑っているのであろう。)


 そう感じることができるほどの言外(げんがい)の確信
があった。


 だが、証拠もなく問い詰めても、それは
返って自らの首を絞めることになる。

 こちらを不利な状況に追い込んでいく
だけだ。


 『極月光天』は、先代の皇帝の冷静かつ
老練な駆け引きの姿勢を見習い、一切 (すき)
見せず、弱さを(かく)し、性悪説(せいあくせつ)を貫いた。

 ほんのひと欠片(かけら)(すき)や弱みを敵は突いて
くる。


 『極月光天』は、『チュウチョウ』に疑惑
の目を向けながらも、(まこと)の犯人を突き止め、
追い込むことを常に画策(かくさく)していたのである。



 「へっ。。。陛下。。。

 こっ、これは。。。

 なぜ、この私に(やいば)を向けられるの

ですか?」


 「黙れっ。

 刃を向けられるその理由(わけ)が、お前には

わからぬと申すか?」


 「ごっ、ご乱心(らんしん)なされたのか。。。

 わっ、私には何のことなのか、

さっぱりわかりません。


 この二千年もの間、私は、ひたすら

帝国のため、そして、先代の皇帝陛下と

『極月光天』陛下のため、この命を

()けて尽くしてまいりました。

 そのことに、嘘偽(うそいつわ)りはいっさいござい

ません。

 そっ、それは陛下が一番ご存じのはず。

 なのに。。。その私になぜ。。。

 なぜ刃を。。。」


 「そうか。

 あくまでシラを切り通すつもりなら、

()が代わりにお前の[悪事(あくじ)]を白状(はくじょう)して

やろう。」


 『極月光天』は、『チュウチョウ』に
そう言い放つと、使者のうちの一名、
『リンゼン』に、

 「『リンゼン』、それを渡せっ。」

 そう命じた。


 「はい。 陛下。」

 『リンゼン』は、そう返事をすると
『極月光天』に奪還(だっかん)した【月帝源】を
手渡した。


 虹のように美しく光輝く円形の箱に保管
されている【月帝源】。

 箱の大きさは直径十センチほど。

 わずかな隙間(すきま)から黄金色(こがねいろ)の力強い光が
()れており、その光を放つ物体こそが
【月帝源】であった。


 「『チュウチョウ』、

 これが何だかわかるか?」

 『極月光天』が、その【月帝源】を
『チュウチョウ』に見せた途端。。。


 『チュウチョウ』の表情が明らかに
変わった。


 「わっ、わかりません。」

 あくまで知らぬ存ぜぬを通す
『チュウチョウ』に対し、

 「わからぬと申すかっ。」

 『極月光天』は、声を荒げて怒鳴り散ら
した。


 「わかり。。。ま・せ・ん。。。」


 「『リンゼン』、

 これはどこで見つかったものだっ?」


 「『チュウチョウ』が保管している宝物庫(ほうもつこ)

から見つかりました。

 厳重に鍵が掛けられた部屋の中に隠されて

いたものです。」


 『チュウチョウ』の顔は、血の気が引いた
ように青白くなり、その(ほお)は、恐ろしさの
あまりピクピクと引きつっていた。


 「聞こえたかっ。

 お前の屋敷の宝物庫(ほうもつこ)から見つかったと

余の使者、『リンゼン』は申しておるっ。」

 『極月光天』は、怒りを吐き出すかのごと
く叫んだ。


 それでもなお、シラを切り続ける
『チュウチョウ』。

 どこまでも狡猾(こうかつ)で、どこまでも腹黒い
その態度に激怒する『極月光天』のその髪
は、あまりの(いきどお)りで完全に逆立っていた。

 その『極月光天』の姿を見て、恐怖におの
のいた『チュウチョウ』は、

 「たったわけたことを申すなっ。

 何を証拠にそのようなことを。。。」

 そう叫び、『極月光天』の使者
『リンゼン』につかみかかろうとした。


 『チュウチョウ』最後の[悪]あがきで
あった。


 その『チュウチョウ』の腕を振り払う
ように、

 「『チュウチョウ』の召使いが、洗いざら

い白状いたしました。

 すべては『チュウチョウ』の指示によって

なされたこと。

 これを厳重に見張るようきつく命令されて

いたそうです。」

 『リンゼン』が言った。


 そして、その『リンゼン』の説明を
補足するかのように、もう一名の使者
『イッセン』も、続いて『極月光天』
にこう付け加えた。

 「すでに召使いを含め、『チュウチョウ』

一族を、みな(とら)えております。

 すべては『チュウチョウ』の指示による

もの。

 先々代の皇帝陛下の代に、側近として

陛下に仕えていた『チュウチョウ』の

祖父が、幾重(いくえ)もの壁の扉を開けるカギと

なる呪文(じゅもん)を、当時の天文師(てんもんし)を買収して

聞き出し、その部屋まで忍び込めた

そうです。」



 先々代の皇帝は、信頼していた天文師の
裏切りにひどく心を痛めていた。

 犯人は誰かと天文師を問い詰めたものの
一向に白状しなかった。

 真実を語ってくれることを期待した先々代
の皇帝は、天文師に最後の機会を与えるため
しばらくの間、その天文師を(ろう)に閉じ込めて
いたのだが。。。


 してやられたり。


 その温情が(あだ)となり、天文師は口封じの
ために何者かの手によって暗殺されて
しまったのであった。


 国の行く末を占う天文師。

 代々世襲制で引き継がれ、その使命は非常
に重要なものであった。


 夜空に浮かぶ星座。

 その星々の微妙な動きや位置によって帝国
の運勢や事の吉凶(きっきょう)を占うのが天文師の大きな
役割。

 月に君臨(くんりん)する≪月界帝国≫でさえも、      
月の動きを常に見定めるのは容易なことでは
ない。      
                             
 恒星(こうせい)や惑星などの天体の位置や動きと帝国
のあり方を、長年の経験と深く結びつけなが
ら読み取り、判断する天文師の特殊な能力
は、帝国にとって必要不可欠なもの。

 天文師は、その(たぐい)まれなる能力と徳の高い
人格によってすべての帝国の民から(うやま)われる
ほどの存在であった。

 帝国は、この天文師に就く者に対しては、
絶大な信頼を置いてきたのである。

 その天文師が、まさか帝国と皇帝を裏切る
ようなことをしてしまうとは。。。

 そして、その天文師が最後まで白状しな
かったのは、『チュウチョウ』と密約を交わ
したため。

 『チュウチョウ』は、呪文を教える見返り
に、自分が皇帝になった(あかつき)には、皇帝に次ぐ
特別の位、《準皇帝》の位を新たに設け、
その位を与えると約束し、天文師を買収した
のであった。


 ところが、そこには大きな誤算があったの
である。


 【月帝源】そのものに強固な結界が張り巡
らされていることは、『チュウチョウ』も
天文師も知らなかったのだ。

 手に入れたはいいが、その結界を解くカギ
を握るのは皇帝のみ。

 なんとしても皇帝からそのカギなるものを
聞き出すために皇帝にすり寄り、見事に皇帝
の側近として上り詰めたものの。。。

『チュウチョウ』一族の陰謀(いんぼう)は、成功一歩
手前で足踏みし、気づけば、(はや)四千年もの時
が過ぎ去っていたのであった。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

昇龍 澄子《しょうりゅう すみこ》


導光の妻。四十七歳。 

元客室乗務員。導光とは、機内で知り合った。

現在は、息子の縁成とともにイギリスに滞在中。

かつて偉大な巫女であったという前世を持つ。

導光同様、非常に高い霊能力と癒やしの力で多くの人々を内面から支え、癒やしながら心を修復し、

本来の自分を取り戻せるよう救える人物。

桜と龍に縁がある。

性格は、かなり天然で、かなりズレている。

どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、家族との会話がかみ合わない面がある。 

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