第28話 父の名前を見て 

文字数 1,072文字

 職場の昼休みにほぼ同年代が集まると、親の病気、実家の片付け、葬儀や相続の話をすることが少しずつ増えてきました。

先輩のアドバイス「仏壇はとにかく掃除しやすいシンプルな形がいいよ」は参考になりました。

 やっと相続が終わったという話をしたら、同僚が、
「うちのお父さんが、相続のときに兄弟喧嘩にならないよう2区画土地を買っておいたぞ、っていうからどんな土地なのか調べたら、調整区域(ちょうせいくいき)雑種地(ざっしゅち)だったの!」

「え、それ、不動産屋に(だま)されたんじゃ」と私。
「ほんと、調整区域じゃ家も建てらんない」
「じゃあ、太陽光パネルでも置く? 今さらかな?」


 その同僚の母親は、最近、アルツハイマー病を発症していることがわかりました。
その症状(妄想)の凄まじさを聞き、私の母は記憶力の減退はあるものの、妄想らしきものは無いのでありがたいとつくづく実感。
そしてみんなで、「大変だろうけど、絶対に介護で仕事は辞めちゃだめだよ」と同僚をフォローするのです。

 私の父も、明晰(めいせき)とはいえないまでも、最後まで自分を保ってくれたのはありがたかった。
そして晩年あんなにも両親が仲良くなってよかったです。



 私が小学生の頃、両親は家業の繁忙期にはいつも喧嘩をしていました。喧嘩の内容は(しゅうとめ)(しゅうと)・親戚の軋轢(あつれき)がほとんど。
そして間に入って愚痴を聞く役目を(にな)ったのは私でした。

「なにか(悪口を)言っていた?」と聞かれたら「言っていないよ」と嘘。
『うそは常備薬 真実は劇薬』……心理学者の故河合隼雄先生の言葉です。私は心で唱えます、呪文のように。
顔色を読み、一緒に憤慨(ふんがい)してあげると、「そんなに悪い人じゃないよ」という風向きになって、私の性格がきついみたいになったりもしました。本当は大人同士の喧嘩なんて、私にとってはどうでもよかったのに。
私は空気を読むのが苦手だったのに、いつの間にか顔色を(うかが)うキャラになっていました。

 晩年の両親がこんなにもラブラブになって、愚痴を聞き続けた甲斐があったというものです。ここに行き着いたのはたまたまで、私の実績ではないのかもしれませんが。


 やっとすべての手続きが済みました。お父さん、財産を残してくれてありがとう。
深夜、登記簿謄本を開きます。

権利部(甲区)(所有権に関する事項)欄
父の名前から 原因 令和2年12月14日相続 として私の名前に所有権が移転しているのを見ています。

父の名前が、冷えて硬くなっているように感じました。
ああ、父は、死んだのだ。


通販サイトから、
『もうすぐ父の日! お父さんが喜ぶプレゼント』
というメールが届きました。

ああ、お父さんはもういないんだっけ。

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