第2話 亡くなる前、父のハンドサイン

文字数 1,390文字

 前回、父親の容態が急激に悪くなった話で始まったのだが、前置きが長くなってしまった。

 レンタルした電動ベッドの頭を少し高くして、父は喉が渇いたとジャスチャーしては吸い口で水を少し含み、そして咳き込むを繰り返し朦朧としていた。

 最後はほとんど声が出せなかったのだが、ふと正気に戻って言った言葉は、
「葬式、いつにする?」
だった。かすれ声だったがはっきりとそう言った。そして指を2本立てたのだ。

あと、2週間ということなのか? 2か月くらいはもつのか?
3人兄弟の中で私の仕事が一番忙しいから、私にタイミングを聞いてくれているのか?
実はそのとき仕事上で、込み入った案件、急ぎの案件が次々片づいて一段落していた時だった。


 それから父は、家族葬に呼ぶ親戚を2名指定した。
そして母に向かって「苦労かけたな」
私達を見て「みんな仲良くな」と声を振り絞った。

明るい妹が即座に返した。
「大丈夫だよ、みんな仲良いから」

それから父はまた朦朧とする海に漂いだし、その2日後の12月14日の朝亡くなった。


 駆けつけると母が大泣きしていた。やっぱりラブラブだ。
この状況でそんな感想を持つなんて、我ながらひどい娘だと思う。でも以前から感情的になっている人を見ると、私は醒めて俯瞰(ふかん)してしまう。
……私はあまりムードに流されないのだ。

 妹も駆けつけ普通に泣いた。
兄のお嫁さんも泣いていた。偉いぞ。
私もジワッときた。が、ジワッときただけで終了した。涙はなかなかこぼれないんだよな。よっぽどのことがない限り。よっぽどって何だっけ。
兄はどうだったかは、視界に入っていない。

 そのあと会社に連絡して、14日から18日の5日間、忌引(きび)き休暇を申請した。前述した通り珍しく仕事が一段落していたときだったので、私は心から父に感謝した。


 亡くなった当日の具体的な流れについては、需要があるだろうか? 簡単に記載する。

①訪問看護センターへ連絡。
(センターから在宅医療クリニックへ連絡してもらえる)
(救急車を呼んではダメと以前説明を受けていた)
 葬儀屋へ連絡。

②訪問看護センターの介護士2名が訪問し、遺体の清浄をしてくれた。
(葬儀屋に頼むと費用がかさむが、医療費となるので1割負担で行ってもらえた)

③在宅医療クリニックの先生が訪問、死亡を確認し『死亡診断書』を作成。

④薬剤師が訪問、ガンの痛み止めの薬を回収。(麻薬成分が入っているため)

⑤ケアマネージャーが訪問、レンタル電動ベッドの引き取りの話など。

⑥葬儀屋が訪問、式のプランと日取りの打ち合わせ。
 火葬場の予約。
 葬儀屋へ『死亡診断書』を提出。(市役所で火葬許可証取得のため)(後日返却される)
 新聞のお悔やみ欄にいつ掲載するかなど。

⑦お寺に連絡し、日取りの確認。

ここまで午前中。午後になると、もう近所の人がチラホラお線香あげに訪れる。

⑧お寺に行って打ち合わせ。戒名代の確認。四十九日の法要の予約。


 暗くなり妹が帰宅し、私もそろそろ自宅に帰ろうかとすると、
「お前は近いんだからもう少し居なさいよ」
と母に引き止められた。母は疲労でふらふらしながらも、
「これから写経をして棺に入れようかと思うんだ」
そんなことを言いだしたので、私は、
「今日はお願いだから早く休んで。眠れないかもしれないけど横になって」
と懇願した。

母は「そうかい」と呟いたあと、父が最後に言った「苦労かけたな」を反芻(はんすう)し、また泣いた。

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