第1話 父の容態が急変した

文字数 1,295文字

 エッセイは自分の日常を書けばいいのだから、そんなに難しくはないと思っていた。
甘かった。自分のことを書くのは思っていたよりしんどい。


 自宅療養をしている父の容態が、急激に悪くなったと母から電話があった。

 父は末期の肺がんであるが、病院嫌いのため訪問介護サービスを利用しながら、母が実家で介護をしていた。母は自宅での看取(みと)りというものに美学を感じているようで、祖父の時にも自宅介護をしている。
私と妹は結婚して別に所帯を持っており、実家にいるのは兄夫婦である。

 両親を見て思うのは、依存し合うこととラブラブの境目ってわからないということ。

 母は非常に献身的である。母は父のことを「仕事以外なにもできない人だから」と尽くした結果、母がいないと本当になにもできない人にしてしまった。
なので、父をもう少し自立させた方が母も楽だったのでは? と思ったけど、自立し過ぎたら私の夫のように散財してしまうかもしれないし、なんとも言えないところではある。


 病院嫌いになった決定的な理由は、医者から暴言を吐かれたためと母は言う。

 そのいきさつとしてはこうである。
本人の希望で手術をせずに痛み止めでやり過ごしたいと母が担当医に伝えたところ、
「どうして言うことを聞かないんだ。手術しないともって年内ですよ」
と父を前にして高圧的に言い放ち、そっぽを向いたというのだ。
その話を母から聞き「そんなことってあるの? ひどいね」と一応同調したが、私はその場に立ち会ったわけではないので今ひとつニュアンスが掴めない話だなと思った。

 図らずも父親は年の瀬に亡くなったので、この話は本当だったみたいだ。


 深読み陰謀論大好きな兄は言った。
「医者が年内で死ぬと言ったから、親父はそれがずっと頭にあって、その言葉に引っ張られたんだ。医者の暴言のせいで死んだ。暗示にかけられた」と。

 大袈裟だ。
父本人は痛み止めで朦朧としているし、薬が効かなくなったらどうしようという(おび)えをずっと抱えているし、母も介護で疲労困憊しているのだから年内でケリがついてよかったのだ。
早く死にたい、延命治療はしたくないというのは父の口癖だった。それは自分の耳で何度も聞いている。
こんな状態で「長生きしてね」という方が残酷だろう。
兄はその話を私と妹に2回したが、私達の反応が今一つだったためもう言わなくなった。


 ところで、自宅で看取るというのは自然でハートフルなイメージだけど、舞台裏ではかなり高度なテクニックが必要になると実感した。来てくれていた介護スタッフに薬剤師さん、そして新しい在宅医療の先生、みんな超優秀だった。
在宅医療って、例えるなら洗顔料のCMみたい。スッピンに見える高度なメイクテクニック。


 今回、訃報を知った全員からかけられた言葉は、
「今はコロナのせいで入院したら面会できないからね、自宅で見送りできてよかったね」
ということだった。
私は神妙な顔を作り、「はい」と頷いた。

 そうは言ってもさ……
自分は病院で延命せずに死にたい。介護で家族を巻き込みたくないもの。誰にも看取られなくてもかまわない。
まだ先の未来だが、その頃医療崩壊などになっていませんように。

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