第11話 相続税の申告要否判定コーナー

文字数 1,543文字

 夫が、ニヤニヤして言った。
「相続は()めるぞ~」
「別に兄弟仲悪くないから大丈夫だよ」

「そう思うだろ? ところがどっこい、いざとなったら揉めるんだよ~。俺んちそうだったもん。え!? 遺言書作って無いの? まずいよ~」(ニヤニヤ)

夫は直近の相続で欲をかいた結果、虻蜂(あぶはち)取らずで大損している。今回は外野なので面白がっている。


 ここまで読んでいただいた方には何となく伝わっているかと思うが、私の夫はお調子者である。初めて夫の両親に挨拶したとき、動かざること山の(ごと)しのオーラを(まと)い気が()かないの代名詞である私を、
「息子と違って落ち着きのあるお嬢さん」
と歓迎してくれたのは大切な思い出である。
 なので若い人に伝えたい。
自分の短所は長所になる場所がどこかにある筈なので、あまり後ろ向きにならないで欲しい。
若い人は葬儀と相続のエッセイは読まないと思うけど。


***************

 私の実家の場合、
3,000万円+(600万円×母と兄弟で4人)=5,400万円

相続財産が5,400万円を超えたら相続税がかかる。

私は国税庁のホームページで『相続税の申告要否判定コーナー』なるものを見つけ、さっそく父の所有する3つの不動産の場所と面積、そして微々たる預貯金を入力してみた。

……どうやら私の見立てでは相続税はかからない。3つのうち2つは、父母持ち分1/2ずつの共有名義の不動産なので、その評価は1/2となるからだ。
そして今、土地の評価は底値らしい。こんなこと言ったら怒られるけど、お父さん、ナイスタイミング。

 相続税の問題は無くなったとして、次の課題は相続による不動産の所有権移転だ。
両親は実家を跡取りである兄にすんなり相続させたい。
そこで揉めないよう、別に所有している不動産2つをそれぞれ私と妹に相続させるという口約束をしていて、私達はそれで納得している。

 路線価が高く断トツで評価額が高いのが、兄が相続する実家Aである。
次に妹が相続予定の広く形のいい土地B。
私の相続予定の土地Cは小さいため一番評価が低い。

……けれど私は土地Cに惚れ込んでいる。ぞっこんである。
親が決めた結婚相手に一目惚れしたかのよう。とにかく立地条件がいいのだ。周辺の民度も高い。数字だけじゃわからないことってありますよね。

 そしてA、Bは父母共有名義で、Cは父単独名義。
勘のいい方はお気づきかもしれませんが、Cは二次相続が発生しないのである。今回私が全部相続したらそれでお終い。それが(わずら)わしくなくていいなぁ、と。
 A、Bは今回相続したら、兄・妹は母と共有名義となる。母が亡くなったときには、また相続手続きが発生するのだ。


***************

 父の容態が悪くなってきた頃から、相続のことは兄弟でたまに口にしていた。

「いざとなったら揉めるって聞くけど、大丈夫だよね」
「誰も損しないから揉めないと思うけど」
「もし揉めるとしたら誰だろう」
揉めるとしたら誰だろう? 三すくみのよう。

 日頃波風立てないように過ごしているけど、兄妹が内心では何を考えているのかなんて……わからない。どんな不満を抱えているのかも。
実は市役所での徴求書類のことで、私は兄とすでに些細(ささい)な口論をしている。今まで喧嘩なんてしたことはなかったのに、平常時には見えない(あら)が浮き彫りだ。お互い様ではあるが。

 日常生活で、相手がつまらないことを言いだしたら流せばいい。
けれど相続となったら、相手のいちゃもんも相撲のように”がっぷり四つ”に組んで対応しなければならないよね……面倒くさ……
「遺産分割協議書は絶対作っておいた方がいいぜ~、後々トラブルになるから。相続人全員が合意(ごうい)したって証拠を残すんだよ」
とは、夫の言葉。

 疑心暗鬼はヒタヒタと忍び寄り、私の目の端に映った。

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