第12話 遺言書もどき

文字数 1,310文字

 「あ~あ、遺言書があったらな~」

 話が早くて面倒くさくないのにな~と思い、つい口に出てしまった。
するとお茶を飲んでいた母が振り返り「ある筈だよ」と。
え? 先週無いって言っていたよね?

「たしか具合悪くなる前、半年くらい前に書いたよ」
それを早く言ってくれ! 心の中で叫ぶと、私は実家で遺言書の捜索を始めた。

 年代物の金庫の中の封筒を引っ張り出す。不動産の権利証だった。あとは古い生命保険の証書とか。
それから祖父が亡くなる前に作った、公正証書が出て来た。父の兄弟間での相続トラブル回避のため、母が祖父を公証人役場に連れて行って作ったものだ。……紛らわしいな!
金庫の上部の薄い引き出しを開ける。何枚かの色褪せた古い写真の一番下にそれはあった。

 白いエンディングノート。
開くと両親が言っていた口約束が具体的かつ単純明快に記載されていた。
日付は2018年9月。お母さん、2年前だよ。

「あんたよく見つけたね」「どれどれ見せて」
母と妹がノートを覗き込む。

 これ、お母さんが書かせてくれたんでしょう? 
ありがとうね。完璧だよ。ちゃんと遺言書ってタイトルもある。
見て、お父さん字が下手なのに、しっかりとした字で書いてある。
これ、別の紙に練習して書いたんだろうね。目に浮かぶよ。
きれいにハンコも押してある。日付も。偉いよ。お父さん、ありがとうね。
多分この通りに相続は進むと思うけど、遺言書があった方が説明しやすいよね。
これが故人の遺志だもんね。
果たしてこれが遺言書と同じ効力を持つかどうかは別にして。
え、だって、封していないし。公証人役場や裁判所で証明されていないし。
でも相続人全員、これで合意しているって言えば話は早いよね? 
これがあれば誰も変な揉めるようなこと言い出したりしないよね。
みんな仲良くってお父さん言っていたもんね。

 この遺言書は父からの手紙みたいだ。手紙っていうものは嬉しいものだな。
私は父の遺影の前でおしゃべりになった。


***************

朴訥(ぼくとつ)な父の字を久し振りに見た私は、それが引き金になったみたいだ、その晩お風呂に浸かると記憶が蘇ってきた。

 お父さんはビタミンC信者だった。(笑)
ビタミンCさえ摂取していれば病気にならないって。私が就職してからは、毎日ビタミンCの錠剤を勧めてきた。
「これさえ飲んでおけばもう大丈夫だ」と自信たっぷりに言われると、「そうか?」と思いながらもちょっと安心したな。

 そうだ! 自転車通勤する私がすぐ出動できるようにと、毎朝自転車の向きを進行方向に向けておいてくれたっけ!(笑)毎朝バタバタしていたからな。なんだ私、超過保護のバカ娘じゃん。
お父さんは、就職してからの私を買いかぶり過ぎ。会社じゃ全然偉くないんだよ。なのになんか勘違いしてくれて……

私は本当に鈍くさい。鈍くさすぎて嫌になる。

 やっと気持ちが(ほど)けてきて、湯船の中で鼻をすすり上げ「おっ、これは」と思った。これはよくある、葬式の最中は気が張って泣けなかったけど、落ち着いてからしんみり泣けてきたってやつか? これはエッセイとして座りがいいな。
そんなこと思っていたら涙も引っ込んだ。

正直に書きます。ノンフィクションだからね。

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