3)イデオロギー
文字数 2,090文字
奇書の意味や使い方は日・中でまったく異なってて、
中国だと面白い、優れた書物を意味する
日本では
そこで
見つけたのは「イデオロギー」という
じっさい色いろな意味づけ・使われ方がされている。
観念がいう意味は理論でなく逆算と云えばいいかも、
だから奇書は独自の目的を設定し道筋を示していく!
なんやあ、小説と変わらんやないかと思われるかも、
作家は読者の関心に
真虫の場合、読んで
読んで得るモノがイデオロギーと深く関わってくる。
これが仮に宗教書ならその宗教で得られる幸せだし!
政治思想書ならその政治体制で得られる何かだろう!
哲学書なら納得いく命題・解が示されるのだろうな!
誰もが自説に
仮に瑕疵がなくてもその奇書は
イデオロギーは物証として使えないものだからです。
このことで現在に至るまで多くの知識人が間違えた、
世界中の哲人政治家たちの
間違った結果、
イデオロギーという一種独特の価値には用心がいる。
こんな真虫でも信仰していて間違いない確信はある。
確信あってもイデオロギーであれば盲信はならない。
たとえば「神風信仰」で考えてみてはどうでしょう?
日本は神の国だから必要に応じて神風が吹くと云う‥
神の国だったとして、神風があったとして、それで?
神があなたを助けなければならない義理でもあるの?
100円の
神風は吹かず、今も日本には戦争の
今回は、ちょっと変わった角度から考えてみました。
朝ドラも...ヒロインだから幸せになるなら既に
私たちは
邪道でなく
邪道をいく不良な子を育てても何の
正道を歩むなかで見えるべきモノは必ず見えてくる!
全うな
2022年の元旦 あけましておめでとうございます!
自称哲学者はソクラテスの時代にも大勢いたようで、
彼らは哲学できずにイデオロギーで対抗したようで、
その狂気はソクラテスに向けられたことでも有名で、
イデオロギーを凶器にして他者を縛ってはならない、
すなわちイデオロギーは自分自身の道標ですからね、
ソクラテスはイデオロギーで語る言動をしなかった、
これを過つところで如何なる事態が起るかというと、
1944年11月18日には哲学で命を落とした人がいる、
人類の悲劇が今も繰り返される切掛けとなった過ち?
ともあれそこまでは言いすぎ...かも知れませんけど!
真っ当に哲学するのを恐れる人は大勢いらっしゃる!
それとも堂々と哲学できていますか?如何でしょう?
真っ当な哲学があれば満足いく解を得られるのです、
満足できる解を不満に思う人がいると思いませんし、
真虫だけ好きなだけ書きなぐっていていいだろうか!
こんな案配で今年も哲学してまいりたいと思います、
イデオロギーに寄らなければ大概の人は納得できる!
しっかりした思想をお持ちの方の台頭を期待したい!
それでは今年もこのサイトをよろしくお願いします。
イデオロギーの責任
真虫は夫婦げんかも親子げんかも大好きだよ、
こんな真虫だから無闇に議論したがるのかも!
喧嘩したらダメだとおっしゃりたい人は多い、
あなたはこれをどうお受けとりになりますか?
この
あるいは面白く思って首を突っ込みたくなる?
人のどんな反応も全てはイデオロギーに寄る、
そしてそのイデオロギーの責任は当人にある!
以上のロジックで世界の刑法も成立っている!
すなわち
ここで云う存置論には全ての刑法を含みます!
試みに述べましたが恐らく
そして刑法の責任からあなたも
それで好いんだ...のあなたかも? 違うかも?
どうするのが善いか?あなたも考えませんか?