29:幽霊の日
文字数 2,716文字
瀬川は振り下ろされたツルハシを何とか避けることができました。
目の前にタケルが立ち塞がったため、時津はスタッフルームから出ることができませんでした。
時津は逃げようとしましたが、瀬川はあることに思い至りました。
タケルはあの手紙のことを知らないのではないか、と。
瀬川がタケルに組み付こうとしますが、上手くいきませんでした。
タケルは時津に向かってツルハシを振り上げて襲い掛かってきます。
ツルハシは時津の腕をかすめました。
時津はタケルに組み付きましたが、タケルは簡単に振り解いて逃れました。
それを聞いた時津はハッとしました。先程遺体のそばで見付けた手紙を取り出し、タケルに向かって手紙を朗々と読み上げました。
タケルは掲げていたツルハシを下ろし、何か小さく呟きました。
そしてその後、タケルの体は光の粒子になって消えていきました。
時津さんにだけは聞こえました。タケルの慈愛の籠もったような声が。
そこにいたんだな……
あなたたちは全員、眼前がホワイトアウトして意識を失いました。
あなたたちは目を覚ましました。
どこかの病院にいるようです。
時津は驚いて辺りを見回します。
時津、くるみ、もなは3人がこの場に無事でいること、別室では楠木、瀬川もお互いがいることを確認しました。
それぞれの元に看護師さんがやって来ました。
あそこの旅館は廃墟なんですが、あなたたちが向かっていくのを地元の人たちが目撃していたんです
全然降りてこないから、もしかしたらと思って見に行くと、旅館の近くで倒れているのを見付けたそうです
そしてあなたたちはすぐこの病院に運ばれてきたんです
瀬川と楠木も別室で同じような話を聞いていました。
だいぶ昔にそういうのもあったみたいですけど、旅館が潰れてからはもう誰も近寄ることはありませんね
まあ、昔、何か殺人事件みたいなことがあったらしくて地元の人でも近寄る人はいません。そのせいで霊山に登る人もいません
時津は看護師にお礼を言って見送りました。
時津、もな、くるみの3人のところへ、検査着を着た楠木と瀬川がやって来ました。
あなたたちの体にはどこにも外傷がなく、あれは夢だったのだろうかという考えが頭を過ぎります。
もなと瀬川は旅館で撮影した写真を確認します。
デジカメやスマートフォンには真っ黒な暗闇を写しただけの写真が大量に残っていました。特にもなの手元にはそのような写真が数百あります。
あなたたちは疑問を抱えつつも、病院で一日体を休め、それぞれ自分の家へと帰って行きました。
それから数日後、たまたまテレビを観ていると、ある番組が放送されていました。見知った顔の芸能人たちが心霊スポットに入り、好きなように仮説を立て、ありもしないような噂を広めていくような番組です。
あなたたちはそれを見ていると、ふと思い出しました。
自分たちが迷い込んだ旅館と、そこで起きた冒涜的な出来事を。
自分たちは生き残ったけれどもあの旅館は今も存在しており、あの怪物もそのまま存在し続け、きっと自分たちと同じようにしてあそこへ人間を呼び寄せ、生け贄として喰らい続けてゆく。
すみれがタケルと成仏した今、迷い込んだ人間たちを怪物から救えるものはいない。怪物をとめることができるのはきっと特別な力を持つ者だけだ。
それでも怪物にとっては生け贄でしかない非力な人間である自分たちは、あそこに縛り付けられていた彼等を救うことができた。
形や結果やこれから先がどうであっても、自分たちにできる最善のことはきっとあれがすべてだったのだ。
自分たちは決して忘れはしないだろう。
自分たちが迷い込んだあの日…………7月26日の「幽霊の日」を。