マリアを知る者

文字数 4,092文字

あれから何事もなく日々は過ぎて……
学校は冬休みになった。
クリスマスには郷に詩乃、瑞希、美羽にリリを誘って白神先輩の施設にお邪魔した。
みんなで子供たちにプレゼントを持参して。
子供相手が苦手なのか、郷は終始いつもと違ってた。
そんな彼を見て私は、あの日感じた胸の高鳴りを思い出した。


そして新年を迎えて新学期。
始業式が終わると私とリリ、美羽と詩乃、瑞希で校門の前に集まった。
「今日は休み明けで久々だし、みんなでどっかいかない?」
美羽が提案する。
「いいわよ。どこにしようか?」
リリが私の顔を見て聞く。
「駅前のカフェが限定メニュー出すのって今日からじゃなかった?」
私が言うと美羽が、
「よし!今日は駅前のカフェに決定!」
たしかあそこの季節ごとに出す限定メニューは超美味いって評判。
「やったぁ!私あそこのお店大好き!」
瑞希が満面の笑みで言う。
そして詩乃と私を上目使いに見た。
「なんだよ?」
「実は冬休みに友達と遊びすぎて小遣いピンチなんだ」
私と詩乃は顔を見合わせてプッと笑った。
「しょうがねえな。瑞希の分は俺が出してやるよ」
詩乃が言う。
「さっすがお兄ちゃん!そんなとこが憧れる~」
瑞希が詩乃の背中を叩いた。
その様子を見て私と美羽とリリは顔を見合わせて笑った。
「よし!じゃあ皆さん行きますか!」
美羽の一言でみんな歩きだした。
ふと空を見上げる。
からっとした冬の空。
でも遠くの空にはどす黒い雨雲が見えた。
「あっ…」
歩いていて美羽が小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「あれ」
美羽が指さす先に女の子が1人歩いていた。
背中に紙が貼り付けてある。
「淫売の娘」「汚物」
私は言葉を飲み込んだ。
「ひでえな…」
詩乃の口から声が漏れる。
そして自分でも無意識のうちにその子に駆け寄っていた。
「大丈夫!?」
背中に貼られた紙を取りながら声をかけると女の子が振り向いた。
「あっ…」
思わず声が漏れた。
振り向いたその子の瞳があまりにも生気がなかったから。
色が白くて細い、どこか弱々しい感じを受ける身体のせいか余計にそう感じる。
ブレザーの襟元を見ると中等部の校章をつけていた。
「ありがとうございます」
その子がお辞儀した。
外見とは対照的なはっきりした声。
「ううん、それよりどうしたの?」
「なんでもありません」
女の子がニッコリと笑う。
ふと視線を落とすと手に持っているカバンにもひどい落書きがしてある。
「なんでもなくないよ!いじめられてるじゃん!?」
私はその子のカバンを指して言った。
「これは大分前のです」
「えっ?」
「消したら書かれるから。だから消さないでいるとこれ以上は書かれないんです」
「ちょっ… そういうことじゃないでしょう!?」
って、ダメダメ!
いじめられてる被害者に怒ってどうする!?
私がフォローしようとなにか言いかけたときに女の子がお辞儀した。
「ありがとうございます!」
とても可愛らしい笑顔だった。
そして最初に見たときよりも生気に満ちていた。
ああ、この子はほんとうはこういう顔で笑ったりするんだなって思った……
「私は高等部の高原マリアっていうの!よろしくね!なにかあったらいつでも言ってちょうだい」
「高原…… 先輩」
女の子が私の顔をじっと見た。
「うん!そしてこの子が親友の美羽で――」
私が美羽やリリ、詩乃、瑞希を紹介しようとしたとき女の子はいきなり頭を下げた。
「失礼します」
一言いうと背を向けて歩きだす。
「ちょ、ちょっと!どうしたの!?」
くるっと振り向いて言った。
「両親に言われてるんです」
「なにを?」
「高原先輩とは・・・ あの家の人とは関わるなって」
「ええっ」
それどういうこと!?
「オイ!それが助けてもらって言う台詞かよ!?」
詩乃が強く言う。
「詩乃!いいから」
私がその子に改めて何か言おうとしたとき再度お辞儀をして歩きだした。
そして橋を渡り川向うの方うへと歩いて行く。
独り歩いて行く女の子の背中から目が離せなかった。
「もういいよ。行こうぜマリア」
「マリア、行こう」
「お姉ちゃん」
「早くいきましょう」
みんなに呼ばれて彼女の背中から視線を外した。
「ねえ詩乃」
「ん?」
「あの子って知ってる?家と何かあったの?」
「さあ?しらね」
詩乃がお手上げのような素振りをした。
「瑞希は?同じ学年じゃない?」
「さあ・・・ 話したことないし。それにあんな言い方する子なんてどうでもいいよ」
「向こうの街の人はみんなこっちの人を嫌ってるから」
美羽が残念そうに私の後ろでつぶやいた。
もうみんな彼女のことには興味がないというふうに別の話題をしながら歩きだした。
私も後に続いたけど、もう一度だけ橋の方を見た。
彼女の姿はもう見えない。
橋の向こうの街の上にはどす黒い雲がひろがっていた。


家に帰ってからも女の子のことが頭から離れなかった。
一つはあの子が学校でいじめにあっているということ。
もう一つは私と――
私の家の人間と関わるなと言われていること。
なんでだろう?
家に帰ると、最近にしては珍しくパパが帰ってきていた。
夕食のときに聞いてみようかとも思ったけど聞けなかった。
言いだし辛いっていうか・・・
和やかな雰囲気の中ではどうしても言いだせなかった。
その代りご飯の後に瑞希を自分の部屋に呼んだ。
「美味しかったね!あの限定スイーツ!」
「うん」
「で?どうしたの?」
「うん… ほら、帰りに見たあの子なんだけど… 瑞希は全然知らない?」
私が聞くと瑞希は目を伏せてから口を開いた。
「藤代アキって子だよ。クラスは違うから話したことないけど」
「そっか…なんでいじめられてるの?」
「理由がいろいろあるみたいで入学してからソッコーいじめられてたよ」
「理由って?」
「川向うから来てるから」
「そ、それだけで!?」
私が驚くと瑞希は首を振った。
「お姉ちゃんわかってないよ」
「なにがよ?」
「真壁さんと仲良いからわかんないだろうけど、あれだって本来考えられないことだから」
「えっ?だってあなたも郷のことはカッコイイとか言ってたじゃない?」
「遠くから見てカッコイイって言うのとは違うよ。まあ、真壁さんクラスなら恐くて誰も文句言えないからアリかもね。でも藤代さんは普通の子だから」
「普通だといけないの?」
「私らの学校ってもともとこっちの街の人しかいないんだよ。
合併はしたけど校舎が違うからなんとかなってるだけ。ウチらの校舎に向こうから通ってる子なんて藤代さんが初めてなんだから」
「だからって」
「それに藤代さんの場合は川向うからこっちに入学してきたからみんな差別しまくりみたいよ」
「まさかあなたも?」
瑞希は首を振った。
「私はそういうの嫌いだから。でも同じクラスだったらいじめないまでも関わらないよね。聞いた話だとこっちに通ってるせいで向こうの人達からも標的になってるみたいだし」
暗い気分になった。
変な話し、彼女は向こうの人達から見たら仲間のはずなのに。
その仲間からも差別されてるなんて……
「他には理由は?」
「あくまで噂なんだけど」
「うん」
「あの子のお母さんが風俗で働いてて、そのお金で入学金やら授業料払ってるんだって。あの子自身も援交して生活費稼いでるとか・・・」
「でも噂なんでしょう?」
瑞希はうなずいてから続けた。
「あとは化け物って言われてる。化け物の子って」
「なにそれ?」
「あの子の両親、こっちに来る前に事故で大怪我したのよ。それが一週間もしないで退院してさ、怪我の跡すら残ってないんだって」
その話しを聞いたときにドキッとした。
私にできた怪我……
気がついたら跡かたもなかった……
でもかすり傷と事故の怪我じゃ大違いか。
「まあ小さい怪我ならみんなあっという間だろうけどさすがに入院が必要な怪我だからね。みんな陰で騒いでたよ」
瑞希の話しだと藤代さんが小学生のときにそういう事故があったらしい。
らしいというのは、川向うから入学してきた彼女のことを誰かがいろいろ調べた。
ご丁寧に前の学校のサイトとか使って。
事故の件がほんとうかどうかは知らないけど、彼女はそれから程なくしてこっちに引越してきた。
そして入学してきたらしい。
「じゃあウチに、私たちの家の人間と関わるなって言われてるのはどういうこと?」
「し~らない」
瑞希はお手上げみたいなポーズをとった。
「僻みじゃない?」
「僻み?」
「そっ!向こうの人達はこっちを嫌ってるの。裕福だから。だからじゃん?ウチなんて特にパパは有名人だし世界的な学者なんだから妬みのいい的だって」
それを聞いて複雑な気分になった。
「お姉ちゃんが気にすることじゃないよ。どうにもならないって。向こうと仲悪いのは昔からなんだから」
どうしてだろう?
「そうだお姉ちゃん!今月買った雑誌貸してよ」
「うん!好きなの持っていって」
「サンキュ~♪」
ベッドのわきに積んである雑誌を選びながら瑞希が言った。
「私ももう少し背が伸びたらお姉ちゃんの服とか借りれるのにな~」
「まあ、もうちょい大人になってからだね!子供にはまだ早いって」
「精神的には大差ないと思うけどな~」
「なんだって?」
「ウソウソ!ごめんなさい!」
わざと怒った風に言うと瑞希は笑って雑誌を2冊かかえてドアの方へ逃げた。
「じゃあお姉ちゃんおやすみ!」
「うん!おやすみ!」
愛らしい笑顔を見せて瑞希はドアを閉めた。

一人になった私はさっきまでの瑞希との会話を思い出して考えた。
住んでいる場所がちょっと違うだけでどうしていがみ合うのだろう?
どうしてお互いが理解しようと歩み寄らないのだろう?
藤代さんのことが二つの街の歪な関係を象徴しているように思った。
こういう問題ってどうしたらいいんだろう?
向こうは私と関わりたくないって言ってるけど……
でも放っては置けないよなぁ……


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み