守護する者たち

文字数 5,001文字

不思議な子だったな……
一人で歩く帰り道、転校生の二宮リリのことを考えていた。
歩いていて途中の土手に腰を降ろした。
意味はない。
ただ、目の前をゆっくりと流れる川を見ていたかった。
この自然……
美しい地球を創造したのが神様だったなんてね。
しかも本当にいたこと自体が驚きだった。
それを継ぐのが私っていうのもだけど。
そうなったらこんな日常はなくなってしまうんだろうな……
そう考えると不安になる。
なんかの間違いじゃないかな?
そのとき急にぬめっとしたものを感じた。
なにこれ!?
周りの空気がなんだかまとわりつくような変な感覚……
ああっ!!
自分の目に映っている景色がぐにゃりと歪む。
なにこれは!?どうなってるの!?
さっきまで夕陽を反射していた川面は黄褐色になって重油のような鈍い光を放っている。
それがゆっくりと渦を巻きだした。
渦はどんどん大きくなって突然、中心から大きな黒い影が現れた。
その姿は大きな蛇のようで頭は二つ、胴体には蟹のようなハサミが付いた手が無数に生えている。
「ガッガッガッガッガ…これがパズス様の言っていた小娘か」
二つの首が同時に言葉を発した。
ば…化物だ!!
なに!?なんなのこれは!?それにパズスってなに!?
混乱と恐怖が私の中を駆け巡る。
声も出ない私は身体の震えを止めることもできない。
「小娘。おまえにはいっしょに来てもらう」
「い、いやよ!この化物!!」
ようやく振り絞って声を出した。
「ガッガッガ…威勢がいいな。だが我が瘴気を注入すれば自我も虚ろになり思うがままの操り人形よ」
不気味に笑うと大蛇の怪物は私の方へ顔を近付けた。
そのとき歪んだ景色の向こうに自転車に乗ってくる人が見えた。
「助けてぇ――!!助けてくださ――い!!」
あらん限りの声で叫んだがまったく気がつく様子がない。
なぜ!?
私の声もそうだけどこんな化物がいるのに気がつかないとか有り得ない。
「不思議だろう?どうして我々が見えないのか?」
私の心を見透かしたように化物が語る。
「ここは我が造りだした亜空間だからだ。もといた世界とは微小にずれているから我らに気がつくものはおらぬ」
そう言った化物の二又の首の付け根が裂けると中から無数の蛇がうねうねと身をくねらせながら現れた。
「さあ!大人しく一緒に来てもらうぞ!!」
無数の蛇が化物の言葉と共に触手のように伸びて襲いかかってきた。
「キャア――ッ!!」
私が叫んだ瞬間、目の前を黒い炎が覆った。
その炎は私を捕らえようと襲ってきた無数の蛇を跡形もなく焼き尽くした。
そして私の前に黒い影が現れた。
「怪我ねえか!?」
「郷!!」
「待たせたな」
郷は降り向いて白い歯を見せると化物に向き直った。
「貴様!!ルシファーか!?」
「いかにもルシファー様だ」
「どうして我が造った亜空間を!?」
「ハーハッハッハ!!簡単なことだぜ!!下等な人間には見えなくてもこのルシファー様には、てめえら悪霊どもの誤魔化しは通用しねえ!!」
「おのれ!!パピルザクをはじめとする仲間の仇!!いまとらせてもらうぞ!!」
化物の口から青白い炎のようなものが噴出された。
「危ねえ!!」
郷が私を抱えて飛び上がる。
「あれは瘴気をエネルギーにしたものだ。まともにくらったらひとたまりもねえ」
「瘴気…?」
「悪霊どもの源だ」
空中で私を抱えながら郷が言った。
「死ね!ルシファー!!我が軍団よ!!ルシファーを噛み殺せぇ――!!」
化物が叫ぶと水面から無数の怪物が現れた。
どの怪物も異形の姿をしている。
その怪物たちが獣のような咆哮をあげて私と郷めがけて襲いかかってきた。
「雑魚どもが!!てめえらまとめて地獄送りだッ!!」
郷は右腕に私を抱えたまま嘲笑うように言うと左手を天高くつきあげた。
そして私と郷の周りを稲妻のような火花が纏う。
「ようく覚えておけよ!!この女は俺様のものだ!!誰にも渡さねえッ!!」
郷がそう叫んだ瞬間、目もくらむ閃光が走って恐ろしい轟音と共に稲妻があらゆる化物を焼き払った。
一瞬のうちにあれだけいた怪物が消滅してしまった。
凄い……
これが郷の力なの…!?
ぐにゃりとした景色が徐々に戻っていく。
私を抱えたまま郷は静かに地面に降りた。
同時に川はもとの澄んだ色に戻り、夕陽が私たちを照らしていた。
気がゆるむと郷に抱かれていることが急に恥ずかしくなった。
「あ、ありがとう…もう大丈夫だから」
「おお、そっか」
パッと手を離す郷。
「助けてもらって聞くのもあれなんだけど…」
「なんだよ?」
「どうして私が危ないってわかったの?だって学校でみんなと一緒にいたじゃない」
「ああ、聞こえたのさ。おまえの声がな」
「私の声?」
「ああ。危険を感じたからおまえの声の方へ飛んできた。そうしたら間一髪間に合ったってことだ」
「そうなんだ……みんなは?」
「さあな。今頃勝手に飲み食いしてんじゃねえのか?」
郷は関心ないような顔で言った。
みんなには悪いんだけど……
こうして助けに来てもらって嬉しい自分がいる。
「それから言い忘れた」
「なに?」
「俺様にあるのは“敵”と“下僕”と“マリア”だ。一番大事なもんがぬけてたぜ」
ええっ…何言ってるの!?
一番大事ってどういう意味よ!?
これって……
あ――っ!!顔が熱くなる!!
「し、知らないよ。そんなこと」
「なにっ」
「私、郷のものじゃないし…… っていうかどさくさ紛れに“俺のもの”とか言うの止めてよね!」
「おまえ!それが助けてもらって言うことかよ?」
「それは感謝してるの!でもそれとこれは違うの!」
あ~…!何言ってるんだ私は!?
照れ隠しに言った言葉が、いつの間にか売り言葉に買い言葉で自分が抑えられない。
ほんとうとてもとても嬉しいのに。
ザバーッ!!
「ああっ!!」
急に川の中からさっきの大蛇の化物が現れた。
「チッ!さがってろ!」
私の前に出る郷。
「てめえ!生きてたのか?」
「ガッガッガ…寸前で亜空間から身体の一部を弾き飛ばしたのよ。危うく命拾いしたわ」
「おもしれえ!今度は塵も残さねえ」
郷がそう言ったときに目の前にふわふわしたものが落ちてきた。
「なにこれ…?羽根?」
キラキラ輝く純白の羽根がまるで雪のように降ってくる。
「な、なんだ…!?」
化物も事態が呑み込めずに二つの首を左右に振る。
「クソが。俺様の見せ場なのに」
郷だけが事態を把握しているのか忌々しそうに言った。
「どうしたの!?」
「見てろよ」
私の問いかけに郷が答えた瞬間、羽根は一斉に輝きを増して、竜巻のように化物を呑み込んだ。
同時に周囲の温度が急激に低下する。
「さがるぞ」
郷は私の肩を抱くと河原から土手の上へ一気に飛び上がった。
白く輝く羽根の竜巻の中から断末魔の叫び声が響いた。
同時に無数の羽根は弾けるとキラキラと雪の結晶のようになって輝きながら天空へ昇って行った。
後には氷漬けになった化物が残った。
「これも郷が…?」
郷の顔を見て聞く。
「いや。俺じゃねえ」
答えた郷はあごで化物の方を指した。
「あっ!」
見直すと、いつの間にか氷漬けになった化物の頭の上に白神先輩が立っていた。
「詰めが甘いなぁ」
「うるせえ」
からかうように言う白神先輩に不機嫌に返す郷。
白神先輩はポンと化物の頭を蹴って飛び上がった。
そしてゆっくりとこちらに降りてくる。
その後ろで氷漬けになった化物がみるみるひびが入って粉々に砕け散った。
夕陽に照らされた氷の残骸は白神先輩が指をパチンと鳴らすと蒸発してしまった。
あとには何も残らない……
「良かったよ。見せ場を残しておいてもらって」
「フン。感謝しろよ」
この二人って仲が良いんだか悪いんだかわかんない。
「それにしても派手にやったな」
「大丈夫。連中に倣って見えないようにしたから。まあ僕の場合はちょっと空間を歪めて周りから見えないようにしたのだけどね」
郷に答えると白神先輩は私を見た。
「とにかく無事で良かった」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言った。
「すみません。私のために」
「どうして謝るんだい?」
首を傾げて聞く。
「だってみんなと――」
私が言おうとしたときに白神先輩は綺麗な手を前に出して制した。
「優先順位の問題だよ」
「優先順位…?」
「そう。僕は君以外の人間には興味がないんだ。優先すべき人は君だけだから」
ドキッ…!!
またもこんな台詞を!!
「あ、ありがとうござます」
頭を下げて言った。
「おい?なんか俺の時と態度が違うぞ?」
郷が私に言う。
「えっ?そう?」
「俺のときはなんだかいろいろ反抗的なのにミカエルには随分と大人しいじゃねえか?」
「それは… なんていうかキャラっていうか…そういう感じなんだもの」
「なんだそれ?」
あ~!なぜか私は郷には言い返してしまう。
「良かったよ。君も僕と同じ気持ちみたいだね」
白神先輩がニッコリとして言った。
「いえいえ!そこは違います!」
誤解がないように大慌てで訂正した。
私のはそういうんじゃなくって……
なんて言えばいいかな――!!
「おい?こんなクソ真面目なやつつまんねーぞ。俺の方が絶対いいに決まってる」
ああ…… どうしてこういう展開に!?
「ちょっと待ってって!」
私は両手を突き出して待ったをした。
「二人のどっちかを選べとか私、できないよ」
「なんでだよ?」
なんでって……
「だって二人といるから楽しいんだし」
自分でも言ってることがメチャクチャだと思った。
たしかに友情以上のものを二人に感じてはいる。
でもそれが「恋」とか「愛」ではないのはわかる。
「オッケー、マリア。僕は君の心が傾くのを待つよ。幸い待つのは慣れてる。なんといっても地球(エデン)ができてから待っていたんだから」
「すみません…」
笑顔で言う白神先輩に私は謝るしかなかった。
「ったくガキはこれだからな」
「ちょっと!なによそれ!?」
郷が小馬鹿にしたように言ったのでムッときた。
なんでこうなるかな…?
そ、そうだ!!
言い争ってる場合じゃない!
それよりも……
「さっきの化物はなに?どうして私を襲ってきたの?」
「ああ、あれは悪霊だ。おまえの主の力を狙ってるのは間違いねえ」
郷が言った。
「悪霊…?」
「まあ、ここじゃあなんだし歩きながら話そうか」
白神先輩に言われて私達三人は夕暮れの土手を歩きだした。
「マリアの家へ送りがてら道々話すよ」
白神先輩はこの世界の裏側、混沌の世界があって悪霊というのはその世界の住人だと言った。
彼らは意志を持ったエネルギーで、ある種自分達にも近い存在だと。
「僕らも突き詰めれば意志を持ったエネルギーだからね」
郷は何も言わないが同等の存在なのだからきっとそうなんだろう。
「じゃあこの前の、あの学校を襲ったのも?」
「ああ。あれも悪霊」
「それじゃあ私がいたら友達とかみんなが危ない目に合うってことですよね?」
白神先輩は首を振った。
「そこは問題ないよ。僕らが守っているから。君とその周りを」
「そういうこった。俺が守っててやるからおまえは何も気にしないで楽しくしてな」
「ありがとう」
二人のこの言葉は私に大きな安心を与えてくれた。
「危なくなったらすぐに俺が駆けつけるからな。おまえはサポートしっかりな」
郷が白神先輩の肩をポンとたたくと白神先輩はそれを払いのけた。
「ハハッ…冗談。さっきみたいに詰めの甘い人には任せられないよ」
笑顔で言う白神先輩の言葉に郷は眉を吊り上げた。
「おまえぶっ殺されたいのか?」
「フフッ…できるのかな?」
いきなり険悪なムードに!!
「ちょっと待って!どうしてすぐにそうなるの!?」
慌てて止める私。
「そりゃあ簡単だ。俺は悪魔で」
「僕は天使だからね」
二人は当然のように言った。
天使と悪魔か……
そりゃあそうだけどさ……
でも――
「でも二人は私にとって大切な友達だから」
それを聞いて白神先輩は苦笑い。
郷はため息をついた。
二人には悪いけど……
今の私は、こうして二人がいてくれることが嬉しい。
理屈抜きにそう思った。









ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み