温もりと愛情と

文字数 6,620文字

私と詩乃、瑞希は朝ご飯を食べているときに神尾先生に言われた。
「今日は3人とも学校をお昼には早退して」
「えっ?どうして?」
私が聞くと神尾先生が真剣な表情で話しだした。
「昨日の深夜にお父様から連絡があったの」
「パパから?」
神尾先生の話しによると、パパは黒い雨の影響をかなり心配してるようだった。
「ほら、原因や影響がまだわからないでしょう?だから一応検査してもらった方がいいっておっしゃったのよ」
「でも俺達、テレビじゃ影響ないみたいに言ってたぜ」
詩乃が肩をすくめて言う。
「なんにしても原因がわからないのは良くないわ。ちょうどいいじゃない?17歳病のこともあるし検査だけでも受けてくれば」
「どこの病院に行くの?」
瑞希がパンをかじりながら聞いた。
「あそこ、裏の丘に建っている国立研究所よ」
「そこってパパの研究所じゃない?」
「ええ」
私が聞き直すと神尾先生はニッコリ笑った。
「でも病院でもないのに検査なんてできるの?」
瑞希が不安そうに聞く。
「心配しないで。あそこは生物・医療研究所よ。それに最新設備と最高のスタッフが揃ってるっておっしゃってたわ。学校には私から連絡しておくから」
私達3人は顔を見合わせた。
「検査ってどのくらいかかるのさ?やだぜ。入院なんて」
詩乃が手に持ったフォークを弄びながら言った。
「あなたと瑞希は半日くらいで大丈夫じゃない」
「えっ… 私は?」
私が聞くと神尾先生は笑顔で首を振った。
「心配しないでマリア。ほら、月一でいつも検査してるじゃない」
「そうだけど…」
「お父様が今度からはあそこの研究所で検査できるように取り計らってくださったのよ」
「じゃあついでにいつもの検査もしてくるってこと?」
「そうなるわね」
ってことはお泊まりか……
いつものことながら心細いな…
「大丈夫!明後日には退院できるわ。それに私も後から着替えとか持っていくし」
神尾先生が励ますように言う。
「うん!わかった」
私は自分で自分を元気づけるように明るく返事をした。

その日の昼に私達3人は早退すると一回家に帰ってから丘の上にある研究所へ神尾先生と一緒に行った。
研究所は丘の中腹からてっぺんにかけて3棟建てられている。
全てが10階ほどの高さで全面がガラス張り。
なんというか、丘全体が研究所の敷地のようになっていた。
その中の、一番下にある医療棟に私達は行った。
敷地内は白衣を着た人や首からIDカードをぶら下げたスーツ姿の人達が行き交っている。
病院とは違って患者というか、一般人の姿は見当たらない。
「なんかスゲー施設じゃん…」
「ウチらってもしかしてVIP待遇?」
詩乃と瑞希が広大な敷地と建物を見て感心したように言った。
医療棟のロビーに入ると3階ほどぶち抜いて吹き抜けにしてあるせいか外からの陽射しが燦々と降り注いでいる。
研究所というイメージとはかけ離れた綺麗なイメージに私も思わず声が漏れた。
ロビーには3階に続く長いエスカレーターが左右に二本づつある。
その前には受付があって女の人が5人座っている。
受付の横には体格のいい警備の人間が2人、直立不動で立っていた。
「ちょっと待ってて」
神尾先生が先に受付に行ってからストラップの着いた通行証のようなものを4枚持ってきた。
「今、お父様は執務室にいるみたいだから一言ご挨拶しておきましょう」
言いながら通行証を私達に手渡した。
受付を通り過ぎてエスカレーターに乗る。
「研究所っていうからもっと陰気な感じだと思ったけどゴージャスじゃん」
エスカレーターにもたれかかりながら詩乃が言う。
「ここなら泊まりの検査もホテル並みの快適さかもね!お姉ちゃんいいなぁ♪」
「またぁ!受付なんて外にも見えるとこは大袈裟にしてるもんなのよ」
ちょっと浮かれてる瑞希にたしなめるように言ったが内心では私もちょっと期待してたりする。
これだけ素敵な「国立」の施設なんだからホテルとまではいかなくても、それなりに快適かもね。
みんなでパパの執務室に挨拶に行ったあとは検査に入った。
詩乃と瑞希は血液を採ったあとに簡単な検査を済ませて、神尾先生と帰っていった。


私は一人、検査の後に個室に案内された。
通行証をかざさないと開かないドアを抜けて、警備員のいるデスクの後ろにある分厚い扉。
そこを通ると人気のない廊下に出た。
静かすぎる廊下を案内の女性職員と2人で歩いていく。
「ここです」
淡いグリーンのドアの前で立ち止まった。
ドアを開けると広くて綺麗な真新しい部屋が視界に飛び込んだ。
柔らかい照明に木目調の壁。
大きなベッドにテレビ。
カーテンはリモコンでベッドにいながら開けられる。
とても入院するようなための部屋には思えなかった。
付き添ってきた女性の職員に設備の説明を受けてから夕食までの時間、私は一人になった。
1時間もすると退屈になって部屋の外に出てみる。
私の他にもここには入院しているような人はいるのかな?
ちょっと好奇心に駆られて歩いてみたが、同じような中間色のドアはどれも鍵がかかっていて開かなかった。
急に心細くなるのを感じた。
「マリア」
「パパ!」
振り向くと廊下の向こうにパパがいた。
急速に心細かったのが消えていく。
駆け寄った私を迎えてくれた笑顔に安心した。
「どうした?もう退屈になって歩き回ってるのか?」
「うん。だって今までの病院とも雰囲気違うし」
「そうか。そうだったね。それは悪いことをしたな」
パパが申し訳なさそうに言った。
「ううん。だってこっちの方が設備も何もかもいいんでしょう?」
「ああ」
「それにパパもいるんだから安心だよね♪」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。とりあえず部屋に戻らないか?」
「あっ!ごめんなさい」
肩をすくめて謝った。
病室に戻ると私はベッドに。
パパはイスに座った。
「マリアも、もう来年17歳になるんだな」
「うん」
17歳という言葉を聞くと無意識に構えてしまう。
私達の世界に暗い影を落とす「17歳病」
「心配しなくていい。パパ達はそのためにここで研究しているのだから」
私の不安を見通したかのように優しい口調で言った。
「あれは恐ろしい病気だ…我々人間の未来を奪い去ってしまう… 未来への希望も」
「パパ……」
眉をしかめて絞り出すような声で言うパパを見てなんとも言えない気分になった。
「大丈夫だって!だってパパの薬だってあるし。あれを沢山作ればいいのよ」
「マリアに何かあったら亡くなった真理亜に申し訳がないよ」
パパがふと言った。
真理亜――
私のママの名前だ。
私はママのことを何にも知らない。
どんな顔をしてどんな声で話すのか。
パパとママは大学で知り合った。
そして同じ研究をしていつしか愛し合うようになった。
「私にとってマリアは生きる希望だ。同時に人類にとっても未来への希望なんだよ」
「人類って!パパ大袈裟だよ」
「大きな意味でだよ。マリアや詩乃、瑞希にも、他の子供達にも無限の可能性がある。そういう可能性が希望なんだよ」
パパはそう言うと私の頭を撫でて立ちあがった。
「本格的な検査は明日からだから今日はゆっくりしてなさい。神尾君がそろそろ来るころだろう」
「はい」
病室から出ていくパパの背中を見つめた。
温かい気持ちになる。
シーツにくるまって横になると白神先輩の言葉を思い出した。
“この世に愛はない”
とっても悲しい言葉だと思った。
私はパパから安らぎと温もりを与えてもらっている。
これが愛情なんじゃないだろうか?
パパだけじゃない。
神尾先生からも感じる。
詩乃と瑞希からも。
私はパパやみんなに同じように与えているだろうか?

私の検査は一般の研究室よりもさらに奥の部屋でおこわなれた。
検査自体は滞りなく済んだ。
今までの病院と違って見たこともない機械を使った検査だったけどパパはいろんなデーターと数値を見せてくれてわかり易く話してくれた。
私は不思議とパパの説明する内容を抵抗なく理解できた。
パパはこういった知識が必ず私に必要になると言った。


最後の日は神尾先生が迎えに来た。
二人でパパの執務室に挨拶に行った。
「どうぞ」
ノックをするとパパの声が返ってきた。
部屋に入るとパパが笑顔で迎えてくれた。
「あっ…」
パパの背後に飾られた絵を見たときに思わず声が漏れた。
赤ちゃんを抱く女性の絵……
キリストを抱く聖母マリアの絵。
これは私が夢で見た機械だらけの部屋に飾ってあった絵だ。
思い出してみても寸分違わない。
実際にあった絵なんだ!
でもどうしてこの絵がここに……?
「どうしたんだい?マリア」
「うん、その絵が…見たことあって」
「ああ、有名な絵だからね。ラファエロの聖母マリアだよ。もちろん本物ではないがね」
「そうなんだ…」
言われてみれば似たような絵なんてどこにでもある。
ましてや有名ならば尚更だ。
きっとテレビか何かで見たんだろうな……
「神尾君、お迎えありがとう」
「いいえ」
神尾先生はお辞儀すると笑顔でパパに訪ねた。
「どうでした?検査の結果は」
「うん。異常無しだ。健康そのものだよマリアは」
「でも…心臓は相変わらず?」
「そっちの方も徐々に良くなるよ」
「ホント!?じゃあ部活とかもできるの!?」
「ああ。ただ、もう少し時間がかかるがね」
パパは目を細めて言った。
私は嬉しかった。
もともとスポーツは好きだし、放課後に一人で帰るのは慣れてはいるけど楽しいもんじゃない。
できれば高校にいる間にそうなるといいな……
「今日はお帰りになられます?」
「ああ、そのことなんだが悪いが帰れそうにないな」
神尾先生の問いにパパが答えた。
「例の黒い雨。あれがどういうものなのか?今回の世界中での出来事と何か関係があるのか?いろいろ調べなくてはいけない」
「わかりました。ですけど、あまりご無理をなさらないでくださいね」
「ああ。そのへんは気をつけるよ」
黒い雨か……
「パパ、あまり無理しないでね」
私からも念押しした。
「ああ。マリア、ありがとう」
パパはニッコリとして私の頭を撫でた。


家に帰るとテレビでは黒い雨に関することは目下調査中という政府発表の言葉を繰り返すだけだった。
世間では相変わらず、あの異変は黒い雨のせいだと言われている。
それに関してもテレビでは否定していた。
あまり気分のいいニュースじゃない。
詩乃も瑞希も食事の間、心なしか口数が少なかった。
私は食事が済むと自分の部屋に戻ってノートパソコンを開いた。
ネットで検索すると黒い雨について語っている記事や動画がたくさんあった。
どれを見ても「世界の終わりだ」とか「生物がこのままだと絶滅する」みたいなものばかりだった。
ただ、どの記事を読んでも雨と今回の事件をきちんと関連付けるような記事はなかった。
それからお風呂に入ってベッドに横になったのが11時くらいだった。

窓に黒い水滴がついた。
降り注ぐ黒い雨……
窓の外には雨に濡れてもがき苦しむ人々……
動物が死んで、植物が枯れて……
そして人間同士が殺し合う。
黒い雨が降る中、地獄のような光景が広がっていた。
あまりの凄惨さに悲鳴を上げた。

「キャアッ!!」
悲鳴と共に跳ね起きると身体には汗がびっしゃり……
夢だったんだ……
喉も乾いてるし、とりあえずなにか飲もう。
もう遅い
一階にいくとキッチンに行って冷蔵庫から飲み物を取り出した。
コップに注いでリビングのソファーに座ると一口飲んだ。
ふう……
変な夢見ちゃったな……
まだ胸騒ぎのような感覚が残っている。
「マリア、どうしたの?」
「神尾先生」
リビングのドアのところに神尾先生が立っていた。
「ちょっと眠れなくって」
「またあの夢?」
「ううん…違うやつ」
神尾先生は私を見るとキッチンへ行って同じように飲み物を持ってきた。
「少し話す?」
「うん」
私が返事をすると神尾先生は横に座った。
「あの雨のせいかなぁ……なんか気持ち悪くて変な夢見ちゃった」
「そう……」
コップを持ちながら聞いていた神尾先生は目を伏せるとコップに口をつけずにテーブルに置いた。
「パパの仕事はこれからどんどん大変になっていくの?」
「そうね… お父様も今回の雨のことでいろいろとお仕事が増えるとおっしゃってたわ」
「テレビでは大丈夫みたいに言ってたけど、あの黒い雨はほんとうに大丈夫なの?だって草も枯れてたし魚だって…… 世界中でも同じようなことが起こってるのに」
「でも大丈夫な木もあったじゃない?むしろほとんどの木も草も大丈夫だし、魚や動物だって大丈夫だった。一部分が衝撃的だったから印象に残ってるのよ」
言われてみれば私達が見たのはほんの一部だろう。
世界中で降った中でほんの一部が異常な光景になった。
「でも次に降ったときはどうなるの?それ考えると不安で怖くて」
「大丈夫よ。お父様が必ず打開策を考えてくださるわ」
優しく言う神尾先生に私はうなずいた。
でも不安は拭い切れるわけもなく。
私のうかない表情を見てか神尾先生はそっと肩に手をかけた。
「大丈夫よ。お父様を信じましょう」
「うん」
「それより誰か好きな人はあれからできた?」
神尾先生はいきなり話題を変えて聞いてきた。
「ええっ!?な、なに急に!?」
「その様子だとできたみたいね」
「そ、そんなのいないって」
「無理に否定しようとして怪しいぞ」
神尾先生は笑顔で私の腕をつついた。
「べ、別に無理になんて」
う~困った!冷やかされてどもってる!
「もしも――」
きょどってる私を優しく見ながら神尾先生が言った。
「もしも気になる人がいて… その人が自分の中で大きくなるようならまずは触れてみなさい」
「触れる?」
「そう。自分の気持ちを信じてその人と言葉を交わしたりして心を触れてみるの。そして正直に自分の気持ちを伝えなさい」
「心を?」
「もしかしたら残念な結果になるかもしれない。でも互いに惹かれあえば相手もあなたに触れてくる。そうやって触れ合って理解し合えれば素敵な恋ができると思うわ」
う~ん…たしかに郷は気になるんだけど……
そう言われるとな……
「そうだ!神尾先生は?誰かいい人いないの?いつも家にいるけど私達が学校とか行ってるときにデートする人とか!」
聞くと神尾先生はクスッとして、
「今はいないかな…片想いだから」
「ええっ!?ってことは好きな人はいるんだ!?」
半ば冗談で聞いたのに!
「片想いってことは告白とかは?」
「人は誰かを好きになるとその人のことを想うだけで満たされるときがあるの。だから私は今のままでもいいと思ってるわ」
「そうなの…?相手ってどんな人?」
気になる。
どこで知り合ったんだろう?やっぱり私達がいないときに出かけて知り合ったんだろうか?
「それは秘密」
神尾先生はまるで少女のような笑顔を見せた。
そのとき胸元にある金のロケットが目に入った。
神尾先生がいつもしているやつ。
「もしかしてそこに写真とか?」
「さあ……」
ニコッとして首を傾げる。
「ずるいよ!見せて!」
ふざけて手を伸ばすのを払われる。
二人でじゃれあう様に戯れた。
「いつか、マリアが大人になったときにちゃんと見せるわ」
笑顔で言う。
大人っていうと18歳?20歳かな?
「それまではこのことは内緒ね」
「うん」
こんな神尾先生は初めて見た。
まるで私達と変わらない、16歳の女の子みたいな一面。
「携帯とかには?写真とか保存してないの?」
「データーなんていつどうやって消えてしまうかわからないじゃない?」
そう言うと神尾先生は私の顔を覗き込むようにして「で、マリアの好きな人は?」と、追及してくる。
「ええ?また私ぃ~」
「白状しなさい」
結局、私はある人の名前を口にした。
もちろん二人だけの秘密で。
だって自分自身、これが恋愛とかわからないし自身もない。

その夜は遅くまで神尾先生と二人でいろんなことを話した。
まるで友達か姉妹のように。








































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