混沌の山:1

文字数 8,553文字

季節は春を目前に控えた三月になっていた。
来月には新学期が始まって私達は二年になる。
そして17歳……

黒い雨はあれから世界のどこにも降っていない。
徐々に人々の記憶からあの恐怖は消えていった。
だけども私達には依然として「17歳病」という恐怖が心の片隅にある。
そんなある日……

「え!登山!?」
「そう。いかにも登山だよ」
学食で美羽とリリと私の3人で食事していると白神先輩が来て私に言った。
「例の雨でこのへんの景色が最悪なことになっただろ?子供たちもちょっと落ち込み気味でね。そこで園長夫妻が近くにある山に行こうと言いだしたのさ。幸いにもあの辺は綺麗に緑が残ってる。美しい景色を見せて子供たちを和ませようって考えだよ」
「へぇ~素敵な考えね!」
「そこで君達もどうかな?今度の日曜だけど一緒に行かないかい?」
「でも登山なんてしたことないし」
私が言うと白神先輩が顔の前で指を振った。
「子供たちがいるんだ。山とはいってもそんな大した山じゃないよ。まあ、ハイキングみたいなものさ」
「それなら私達でも大丈夫そう!」
私が言うとリリが「そんなこと言って、ほんとは子供たちのお守りでしょ?老人二人にあなただけじゃ心許ないから」と、皮肉そうな笑みを浮かべて言った。
「その通りだよ。だから真壁君や詩乃君、瑞希君にもこの際来てもらったほうが僕としては負担が軽減できて大いに助かる」
白神先輩はしれっと返した。
「あ~!行きたいけど私、その日は部活のコンクールだからなぁ~」
美羽が残念そうに言った。
「私はマリアが行くなら行くけど。どうする?」
リリが私の顔を見る。
「オッケー!私、行く!白神先輩、お願いします」
「わかった。感謝するよ。他のメンバーにはマリア、君から伝えておいてよ」
「はい!」
そう言ってから最後に笑を見せると白神先輩は席を立った。
こんなときだからこそ、綺麗な自然に触れ合ってみるのが楽しみで仕方ない。
「そういえばハイキングっていうか、そういうのってどんな格好していけばいいの?」
リリが私に聞いてきた。
「あ…私も初めてだ……」
二人で美羽の顔を見る。
「私も知らない…」
美雨は顔を左右に振った。


日曜日。
瑞希と詩乃はそれぞれ部活の試合やバンドのライブがあって来れなかった。
私は4時に起きてお弁当の準備をして集合場所の駅に向かった。
メンバーは施設の園長先生夫妻と子供達5人(桜、幸、瑠璃、武、正則)、白神先輩、リリ、郷。
時間ギリギリに駅に着くと郷以外のメンバーが揃っていた。
「お姉ちゃん遅いよ!」
桜に怒られてしまった……
「ごめんごめん!お弁当がちょっと手間取っちゃって」
「お弁当!?」
「そう!このお姉ちゃんと二人でそれぞれ作ってきたから楽しみにしてなよ」
「おおー!すげえ!」
正則と武が顔を見合わせて言う。
みんなが喜ぶ顔を見てリリが表情を和ませた。
「すみませんね。ご迷惑をかけて」
「そんな!けっこうお弁当作るのも楽しかったですし、私も楽しみにしてましたから」
お礼を言う園長先生に手を振って言った。
「僕からもお礼を言うよ。ありがとう」
白神先輩が私とリリに言う。
それにしても郷が遅いな……
待つこと5分。
ようやく郷がやってきた。
電車で二時間ほどのところに目的地の山はあった。
駅では同じような目的できた人がたくさんいた。
ハイキングコースに入ると緑の匂いが一層香った。
左右には鬱蒼とした森が茂っている。
道幅は大人が3人並んで左右を行き交いできるほど広い。
ハイキングコースに入ると緑の匂いが一層香った。
背の高い木々のせいで影になっているが木漏れ日が降り注いでちょうどいい。
「ねえ?昨日何時に寝た?」
私の横を歩くリリが聞いてきた。
「頑張って10時には寝たよ」
「そんなに遅く!?今朝は4時起きだから肌細胞死滅してるじゃない!」
「えっ!そんな大袈裟な…」
「一日8時間睡眠は必須よ」
美人のリリが言うと説得力がある……
「どうでもいいけどよお、朝早すぎねーか?」
郷が後ろから言った。
「しょうがないじゃない。自然を満喫して暗くなる前には帰ること考えたらどうしても早い時間になるでしょ?」
「だからってなんで俺様が早起きしてガキ共の面倒見るんだよ」
「どうしてそう文句ばっか言うかなぁ?」
私が言うと郷は投げやりに、
「へーへーわかったよ。普通にしっかり適当に面倒見るよ」
「夜型の真壁君には御不評のようだね」
先を歩く白神先輩が振り向いて言う。
「うるせえよ」
「でもたまには都会の喧騒を離れてこうして生命の息吹を感じるのもいいもんだろう?」
生命の息吹か……
改めて周囲を見るとまだ春先だけど木々は緑の葉をそよそよと風に鳴らしている。
その間からは鳥の声が聞こえ、足元には花が咲いていて……
一ヶ月前に見た、雨のあとの死の光景に比べてなんという差だろう。
「綺麗ね」
「うん」
リリの言葉にうなずいた。
みんなと話しながら歩いていると徐々に道もゆるやかな斜面になってきた。
そこから30分程して休憩場に着いた。
けっこう開けた場所で水飲み場があったり座るところ、お手洗いもある。
小さい売店もあって私たちよりも先に来た人達が何組かくつろいでいた。
「美味しくて綺麗な水ね」
柄杓に汲んだ水を手に注いで口にしたリリが私に言った。
「ほんとだ!冷たくて気持ちいい!」
私達は子供たちにも両手を差し出させると一人づつその手に水を注いだ。
水を飲んだ後はみんな広場で遊び出した。
「カワイイ子達ね」
その様子を見てリリが言った。
「でしょう?リリも子供好きで良かった!」
「そうね。ペットみたいでカワイイわね」
そう言ってニッコリするとリリはベンチの方へ歩いて行った。
ペットって……

園長先生の話だとこの先、30分程歩くと大きな原っぱに出る。
そこで早目のお昼ご飯にしようと決まった。
私とリリはお弁当の役割分担を決めていた。
私はおにぎり中心のご飯系。
リリはおかずをメインにしたもの。
子供達はみんなご飯を楽しみにして歩いていた。
15分程歩くとリリがふと後ろを振り返る。
「どうしたの?」
「うん…」
リリは私の問いかけに後ろを見ながら返事をすると郷に話しかけた。
「後ろから誰も来てないわ…… 変じゃない?」
郷も後ろを振り返る。
「そういやそうだな…」
私も後ろを見た。
たしかに私達の後に続いて歩いてくる人の気配がない。
出発する時はけっこういたのにな……
しかし周囲はのどかで変わらず鳥のさえずりと暖かい木漏れ日が降り注いでいた。
「まあ…歩くか」
郷に言われて私もリリも歩を進めた。
園長先生の話だと、もう半分歩けばお昼の場所まで着く。
気にせず歩くことに専念した。
すると薄らと霧が出てきた。
いつの間にか辺は静まり返って鳥の鳴き声も聞こえない。
不自然な静寂の中、私達は歩いた。
「さあ!着いたぞみんな!」
園長先生が振り向いて言った。
霧が立ち込めてはいるけども広い原っぱで何組かの人達がシートを敷いてくつろいでいる。
原っぱの隅にはロッジがあって管理人のような人がこちらを見ていた。
だけど人がたくさんいる割には不思議と静まり返っている。
笑い声もなにも聞こえない。
「じゃあ早目のお昼にしましょうか」
園長夫人が言うとみんな歓声を上げた。
私達は原っぱの真ん中近くに陣取ることにした。
でも郷と白神先輩、リリはなぜか張り詰めている。
「どうしたの?」
私が郷に聞くと「チッ…!やられたぜ」と、舌打ちしながら顔をしかめた。
郷のただならない雰囲気に子供達も視線をよこす。
そのとき園長夫妻が地面にシートを広げようとしていた。
「オイ!待ちな!!」
郷が叫ぶ。
「えっ」っと園長先生が言葉を発したのと、その身体がふわっと宙に浮いたのはほとんど同時だった。
園長先生だけじゃない、園長夫人も他のハイキングに来ていた人達もその身体が宙に浮く。
「いけない!」
子供達の身体も宙に浮きかけたときにリリが叫んだ。
咄嗟に郷が右手を開いて天にかざすと子供たちの身体がすとんと地面に降りる。
「うわああああっ!!」
「キャアアア――!!」
もの凄い突風が吹き荒れて私達を除いた園長先生夫妻と他の人達は悲鳴とともに上空に巻き上げられてしまった。
「しまった!間に合わなかった!!」
白神先輩が左手をかざしながら叫んだ。
私は何が起きたのかさっぱり理解できずに園長先生たちが巻き上げられた上空を見つめていた。
「先生!!」
「園長先生――!!」
子供達が悲痛な声を上げる。
「いったいなにがどうしたの!?」
「悪霊だ」
「えっ」
私の問いに郷が答えた。
「それも今迄とは比較にならねえ強力な奴だ。ガキどもとおまえは咄嗟に結界を張って防げたが園長は間に合わなかった」
郷が言うと白神先輩が唇をかみ締めた。
そのとき空の一角がキラキラと輝き始めた。
無数の小さな光が一ヶ所に集まって青白く燃え上がる。
同時に景色は歪み、黄褐色のフィルターをかけたような色になった。
これは前に私が襲われた時の「亜空間」だ。
巨大な青白い炎が地上に迫ってくると女の笑い声が響いた。
「フフフフフフ…久しぶりねルシファー」
「ラマシュトゥか!!」
郷が叫ぶ。
青白い炎は徐々にある形になっていった。
「ああっ…」
その恐ろしい姿を見たときに戦慄が走った。
恐竜のような長い首と顔、胴体は毒々しく赤いサソリで尻尾が10本に別れていて、サソリの腹からはタコのような、ぬめぬめと光った無数の触手が蠢いている。
その巨大なサソリの胴体から女の人の身体が、天女の羽衣をまとったような上半身が生えていた。
禍々しい下半身と対照的な美しい上半身に四本の腕を生やして槍と剣、盾を持っている。
真っ赤に燃えあがるような長い髪をなびかせてラマシュトゥが言葉を発した。
「我らが新しい“主”になられるマリア様。私が支配する“混沌の山”へようこそ」
空中で毒々しい真っ赤な身体をうねらせながら言う。
「ラマシュトゥ!さっき上空に巻き上げた人間たちをどうした!?」
白神先輩が鋭い口調で言った。
こんな先輩を初めて見る。
「これは大天使ミカエル。随分と取り乱してるねぇ」
嘲笑うラマシュトゥ。
「質問に答えろッ!」
「いただいたよ」
「なにっ」
ラマシュトゥは舌なめずりしながら言った。
「より強力な肉の体のために糧となったんだよ。私の体の半分はあの人間共で構成されてるのさ。生きながら私の一部になったのさ」
ええっ……
なんてことだろう…!!
あの怪物の体の一部に園長先生達が……!?
「お姉ちゃん!先生達はあの怪獣に食べられちゃったの!?」
「そんなッ!!いやだッ!!」
子供達が泣き叫ぶように言う。
なんと言っていいかわからない私は郷と白神先輩の顔を交互に見た。
郷がうなずく。
「大丈夫!先生達は捕まってるだけ。郷と白神先輩が必ず助けてくれる!」
私はみんなの顔を見ながら言った。
「あっ!!」
瑠璃が背後の空を指差して叫ぶ。
見ると空一面を覆い尽くす無数の怪物の姿がそこにあった。
「すごい数だ」
白神先輩が驚愕する。
「クソッ!総掛かりできやがったか!!」
吐き捨てるように言うと郷はすぐに私に向かって言った。
「マリア!ガキどもを連れてあのロッジに隠れてろ!リリス、頼んだぞ!!」
「任せておいて」
リリがうなずく。
えっ?どういうことよ!?
「マリア、みんな、いくわよ!」
リリは傍らにいた子供を抱きかかえると20メートルほど先にあるロッジを指して言った。
「くらえ!ルシファー!!」
ラマシュトゥの恐竜の口から青白い炎が竜巻のように吐き出された。
「クソったれが!!」
郷が手をかざして炎を防ぐ。
「さっさと走れッ!!」
郷の言葉を受けて私とリリは泣き叫ぶ子供たちを連れて走り出した。
残った子を白神先輩が抱きかかえて走る。
ロッジの中に子供達を避難させると白神先輩がリリに言った。
「頼む」
リリは無言で頷く。
それを見た白神先輩は郷の方へ戻っていった。
「マリア!早く中へ!」
「リリは!?」
「私はまだやることがある」
そう言うとリリは顔の前で指を二本立てると呪文のようなものを唱え始めた。
「メタロン・ガゼス・バイオケン・ミキオン…暗黒の地獄の業火よ、八方陣の障壁となり我らを守り給え……」
唱えながら大きく右腕を円を描くように四回回した。
「さあ!中に入って!」
リリが私の方を向いて言ったときに後ろから化物が三匹、咆哮を上げながら襲いかかってきた。
「危ない!!」
私が叫んだがリリは微動だにしない。
その代わり化物はリリの手前で見えない壁に激突したかのように止まると黒い炎に包まれて燃え上がった。
断末魔の咆哮が響き渡る。
「これで大丈夫。さあ、子供達を」
「う、うん!」
ロッジの中に入ると子供達は泣き続けていた。
無理もない。
するとリリは口の前に手の平を持ってきた。
その上に小さな光る球が現れる。
それに息を吹きかけると光の粉になって泣き続ける子供達の周囲を囲むように降り注いだ。
何事かと思った子供達が顔を上げるとあっという間に目を閉じて床に倒れた。
「な、何をしたの!?」
「こういうときは寝ていてもらったほうがいいでしょう?」
みんなを見るとさっきまで泣いていたのが嘘のようにスヤスヤと寝息を立てている。
「リリ…あなたは…?」
「私はリリス。ルシファーを手助けするために地獄から地球(エデン)に来たの」
「じゃあ、あなたも悪魔?」
「ええ」
リリが返事をしたときにドーンと音がして大きくロッジが揺れた。
「大きいのがぶつかったみたいね」
そう言ってから「座りましょう」と言ってイスに腰掛けた。
私も促されて座ると、
「さっきこのロッジを積層型立体魔法陣で囲んだの。四つの魔法陣を東西南北の方向に重ね合わせて八方向360度をカバーできるわ。触れたものは全て地獄の炎に焼かれる。ここにいればしばらくは安全よ」
「ありがとう……」
「お礼なんていらないわ。助けたわけじゃないから。私達にとってあなたは新しい悪魔の宇宙を創るために必要なの」
「そのためにわざわざ私の友達に?」
「そう。下等な人間達とも友達のふりをしてね」
髪をかきあげながら語るリリの様子は普段となんら変わらないものだった。
相変わらずロッジは揺れている。
魔法陣を破ろうと化物が殺到しているのだろう。
「ちょっと外の様子を見ましょうか」
リリが人差し指を立ててスマホの画面を操作するように動かすと私たちの上に外の景色が広がった。
まるで大きなテレビの画面を見ているようだ。
ロッジの周りを無数の怪物が囲んでいる。
「ものすごい数だわ…… 敵も本気ってことね」
リリが映し出された光景を見ながら言う。
外の原っぱは隙間なく埋め尽くされていた。
「郷と白神先輩は……」
私が聞くとリリはまた一つ中に画面を出して見せた。
そこには夥しい数の相手に戦う郷の姿があった。
リリがさらに画面を増やす。
白神先輩が映った。
大空でラマシュトゥと戦っている。
その姿は防戦一方に見えた。
それを見ていたリリが舌打ちした。
「バカね…なにをしているのかしら」
「どうしたの?」
「ミカエルの相手はラマシュトゥ。悪霊の中でもパズスの妃といわれる強者、でもいくら人間の体でもあんなふうに一方的に攻められはしないわ」
「危ないの?」
「きっと吸収された人間達を助けようと考えてるのね。世話が焼ける……」
「そんな言い方って…!」
「フン…奴らが作った亜空間は奴らにとっては力を倍増できる、いわばホームよ。そんなところで戦い方を選んでいたら命取りになるわ。ただでさえ人間体のままで魔力を使うことは消耗が激しいのに」
キッと画面をにらむとリリは立ち上がった。
「こうなったら外の雑魚共を私が一手に引き受けてルシファーにミカエルの援軍に行ってもらうわ。二人ならラマシュトゥを倒して人間共も助けることができるかもしれない」
言いながらリリは両腕を広げて目を閉じた。
足元から黒い炎のようなものがメラメラと燃え上がる。
「リリ!」
「離れてて!」
咄嗟に二三歩さがる。
黒い炎は一瞬にして逆流する滝のようにリリを包んだ。
そして炎が消える。
そこには私の知らないリリがいた。

腰まである黒く長い髪は漆黒の中に小さな星の輝きのようなものがたくさん見えて、まるで宇宙のよう。
肩から胸元、腹部まで真っ白な肌が見えている。
腕、両胸と下半身は蛇のウロコのような紋様に飾られたボディースーツを着ているように見えて赤と黒のグラデーションになっていた。
背中には大きなコウモリの翼が四枚。

これが悪魔……綺麗……
私の目の前にいるリリは人間が伝えてきた恐ろしい怪物的な姿をした悪魔とは程遠い、美しさとぞっとするような冷たさを併せ持った姿をしていた。
「あなたはここで大人しくしてなさい」
そう言ってドアの方へ歩き出す。
青の背中を見て今までリリと過ごした時間を思い出した。
私や美羽といるときのリリ。
楽しそうな笑顔を見せるリリ。
子供達に優しい眼差しと言葉をかけるリリ。
その全てが嘘だとは思えなかった。
「待って!!」
リリを呼び止めた。
「なに?」
「私にも、私にもできることない?」
リリがキョトンとする。
「あるわけないでしょう?余計な手間をかけさせないで」
鼻で笑っていう。
「でも今の状況はみんな私のせいで起きてるんでしょう!?園長先生達やこの子達、関係のない人まで巻き込んで…… 郷や白神先輩やあなただけ危険な目に併せてじっとなんてしてられないよ!」
「勘違いしないことね。私もルシファーも、あそらくはミカエルもあなたのために戦ってるわけじゃないわ。全部自分のためよ」
リリが冷たく言い放った。
「それでも――!!私にとっては郷も白神先輩も大事な人なの!!」
リリの顔を見た。
「リリ、あなたも…… 大事な友達なの!!」
リリが私を見つめ返した。
「あなた、私のこの姿を見てまだ友達とか言ってるの?怖くないの?」
「ううん… 私にとってはリリだもの…」
リリは少し私を見つめると軽く笑った。
「変わった人ね」
そして冷然とした目を向けると、
「さっきも言ったようにあなたが出る幕はないわ。ここで黙ってお祈りでもしてなさい」
有無を言わさない厳しい口調で言った。
そして今度こそ振り向くことなくロッジの外に出て行った。

リリが後ろ手にドアを閉めるとロッジの中には私と無邪気な夢の世界にいる子供達だけになった。
リリが作った画面はまだ残っている。
私は三つの画面を悲痛な気持でながめた。
ロッジの周りに押し寄せる夥しい怪物。
空に羽ばたいたリリが両掌を広げると光の粒子が集まりだした。
そして両手を合わせて前に出すとボウリングの球ほどの大きさになった光の弾が地上めがけて発射された。
地上を埋め尽くす怪物に炸裂した光弾は目もくらむような閃光と大地を揺らすような轟音と共に怪物たちを焼き払った。
さらに数発撃つと外の怪物は半分ほどの数になった。
リリは確認すると今度は郷のもとへ飛んで行った。
合流したリリは郷と二言三言交わす。
うなずいた郷は白神先輩の方へ飛び去った。
一人になったリリへ怪物たちが殺到する。
空を縦横に駆けるリリは手当たり次第に化物を爪で切り裂き、牙で喉元を噛み千切り、噴き上がる血しぶきを見て残酷な微笑を浮かべている。
その姿は恐ろしくも美しく、まさしく「悪魔」だった。
だけど彼女は私の友達だ。
郷も。
白神先輩も。
私達を守り、園長先生たちを救うために戦ってくれている。
私にできることは祈ることだけだった。
眠っている子供達を見る。
この子達には園長夫妻が必要なのだ。
なんとしても――!!
そして同じように、ラマシュトゥに吸収された人達には家族がいる。
失えばたくさんの悲しみを生みだしてしまう。
どこから現れたのかロッジの周りをさっきよりも多い数の怪物が囲んでいた。
湧きだすように増えてくる。
空一面にも新たな大群が押し寄せてきた。
郷…… みんな、巻き込まれた人達を助けてあげて。
そして郷とリリ、白神先輩の無事を祈った。
この悪夢のような戦闘が終わるように。
目を閉じて強く、強く願った。

そのとき自分の身体がキラキラと輝きだした。
「えっ」
自分の身体を見回すと小さな光がいくつも纏わりついている。
どんどんその数は増えていき、やがて私の身体が白色に輝き出した。
白色の光は外を映す画面までも消し去り、あっという間に輝きを増していった。

私はこの光にとても似ている輝きに覚えがある……
それは白神先輩が見せてくれた、私たちが神と呼ぶ宇宙に輝く光だ……














































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