魔女王リリス

文字数 3,794文字

「ルシファー様、知ってます?」
「なにをだよ?」
店のキッチンで炒飯を作っている俺の背中にマルコシアスがカウンターに置かれたリンゴをつまみながら聞いてきた。
「昨日、ルシファー様のファンの女子達、ルシファー様がいきなりいなくなるから発狂したように泣いてましたよ」
「へ~めんどくせえ連中だな」
熱したフライパンに生卵を2つ溶いて入れると手早く上から叉焼とネギ、紅ショウガを刻んだのをボウルに入れた白米と一緒にフライパンにブチ込んだ。
「ちょっとちょっと!みんなが泣いてるのを俺がなだめたんッスから」
「しょうがねえだろ?俺はマリアが悪霊に襲われてるの助けてたんだから」
フライパンを振りながら卵と飯、具が混ざるようにかき混ぜる。
「えっ!マジっすか!?」
「そうだよ。俺はマリア対策で忙しいんだよ」
塩とコショウを振りかけながら答えた。
「で?どうなんです?マリアの方は上手くいきそうですか?」
「さあな」
「さあなって…ちょっと大丈夫なんですか!?」
「うるせえな。知るかよ」
俺の考えだともっとあっさり行くもんだと思ってたんだけどな。
人間なんて“権力”と“奇跡”、“力”をちらつかせれば簡単に転ぶと思ったんだが……
あのマリアのヤツは興味がねえと言いやがった。
「おらよ!できたぜ」
完成した炒飯を皿に盛ってマルコシアスの目の前に置いた。
「うわっ!美味そうッスね!」
「まあな」
「しっかしルシファー様、ほんとに料理うまいッスよね」
「中学からお袋の手伝いしてるからな」
言いながらエプロンを外すと自分の分の炒飯をよそった。
今日はお袋が昼から用事があって出かけてる。
マルコシアスの奴が家に来て2人とも小腹が空いたもんだから俺が炒飯をつくってやったというわけだ。
「うまっ!マジで美味いですよ!」
一口食べたマルコシアスが叫ぶ。
「あたりまえだろ。誰が作ってると思ってるんだよ?」
「いや~ルシファー様の手料理が食べれるなんて感動もんッスよ?地獄じゃ考えられないことですからね」
まあ、そりゃあそうだな。
「これリリス様に食べさせてあげたら喜ぶんじゃないッスか?」
「そうか?」
二人で炒飯を食べ終わるとカウンターに置かれた皿に盛ってあるリンゴをつまみながら話した。
「今頃は地獄の皆さんどうしてるんでしょうねえ?」
「さあな」
言いながらマルコシアスが手を伸ばした先にあるリンゴを手に取ると口に放り込んだ。
続けて最後のリンゴをつまみ上げると口にした。
「あっ…!俺、まだ一個しか食べてないんですけど」
「は?俺の家のリンゴだろうが」
「そうですけどルシファー様のお母さんが剥いたリンゴって妙に美味しいんですよね。で… もう一個ないんですか?」
「ねえよ」
ポケットに手を突っ込むと小銭を床に放り投げた。
「これでタバコ買ってきてくれ」
「はい… って、これ50円足りないですよ?」
「おまえ持ってるだろ?」
「わかりましたよ…」
ぶつくさ言いながら店から出て行った。
「ルシファー様――ッ!!」
マルコシアスが叫びながら戻ってくるとドアをバタンと閉めた。
「バカ野郎!!なんだよ!?でけえ声出しやがって!!」
「す、すみません!それより大変なんッスよ!」
「なにがだよ?」
俺達悪魔に大変なことなんて人間の世界にはねえだろう。
コンコン…
ドアがノックされる。
「おい。誰か来たから開けろよ」
「いえ、俺はちょっと…」
そう言ってコソコソとカウンターに座った。
コンコン…
さらにノックされる。
ったくめんどくせえな……
「はい」
ぶっきらぼうに返事してドアを開けた。
俺はそのまま固まった……
一度ドアを閉める。
息を吸ってもう一度ドアを開けた。
目の前には人間の女が立っていた。
「おまえ…来たの?」
「うん!来ちゃった!」
満面の笑みを見せるこいつは……
人間の姿をしているが、地獄で俺を補佐する悪魔の女王。
魔女王リリスだ。
そして“主”が造った原初の人間。
店の中に入ったリリスは興味深そうに店内を見回した。
「ずいぶん汚くてせまっ苦しいところに住んでるのね」
「いいんだよ。俺は気にいってるんだから」
カウンターに入ると俺はタバコをくわえた。
「いやいやいや!リリス様!相変わらずお美しいですね~、でもどうしたんです?わざわざこんな場所まで」
マルコシアスがリリスに席を勧めながら聞いた。
「どうしたって?決まってるじゃない。ルシファー様の手伝いよ」
「はあ?俺の?頼んでねえぞ」
「知ってる。だって私の独断で来たんですもの」
「どういうことだよ?」
俺が聞くとリリスはマルコシアスを見た。
「パズスが邪魔をしているんでしょう?それにマルコシアス。おまえは全然役に立ってないそうじゃない」
「いいっ…そ、そんな」
マルコシアスが絶句する。
こいつに怒られるとめんどくせえからな……
「それからさっき私のことを綺麗って言ったけど」
「はい」
「わかりきってることは言わなくていいから」
「すいません…」
「マルコシアスは役に立ってるぞ。それに俺に無断で地獄を空けるとはどういうことだよ?」
そこらは厳しく問いただした。
「地獄からこっちの様子を見ていたの!そうしたらあなたを恨んでるパズスが復活したじゃない!?
あなたはミカエルと競わなきゃいけない。だったら手数は多い方がいいと思って…… 私、あなたの力になりたくて来たんだから!」
身を乗り出して目を潤ませながら言う。
「わかった!わかったから、とりあえず飯でも食えよ?」
感情が昂ぶったリリスをなだめるように言った。
「ルシファー様の料理は最高ですよ!」
マルコシアスが言うとリリスは目を輝かせた。
「そうなの!?ご飯作れるの!?」
「まあな」
さっき作った炒飯をもう一度作ってやった。
「美味しい!!」
感激したように言うリリス。
「知ってた?家事の出来る男って人間の世界ではポイント高いんだって」
「なんかそうらしいな」
「こういうとこアピールすれば?」
「いいんだよ。俺には俺のやり方があるんだから」
「そうだけど…… あとはこれね」
テーブルにあったリモコンを操作してテレビを点けた。
「これこれ!私、このドラマはまっちゃった!こういうのも参考になるんじゃない?」
リリスお気に入りのドラマは昼ドラだった。
こんなもん参考になるわけねえだろ?
「おまえ、メチャクチャ人間に馴染んでねえか?いつ来たんだよ?」
「先週よ。だって私は悪魔でもあるけどもとは人間なんだし」
主は地球(エデン)を造り、そしてそこに住む最初の人間、アダムとリリスを創造した。
しかしリリスはアダムとの生活を拒否して地球(エデン)の果てで一人で暮らした。
主は新たにアダムの相手としてイヴを与えた。
これが今の人間の祖にあたる。
俺が創世の頃の地球(エデン)に来たときにリリスと出会った。
こいつは自分の意志で主に反逆した。
ある意味、俺と同じだ。
妙に俺たちは波長が合った。
共に行動したいというリリスを俺は仲間と認めて地獄へ連れて行った。

そこからが問題だった……
リリスの中ではどういうわけか俺と自分はかけがえのないパートナーらしい。
人間共の感覚で言うと「相思相愛」というやつだ。
どっからそういうことになったのか?
とにかく俺はそんなことは認めない。
なぜなら俺はこの宇宙で唯一無二の存在だからだ!
俺様と対等の存在などありはしねえ!!
それを聞いたリリスは俺の部下、12人の地獄の副王達と交わった。
交わることで魔力を得た。
素体が人間でありながらリリスは超悪魔ともいうべき魔力を身につけた。
そして俺に言った。
「対等なんて望まないから。でも、これであなたの役には立てるでしょう?」
もう遥か昔のことだ。
「どうしたの?」
「ん?いや、なんでもねえ」
あのときは俺もゾッとした。
こいつの中には俺達悪魔にはない感情がある。
それは底のない、ほんとうに際限がないものだ。
「そういえば例のマリアに会ったわよ」
「は?いつだよ?」
「昨日。学校でね。人間にしては素敵な子じゃない」
「はあ?おまえ学校に来たのか!?」
「そうだ!来週から私も“二宮リリ”って名前で同じ学校に通うから。校舎は違うみたいだけどよろしくね!」
それだけ言うとリリスは嬉しそうに炒飯を食べるのを再開した。
はあっ……
めんどくせえことにならねえといいけどな……
「そうだ!」
リリスが何か思いついた様に顔を上げた。
「地球(エデン)って長くないでしょう?それは教えてあげたの?」
「いや」
「目覚める前に他の人間と一緒に死んじゃわないか、そこだけが心配ね」
俺は答えなかった。
教えても仕方ねえだろ?そんなこと。
知ってどうする?
「それから、万が一ミカエルに馴染んだら殺すんでしょ?きっとミカエルは邪魔するでしょうけど私に任せてね。私がミカエルを引き付けるから、完全にあの子が覚醒する前に殺してしまって」
「わかったよ」
そうだったな。
ここんとこ忘れてたぜ。
もしミカエルを選んだ時にはマリアを殺さねえといけねえんだ。
そうしないと俺達悪魔が滅んじまうんだからな。
マリアの笑顔が頭に浮かんだ。
タバコを吸うと換気扇の方へ煙を吐いた。



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