原罪

文字数 2,614文字

今朝は珍しく朝一で学校に来ていた。
珍しくっていうか初めてだな。
まあ、こうして朝日を浴びながら屋上で一服するのも気持ちいいもんだ。
「ルシファー様!お待たせしました!」
「おお。サンキュー」
マルコシアスが缶コーヒーを持ってきた。
「今日はどうしたんですか?こんな早くに。しかも30分前にいきなり屋上に缶コーヒー持って集合とか」
「ああ。リリスの奴が俺に話があるって言ってきたんだ」
昨日リリスからメールが来た。
なんでもマリアに歓迎会をしてもらったらしい。
それを絵文字付きで送ってくるとは……
あいつどんだけ人間に馴染んでるんだ?
「お待たせ」
後ろから声がしたので振り向くと制服姿のリリスが立っていた。
「ねえ?どう?似合ってる?あなたは初めて見るでしょ?」
両手を広げてくるっと回ってみせた。
「ああ。おまえは何着ても似合うから大丈夫だよ」
「なんか素っ気ないわね」
口をとんがらせる。
「それより話しってなんだよ?こんな早くに俺を来させやがって」
「ああ、そうよね!そうそう、ちょっとビックリしたんだけどね」
「なにがだよ?」
「あの子って“原罪”がないのよ」
「なにっ」
俺が驚いたのでマルコシアスが聞いてきた。
「どうしたんです?そんな驚くことなんッスか?」
「ああ」

原罪。
人間が産まれ持って背負っている罪だ。
創世の頃に俺がイヴを誘惑してアダムとイヴの二人に「知識の実」を食させた。
それは主が口にすることを禁じた二つの果実。
「知識の実」と「生命の実」の二つのうちの一つだ。
これが主の禁を破った「罪」になる。
今の人間は全てがアダムとイヴから産まれた。
つまり産まれながらに主の禁を犯した「罪」を背負っている。
なぜ俺がそんなことをさせたのかって?
俺はどうあっても主の邪魔をしてやりたいからな。
あの箱庭みてえな地球(エデン)を見たときにぶち壊してやりたくて仕方なかった。
結果は現在の人間を見ればわかる。
いいザマだぜ。

それにしても――
全ての人間は原罪から逃れることはできない。
それがないっていうのは驚くべきことだ。
でもマリアは特別だからな……
「あれじゃねえか?なんていったって次代の主なんだ。いろいろ特別なんだろう?」
「私も最初はそう思ったの。この子が特別なのはあたりまえってね。でもね」
リリスは風になびく長い髪をおさえて続けた。
「あの子と暮らしている詩乃っていう人間とクラスメートの純。この二人も原罪を抱えていないの」
「なんだと?」
「ね?面白いでしょう?同じように原罪を抱えていない私だから感じられることなんだけどね。どう思う?」
リリスは主が最初に造った人間だ。
そして知識の実を食していない。
つまり原罪を抱えていない唯一の人間だ。
人間でもあり悪魔でもある。
ちょっとややこしい奴だけどな。
「興味深いね」
屋上の出入り口の方から声がした。
ミカエルだ。
「朝っぱらから悪魔が集まってなにを話しているのかと思えば」
笑顔で言いながらこちらに歩いてくる。
「ミカエル。久しぶりね」
「ふん。話しかけないで欲しいな。主の御心に背いた下種な人間の成れの果てが」
「なんだって?」
リリスが形の良い眉をしかめた。
「本来なら君を見かけた時点で僕は殺してるよ。それをしないのは単に主が御命じになられないからだ」
創世の頃、ミカエルの奴は何度もリリスにアダムの元に帰って暮らすように説得したがリリスは頑として聞き入れなかった。



「だからあなたはダメなのよ。自分の意志で行動できない主の奴隷でしかないのだから」



リリスが嘲笑うように言う。



ミカエルはリリスの挑発を無視して俺に言った。



「原罪の個々の有無は僕らでも判別できないものだ。そうだろう?兄さん」



「まあな」



「ところで興味深いことをもうひとつ教えてあげるよ」



「なんだよ?」



「マリアは愛について興味があるみたいだね」



愛?愛ときたか!?



「へ~そりゃあ思春期の女子っぽくて健全じゃねえか」



「僕の勘だけど彼女に愛を教えてあげることができれば大きくリードできると思うよ」
「随分と余裕だな。敵にそんな情報を教えるなんて」
「無理だとわかってるからね。兄さんにも。もちろん僕にも」
「ふん」
そりゃあそうだ。
俺たち悪魔、天使にでさえ愛なんて概念はない。
あんなものは人間の免罪符だ。
「愛ゆえに」「愛すればこそ」なんて台詞で都合よく自分の欲望を誤魔化すためのな。
「で?おまえはなんて教えてやるんだよ?」
ミカエルは俺の質問にお手上げの素振りを見せた。
「それはこれから考えるよ。兄さんはどうするんだい?」
「さあな」
そんなもん俺にはどうしたらいいのかさっぱりわからない。
「安心して。そのために私が近付いたんだから。じゃなきゃあ下等な人間と仲良くなろうなんて思わないわよ」
リリスが割って入った。
「君もその“下等な人間”の仲間だろう?」
ミカエルが蔑む。
「いいえ。私は原初の人間。高度な能力の薄まった現在の猿共とは違うわ」
髪をかきあげて言うとリリスは俺の傍に来た。
そしてミカエルに向き直る。
「そうやって余裕ぶってられるのも今のうちね。最後に勝つのは私達だから」
「まあ、健闘を祈るよ」
ミカエルはおどけたように言うと背を向けて歩いて行った。

ミカエルが去ったのを確認してからリリスが言った。
「マリアや他の人間が突然変異なのかどうかはわからないわ。
でも原罪がないってことは私に近い、もしくは波長が合うのかもしれない。これはミカエルには不利、私達にとっては大きなアドバンテージだわ」
「そうだな……」
吐き出したタバコの煙が風に流されて霧散する。
「なによ?素っ気ないわね」
「そうか?」
「もっと喜んでくれるかと思ったのに」
「いや、なんか簡単そうだから拍子抜けってやつさ」
リリスと同じ種類なら確かに波長は合うのかもな。
しかしそうは思えなかった。
マリアからはリリスに感じた「底のない、際限のないもの」を感じないからだ。
上手くいくってことはマリアを殺さなくて済むわけなんだけどな……
なんかもやもやしやがるな……
どっか納得がいかねえ。
まあいい。
俺は俺のやることをやるだけだ。























ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み