混沌の決戦

文字数 6,306文字

「説明しなさいよッ!わけわかんないでしょッ!!」
マリア達と別れたあとに後ろからリリスが金切声を上げてついてくる。
「わかったよ!店に戻ったら説明すっから静かにしてろよ」
言い方がまずかったのか余計に怒らせた。
店に戻るとマルコシアスが一人カウンターに立っていた。
「ルシファー様おかえりなさい。遅いッスよ~さっきまで超混んでたんッスよ」
「おう。ご苦労。お袋は?」
「ああ、ずっと上で寝てますよ」
マルコシアスが言うとリリスがキッと睨む。
「さあ!話してもらうわよ!」
「ちょっとどうしたんです一体?」
「どうもこうもないわよ!この人、悪魔の宇宙を諦めるんですって!悪魔を裏切るんですって!!」
「ええ――ッ!!」
「声がでけえよ!静かにしろ」
押さえるように手振りした。
「考えてもみろよ。マリアだって俺やおまえと同じじゃねえか」
「なにがよ?」
「俺たちは主に、マリアは人間に、望むと望まざる関係なく造られた」
「で?」
「俺は自分の意志で主に反逆した。おまえは自分の意志で悪魔になった。だったらあいつにも選ばせてやろうぜ。自分の生き方を」
リリスは少し沈黙してから、
「わからない!全然わからない!意味が分からないッ!!」
首を振りながら言った。
マルコシアスは横で困惑している。
リリスが俺をじっと見た。
そして何かに気がついた様に言った。
「そうなの…そういうことね…」
「すまない」
俺は頭を下げた。
「ア――!!ムカつくムカつく!!」
リリスは地団駄を踏むと深いため息をついてから天井を見上げた。
「あなたが決めたのなら否応もないわ…… でも副王達は黙ってないわよ。地球(エデン)のことは地獄から監視している。きっとさっきの、今の会話も全部ね。最悪の覚悟はできてるの?」
「ああ」
「わかったわ。私も従うわ」
「おい、おまえはいいんだよ。わざわざ俺に付き合うなって」
「自分で決めたの。私もね」
「ありがとうよ」
「ふん!別に礼なんて言われる筋合いはないわ」
リリスは不機嫌に言うとマルコシアスに言った。
「帰るわよ」
「えっ?いったい何がどうしてそうなったって言うんです!?」
「道すがら話すから早くしなさい!」
「は、はい!」
リリスとマルコシアスは帰って行った。
俺はしばらく一人でカウンターに座っていた。


朝の5時。
早く起きすぎたな……
寝ているお袋の横に腰を降ろすと寝顔を見つめた。
最近は汚染された大気のせいか体調を崩してやがる。
柄にもなく俺はこの人間の女に感謝していた。
同時に散々苦労も掛けたことを心の中で詫びた。
あんたが人間の親で良かったよ。
立ち上がると起こさないように気を遣いながら部屋を出た。
しかし実の息子がほんとうは悪魔だったなんて知ったらさすがに、あのお袋もぶったまげるだろうな……
昨日マリアに言ったように俺は学校であいつに会わないといけねえ。
昨日の今日だが、あいつのことだから吹っ切れていつもの調子に戻ってるだろう。
考えてみれば俺はいつの間にかあいつのことを優先して考えていた。
そのうち悪魔の宇宙だのはどうでもよくなっちまった。
あいつが人間として生きたいならそれでいい。
例え造られた命でも生きている。
そして生きている以上はどう生きるか自分で決める権利がある。
俺に出来るのはあいつが「心置きなく人間として生きれる場所を用意してやること」だ。
そのために、まずは一つ片付けねえとな……

一階の店に降りると手をかざした。
気を集中すると前方の空間に穴が開く。
その向こうは黄褐色の空間が広がっていた。
「混沌」だ。
パズスとはケリをつけねえとな。
目の前に開いた混沌へ俺は飛び込んだ。
黄褐色の空間は果てしなく広がっている。
この纏わりつくリンゲル溶液のような大気は相変わらず不快だ。
俺は目指す方向へまっすぐ飛んだ。
前方にかすかな光が見えた。
青白い鬼火のようなものが無数に浮かんでいる。

悪霊共だ。
俺が近づくにつれて鬼火達はそれぞれ変形して怪物の姿になっていった。
一際大きな鬼火が燃え上がると巨大な魔神、パズスの姿になった。
「よお!ルシファー様がわざわざ来てやったぜ」
「ルシファーよ!貴様、またも我が一族を大量に葬ってくれたな!」
パズスの怒号が響く。
「パズスよ。一つ聞きたいことがある」
「なんだ!?」
「おまえらはマリアに何を求める?自分たちの宇宙でも創造したいのか?」
「貴様ら悪魔のような俗なことに興味はない」
へっ…俗ときたか。
「じゃあなんでマリアを狙う!?」
「全てはこの世界を裏返らせるため」
「裏返す?」
「左様。我らはこの宇宙が出来たときに裏側の世界に生まれた。それを呪ったことはない。だが、この宇宙が最早滅亡してしまうなら話は別だ!」
パズスは吠えるように俺に語った。
「我らは裏側の世界の住人。だが世界が裏返れば我らは表の世界の住人として地球(エデン)の大地を踏みしめることが出来る!風を感じ、太陽の光を浴びることが出来る。借り物でない本当の身体で!!」
「それがてめえらの目的か?」
「そうだ!そのためには是が非でもあの小娘が必要なのだ!」
「マリアは主にはなりたくねえってよ。人間として生きたいってよ。それでも執着するか?」
「ガハハハハハッ!!そんなこと知ったことか!!拒むなら従わせるまでだ!!」
「そうかい……そういうことなら生かしてはおけねえな」
「ほざけ~!!死ぬのは貴様だ!!八つ裂きにしてくれるわ~!!」
パズスが吠えると配下の悪霊共が一斉に俺目がけてかかってきた。
万に一つ、話せばわかるかと思ったがムシが良すぎたぜ。
「きやがれてめえら!!皆殺しだぁ――!!」
極限まで高めた魔力を一気に放出した。
夥しい悪霊が消滅する。
なおも迫る悪霊たちに突っ込んだ。
魔力の剣を振るって地獄の業火で焼き尽くす。
無数の悪霊を葬り去った。
そのとき一匹が俺の腕にとりついた。
もう一匹が触手のようなもので片脚をつかむ。
「今だ―!!押さえつけろ!!」
一斉に悪霊共が俺に殺到した。
「パズス様!!今です!!」
一匹叫ぶと、
「死ねッ!ルシファー!!」
パズスが両手から巨大なエネルギー波を放った!!
「しまった!!」
パズスのエネルギー波は仲間の悪霊ごと俺の身を守る結界を吹き飛ばした。
「グハッ…」
さすがの俺様も今の一撃はこたえた。
結界越しにダメージが相当来た。
ふらつく俺にパズスの巨大な爪が迫った。
剣で受け止めたが信じられないことにへし折られて俺は蚊トンボのように叩かれた。
まさか俺様の魔力で造った剣が…!!
「弱し!!ルシファー!!非力な人間体のまま乗り込んできたのが運の尽きよ!!飛んで火にいるなんとやらだ!!」
パズスの嘲笑が俺の闘志に火を点けた。
「てめえ~なめてんじゃね――!!」
手から放った衝撃波はパズスの右腕を吹き飛ばす。
だがあっという間に再生した。
「太古に戦ったときに比べなんと非力なことよ。我が瘴気で髪の毛一本残さず消し去ってくれるわ!!」
パズスは混沌のエネルギーを吸収する。
奴の瘴気が膨大に上がっていくのがわかった。
クソッ…
雑魚を相手にしすぎて魔力を消耗しすぎた。
防ぎ切れるか…!?
「ゴアアアアア――!!」
パズスが咆哮と共に口から瘴気を俺目がけて放出した。
そのとき俺の周囲に積層型立体魔方陣が展開してパズスの瘴気を防いだ。
「こいつは…!?」
「なにやってるの!?たかが悪霊の王に魔王がこれだけ苦戦するなんて!!」
リリスがいつの間にか俺の横にいた。
「おまえ、どうして俺がここにいるってわかった?」
「あなたの考えなんてわかるわよ。どうせマリアが生きやすいように禍根を経とうってことでしょう?忌々しい!」
「ルシファー様、水臭いッスよ!俺だって露払いくらいはできますよ」
リリスの後ろにはマルコシアスがいた。
「悪魔に借りっ放しはでは天使として非常にマズイんでね。借りを返しに来たよ」
ミカエルまで来やがった。
「別に頼んでねえぞ」
「残念だけどマリアには兄さんが必要みたいだからね」
マリアか……
「私とマルコシアスが引きつけてる間に回復して!」
「悪いな」
リリスは不敵に笑うとパズスの方を睨んだ。
「グオオオ~ルシファーのみならずミカエルと手下の女悪魔にさらにその手下まで現れるとは手間が省けたわ!残らず食い尽くしてやる!!」
パズスが叫ぶと周りにいる全ての悪霊がパズスに合体した。
さらに巨大に、異形な姿へ変貌するパズス。
「誰が手下の女悪魔ですって!?私は悪魔王ルシファーを補佐する魔女王リリス!醜く卑しい汚泥の底で蠢く下等な悪霊の王め!!原子の塵にかえるがいい!!」
そこまで言うか……
「おのれ!生意気な雌豚がぁ!!」
瘴気の炎がリリスを襲う。
四枚のコウモリの翼をはためかせリリスがパズスの攻撃を避ける。
両の手を発光させると魔力を凝縮した光弾を連続で発射した。
「まだまだ!!」
さらに矢継ぎ早にリリスは魔力を打ち続ける。
パズスは絶叫とともに身体を崩壊させていく。
「す、すげえ…!!」
マルコシアスが唸った。
「どうだ!?」
撃ち疲れかリリスが肩で息をしながら攻撃の手を休めた。
「グフフフ……ルシファーの他にもこれほどの猛者がいるとは正直驚いたぞ」
崩壊しかけていたパズスの身体が再生していく。
「まだ足りないか!?」
リリスの手に再び光の粒子が集まり出す。
「次はこっちだ!!」
パズスが口から瘴気の炎を吐いた。
「チッ!」
リリスが避ける。
「虫けらの攻撃などかすりもしないわ!」
それを追うように今度はパズスの尾が幾条にも分かれて鞭のようにしなりながらリリスを襲う。
高速で襲う尻尾をかわしていたリリスだが、そのうちの一本がリリスの身体を強打した。
「あぐうッ!!」
「リリスッ!!」
叩き落とされてふらふらと墜落するリリスに向かって叫んだ。
「終わりだ!!」
落下するリリスをパズスの爪が襲う。
間一髪、マルコシアスがリリスを抱えて救い出した。
「予想以上にパズスがパワーアップしてるね」
「ああ。俺も正直驚いた」
「とっておきを使うしかないな。兄さん、ファローを頼むよ」
「なにっ」
リリスとマルコシアスを攻撃するパズスにミカエルが特攻した。
強力な一撃がパズスの背中に直撃した。
「ぐうっ!!今度はミカエルか!!小賢しい蠅どもが!!」
「その言葉、後で後悔することになるよ」
落ち着き払ったミカエルにパズスが攻撃する。
避けたミカエルは人間体のまま背中に光の翼を六枚羽ばたかせた。
パズスの攻撃をかわしながら飛び回るミカエル。
ミカエルが通過した跡に黄金色に光り輝く無数の羽がひらひらと漂う。
「あれは何をしているの…?」
俺の横に来たリリスが聞く。
「あれは大昔の戦いで俺様を倒した技だ」
「「ええっ!?」」
リリス、マルコシアスの両名が驚きの声を上げた。
「ミカエルの最大奥義だ。こうなったら俺様も最大級の魔力で応えねえとな」
パズスの周りを飛び回るミカエル。
無数の羽が周囲を囲むように降り注ぐ。
「なんだ!?なにをしているこれは!?」
異様な事態に気がついたパズスが叫んだ。
宙を舞う羽はパズスの周囲を広範囲に、幾重にも包んでいた。
「哀れなり悪霊の王。最早この結界から逃れるすべはない。これで最後だ」
パズスの上空で羽ばたきながらミカエルが宣言した。
「ほざけ~!!こんなものぶち壊してくれる!!」
パズスが周囲を囲む羽を焼き払うかのように身体から全方位に瘴気を放出させた。
青白い閃光が走る。
「ぎゃああああ―――ッ!!!」
パズスの発した瘴気のエネルギーは羽を焼き払うことなく全て自身に返ってきた。
「馬鹿な!!エネルギーが反射する…!?」
自身の強力なエネルギーに身を焼かれながらパズスが呻く。
「あの光り輝く羽の一つ一つがミカエルの神霊力の結晶だ。あの結界は内部で発生したエネルギーを乱反射させて絶対に外には漏らさない。
逆に外から攻撃したエネルギーは内部に取り込まれ乱反射しながら増幅する」
「そんな凄い技が…… じゃあ!?」
驚くリリスに答えた。
「中からは一切反撃できずに、一方的に外から攻撃されるのさ」
それにしてもいやらしい技だぜ。
俺もかってあれにやられたと思うと忌々しいが今はそんなこと言ってる時じゃねえ。
「パズスよ。主に連なる聖なる波動をその身に受けよ!!」
ミカエルは天空に向けて両手をかざすと強大な新霊力を一気に撃ち込んだ。
「ばあああ――!!」
ミカエルの放った光は結界の中で乱反射してパズスの身体を崩壊させていく。
「この結界は長くは持たねえ。おまえらも特大の一撃をお見舞いしな」
この技は相当なエネルギーを消耗する。
現にミカエルは肩で息をしながら相当疲弊している。
「いくわよ!マルコシアス!!」
「はい!」
リリスとマルコシアスが結界めがけてありったけの魔力を撃ち込んだ。
パズスの断末魔の咆哮が混沌の空に響く。
「ぐああああ~!!おのれ!!おのれ~!!」
パズスはまだ諦めない。
崩壊しながらも再生していく。
その身を焼かれながらも凄まじい執念で。
それほどまでに大地を踏みしめたかったのか……
「兄さん!そろそろ限界だ!最後の一撃を!!」
ミカエルが叫んだ。
俺の魔力も充分に回復した。
パズス、これで最後だ。
おまえの執念には敬服するが俺にも譲れねえもんがある。
恨みっこはなしだぜ。
両手に増幅した魔力を集約すると稲妻のようなオーラが身を纏い、さらに増幅させると地獄の業火が噴き上がった。
異なる次元を体内に連結させて高エネルギーを送り込み臨界まで増幅させる!
「パズス!!コイツが俺のとっておきだ!!」
両手から最大級の魔力を撃ち込んだ。
膨大なエネルギーは結界の中にいるパズスめがけて向かう。
稲妻を発生させながら漆黒の業火が混沌の周囲の空間を破壊しながら炸裂した。
空間を破壊する超重力破はマイクロブラックホールとなって周囲の空間までも呑み込み、対象の原子レベルはおろか粒子レベルで破壊させる。
恒星系すらも消滅させる俺の最大奥義だ。
「ぐぎゃあああ―――ッ!!!!」
崩壊のスピードが以上加速し、最早パズスは再生すらできなかった。
その身体は消滅していく。
「離れろッ!!周囲の空間ごと消滅するぞ!!」
俺が叫ぶとミカエル、リリス、マルコシアスは結界かの付近から飛び去った。
発生した超重力はマイクロブラックホールとなって周囲の空間を飲み込むと徐々に縮小して消滅した。
そこにはなにも存在しなかった。
黄褐色の混沌の空が無限に広がるだけで生命は存在しない。
「相変わらず凄い技だね。あれほどの破壊力は主の他は再現しようがない」
ミカエルが俺の横に来た。
「終わったのね?」
「ああ。一つはな」
リリスに答えた。
「帰りましょう。ここの大気、ヌメヌメして気持ち悪いわ」
「ああ。学校に行かねえとな」
俺が言うとミカエルが混沌と地球(エデン)の空間を繋いだ。
向こうには地球(エデン)が、俺達が見慣れた街が見える。
「行こう。マリアが待ってる」
リリス、ミカエル、マルコシアスの順に向こうの空間に戻った。

俺はパズスがいた空間を見た。
「あばよパズス、縁があったらまたやろうぜ」
一言つぶやくとマリアがいる世界に戻った。





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