涙と白神聖也

文字数 6,785文字

担任の先生は教師2年目の若い男の先生だ。
教室に着くと先生がクラスメートに私と純を紹介した。
ざわめきの声が上がる。
「すげえカワイイな!」
「ああ。なんかレベル違うよな」
「彼氏いるのかな?」
「いるだろ?あれだけカワイイんだから」
なんて男子の声が聞こえる。
そんな中、クラスメートの席の中に詩乃の姿を見つけた。
目が合った詩乃は軽く手を上げる。
私は笑顔で返した。
そのときざわつきを静めるように先生が口を開いた。
「付け加えておくと高原君は久間と一緒の家に住んでいる。詳しくは――」
と私と詩乃、瑞希が同居している事情をみんなに説明した。
詩乃と瑞希の名字は「久間」という。
「ええ――ッ!!」
「マジかよ!?羨ましすぎんぞ!?」
「うそぉっ!同棲してるの!?」
男女両方から騒然と声が上がる。
詩乃なんか席が近い男子から肩掴まれてるし……
「ほら静かにしろ――!!」
先生が大きな声を出しても収まる気配すらない。
「ごめんね純。せっかくの初日なのに」
私事で純の転校初日を騒がしいものにしてしまったことが申し訳なかった。
でも純は黙って笑顔を見せて小さく首を振るだけだった。
は~あ… 悪いことしたなぁ…
「騒ぐんじゃないッ!!いいかあ!?あくまで家族として暮らしているんだ!おまえらが騒いでるようなことは一切ない!!」
先生が教壇を叩きながら怒鳴った。
ようやく教室が静かになった。
「じゃあ、2人とも席に着きなさい」
「はい」
なんだか微妙に視線が気になるな…
まあ慣れるしかないか!
幸いにも私の席は窓際だった。
この時期は窓から吹き込む風が心地いい。


1時限目が終わると私の周りに男子が集まってきた。
「彼氏はいるの?」
「ほんとに久間とは関係ないの?」
「好きなタイプは?」
口々にいろんなことを聞かれる。
私が困惑していると後ろの席にいた子が間に入ってくれた。
「ちょっと高原さん困ってるじゃん!変な事きくの止めなよ」
「なんだよ?相場には関係ねえだろ?」
「関係あるって、同じクラスの女子だもん」
私を囲む男子に向かって強い口調で言うと相場さんは振り向いてニッコリ微笑んだ。
「高原さん、こいつら図々しいから遠慮しないで思ったこと言った方がいいよ」
「思ったこと?」
「みんな高原さんが綺麗だから狙ってるんだって。望がないってこと教えてあげな」
「おいおい相場、いくらなんでも言いすぎでしょうが?」
「俺らになんか恨みでもあんのかよ?」
相場さんに文句を言いながら男子の視線は私に集まった。
ふう……
「え―っと… まず私と詩乃の関係だけど、小さい頃から家族として暮らしてきたから姉弟みたいなもん。それから彼氏とかタイプとかは… 正直、考えたことないかな…」
答えると一瞬の沈黙の後、歓声が上がった。
「じゃあ俺も見込みあるってことジャン!?」
「いや俺だって!!」
「とりあえずメアド交換しようよ!」
「俺もッ!!」
目の前に数台の携帯が突き出される。
ええっ… そう言われてもな……
「ごめんなさい!そういうのまだちょっと…」
私が頭を下げると詩乃の笑い声が聞こえた。
「ハハハッ!残念だったなオマエら。まあそういうことだからよ」
言いながら男子の間を割って出てきた。
「ほらほら、さっさと席に戻れって」
詩乃が手を払うようにすると、みんなぶちぶち言いながら戻っていった。
「ありがとう相場さん、間に入ってくれて。私、最初びっくりしちゃって」
「ううん。それより私は相場美羽っていうの!よろしくね!高原さん」
「うん!よろしく!マリアでいいよ!」
「そう?じゃあ私は美羽で!よろいくマリア!」
「こちらこそ!美羽!」
そう言って互いに微笑んだ。
私に2人目の友達ができた!!
なんだろう?この感覚?
ワクワクしてきて嬉しくて仕方ない。
純の方を見ると何人かのクラスメートに囲まれて和気あいあいとしていた。
うん!イイ感じじゃない!!
「まっ、あいつらもマリアの本性見たらビビるだろうな」
詩乃が笑いながら言った。
「えっ?どういうこと?」
美羽が私と詩乃を交互に見る。
「マリアって一見黙ってるとおしとやかに見えるだろう?でも一旦怒るとそりゃあもう――」
「ちょっと!余計なこと言わないでくれる?」
とりあえず黙らせるか?
「ほら!もう眉が釣り上がってるぜ」
「えっ…」
慌てる私を見て詩乃がからかうように笑う。
「こんのやろ――!!」と、頭に来て詩乃の襟首をつかんだ。
あっ……
横には口に手をあてて驚いている美羽の姿が。
美羽ばかりか近くにいたクラスメートの何人かもビックリして見てる。
「アハハ… まあ、これはその… レクリエーションみたいなもんで」
笑ってごまかしてはみたけども、もはや手遅れ。
やっちゃった……
ここで誤解のなように言っておくけど…
私はその、いわゆる不良というかヤンキーではないんだよね。
単なる負けず嫌いというか、すぐカッとなるというか…
ようするに“直情型”っていう感じ?
まあ、“お上品・おしとやか”ではない。
神尾先生にもその辺、よく怒られるんだよな~
猫を被るってわけじゃないけども…
私ももう高校生だし。
ちょっとは自分を抑えないとね。
二限目が終わった休み時間になって美羽が友人数人と私の歓迎パーティーを開いてくれると言った。
「ほんとに!?」
「うん!まあ、パーティーっていってもファーストフードだけどね」
「美羽ありがとう!」
そうだ!どうせなら純も呼べないかな?
美羽に聞いてみると快くOKしてくれた。
「純――!」
純の側に行った。
「これから美羽が歓迎会してくれるんだけど一緒に来ない?」
「えっ?僕もいいんですか?マリアさんの歓迎会なのに」
「ノ―・プロブレム!みんなで楽しみましょう!」
「じゃあ遠慮なく!」
メンバーは私と純、美羽と仲の良い女子3人、それに詩乃が加わった。
「あれ?なんだあの車?」
男子生徒たちが窓の外を見て騒ぎ出した。
見ると派手なオープンカーが校門の前に停っている。
運転席にはこれまた派手系な女の人。
そして助手席には――
「あれ真壁郷じゃね?」
「そうだよ!真壁郷だ!」
男子生徒が言うと聞きつけた女子生徒たちも窓際に集まった。
助手席から降りた郷は運転席の女の人に軽く手を振ると欠伸をしながら校庭を歩いてきた。
車は大きな音を出して走り去っていった。
「あれって・・・ やっぱあれなのかな?」
「えっ?」
私の隣にいた美羽が言う。
「ほら・・・ そういう関係かなって」
恥ずかしそうだけど興味があるっていった感じ。
「さあ?知らない」
「どうしたの?マリア」
「えっ」
「なんか怒ってない?」
「えっ!?全然」
自分でもちょっと頭にきたのは事実だった。
ただ、それをなぜか言えなかった。
それにしても……
こんな時間に堂々と遅刻してくるなんてどういう神経だろ?
っていうかこんな時間に学校に来てなにする気?


放課後になってみんなで話しながら歩いて行く。
校門までの道は両側に桜並木が植えてあって、満開になったときはさぞ綺麗なんだろうなって思った。
「なあ?瑞希も呼んだ方がよくないか?後で知ったら絶対怒るぜ」
「そうだね。でも瑞希にも友達とかいるだろうし来れるかな?」
「一応呼んでみるわ」
そう言って詩乃が瑞希にメールした。
「あっ…」
「どうした?」
校門の方から下校する生徒の波に逆らって背の高い生徒がこっちに歩いてくる。
みんなが道を開ける中、悠然と歩いてくるその生徒は……
真壁郷だ――!!
詩乃の顔付きが変わった。
美羽も女子3人も表情に緊張が走ったようになってる。
対照的に純はきょとんとしている。
「よう!マリア」
郷が片手を上げて歩きながら私に声をかけた。
「えっ!マリア、郷先輩のこと知ってるの?」
「まあ… 知ってるというかなんというか…」
そっか。
郷は私の先輩になるんだ。
「先輩とかよせって。あいつは同じ敷地にいるだけの“川向うの奴”だぜ」
詩乃が言うと美羽が口の前に人差し指を立てて黙るようにゼスチャーした。
そんな間に郷は私たちの目の前に来た。
「どうだよ?転校初日の感想は?」
まるで周りには自分と私しかいないような物言い。
「別に」
「なんだよ?楽しくなかったか?」
「こうして友達もできたし最高の気分!ただ、あなたに関係ないでしょってこと」
「マリア!!」
私が腕を組んで答えると美羽が慌てた。
「私たちにかまってないでさっきの車に迎えに来てもらえば?」
私が言うと郷は鼻で笑った。
「妬いてるのか?かわいいヤツ」
「誰が!?それより教えてよ!」
「なにを?」
「あなた言ったじゃない。なんで私のことを知ってるのか、今度会ったら話すって」
「えっ?そうだったか?」
すっとぼけた口調で言う。
「言ったわよ!」
「じゃあ教えてやるからこれから付き合えよ」
「私達、これから用事があるの。だからここで言ってよ」
郷が私の顔をじっと見た。
薄紫色の瞳が射抜くように私を見つめる。
一瞬気圧されたとき、詩乃が私の前に来た。
「おい。臭えから帰れよ」
「は?」
「川向うの奴らがいると臭くてたまんねーから帰れって言ってるんだよ」
「ちょっと!詩乃!」
それはいくらなんでも言葉がすぎるでしょう!?
そう言おうとしたときに郷が笑った。
「ッ――ハッハハハッ!!」
私もみんなも、詩乃も唖然としている。
てっきり怒るかと思ってたのに……
「俺が臭いって?オマエ、自分が腐すぎて鼻がおかしくなったんじゃねえか?クッハハハ…」
笑いながら言う郷。
「なんだと?」
詩乃が眉を吊り上げる。
「上辺だけ小綺麗にしてやがるが中身はドロドロのヘドロみてえに腐ってやがる」
「何言ってるんだてめえ?」
「なるほど!だから少しでも臭わねえようにしてるわけか」
郷が見下ろすように言った。
詩乃の目付きが変わる。
「詩乃!!ダメッ!!」
私が叫ぶより早く、詩乃は嘲笑うような郷の顔目掛けて拳をくりだした。
バシッと掌で受け止める郷。
口元には笑みを浮かべて余裕すら感じる。
「てめえ…!!」
「なかなかいいパンチだな。でも力みすぎだ」
と言って詩乃の膝の辺りをつま先で軽く蹴った。
いや、触った!?
とにかく、傍目からでは触れるようにしか見えないのに詩乃の膝がカクンと折れた。
膝をついた詩乃は信じられないといった顔で郷を見上げている。
「詩乃ッ!!」
思わず駆け寄る私の腕を郷がつかんだ。
反射的に私は郷の頬を叩いた。
「ああっ!!」
美羽達から悲鳴に近い声が上がる。
「バカッ!!最低ッ!!」
私は郷を睨みつけて叫んだ。
郷は私に叩かれた頬を押さえて驚いている。
「おい?見てたろ?先に手を出したのはお友達だぜ」
両手を広げて郷が不満そうに言う。
「だからって倒す必要ないでしょう!」
いつの間にか周りには人だかりができていた。
私を見る郷。
郷を見る私。
自分の胸の中に言い表しようのない感情が湧きあがってきた。
「あなたって噂どおりの人なんだね」
それだけ言うと涙がはらはらと流れてきた。
なんでだろう?
どうして泣くんだろう?

「困るな。ウチの学校内での暴力沙汰は」
まるで透き通るような声がその場に流れた。
全員が声の主を見る。
郷だけが1人を「チッ!」と舌打ちした。
人垣の間から背の高い男子が歩いてくる。
不思議な感覚がした。
まるでその人の周りには陽の光が降り注ぐような……
透き通るような肌は女性のように綺麗で、整った顔立ちにブラウンの瞳。
曲のついた長めの金髪…
金髪!?
この人も不良!?じゃあ郷の仲間!!
でも制服をきちんと着こなしてるし……
「白神先輩……」
美羽がうっとりするように言った。
この人が今朝、瑞希から聞いた白神先輩!?
詩乃がパンツについた汚れを叩きながら立ち上がる。
「久間君。ケンカはだめでしょう?校則にもあるように暴力行為は最悪退学だよ?」
「すんません…」
詩乃が横を向いて謝る。
そして私の顔をブラウンの瞳で見つめた。
胸ポケットから白いハンカチを取り出す。
なんてことない普通の仕草がとても優雅に見えて私は呆然とした。
「可憐な花びらに朝露は似合うが悲しみ色の露は相応しくないね」
そう言って微笑むと目の前にハンカチを差し出した。
「す、すみません」
私は慌てて受け取ると頬を伝っていた涙を拭きとる。
「大丈夫かな?高原マリア君」
「あっ… あの、どうして私の名前を?」
「生徒会にはなんでも情報が入ってくるんだよ」
そんなもんなの?
思わず首をかしげる。
そんな私から視線を外すと白神先輩は郷の方を向いた。
「ウチの生徒がなにか?真壁郷君」
柔らかい口調で聞く。
「別に。なんでもね―よ」
郷はそう言うとポケットに手を突っ込んで旧校舎の方へ歩いて行った。
「あっ…」
私は思わず声をかけようとしたけど言葉が出てこなかった。
「どうしたの?」
白神先輩が微笑みながら聞いてきた。
「い、いえ… その、白神先輩、ありがとうございました!!」
この場を収めてくれた白神先輩にお礼を言った。
「聖也でいいよ」
「えっ??」
「君には堅苦しく呼ばれたくないな。僕はフレンドリーなのが好きなんで」
「は、はい…」
なんか素敵だけど変わってるな……
それに――
「それからこれは地毛だから」
と、金髪頭を指さして言った。
私が感じたのはそういうことじゃなくって……
「あまり関わらない方がいいよ。真壁郷とはね」
私の思考を遮るように白神先輩が言った。
「彼はただの不良じゃない」
「ど、どういうことですか?」
私が聞くと白神先輩は間お置いてから
「真壁郷。彼は中学の時から数えきれない人を殺してる」
「ええっ!?」
その場にいた全員が声を上げた。
人を殺してる!?
どういうことなの!?
「暴力に魅入られた男でね… 中学の時から海外の傭兵に加わってあらゆる激戦地を素手で渡り歩いてきた」
えっ?
何言ってるの??
「あるときは敵であるゲリラの軍事施設を一人で全て破壊してきたという話しだよ」
真剣な顔をして語る白神先輩。
「それ、話し作ってないですか?」
詩乃が言うとニッコリ笑って言った。
「ああ。これは僕がこれから流そうと思っているウソだからね」
全員沈黙……
瑞希の話しだとかなりの秀才らしいけど……
頭良い人って変わってるのかな?
「白神先輩!ありがとうございました!!」
私を押しのけるように美羽と3人がお礼を言いながら白神先輩を囲む。
「気にしないで。生徒を守るのは生徒会、生徒会長の義務だから」
みんなに微笑んでから私に視線を向けた。
「それからマリア」
「は、はい」
白神先輩は近付くと周りには聞こえないようにそっと言った。
「僕は君が入学してくるのをずっと待っていた。正確に言うと君と出逢うことをね」
郷と同じ台詞……
「じゃあね。マリア」
一言いって白神先輩は私達の校舎の方へ歩いて行った。
「えっ!ちょ、ちょっと!」
「すごいじゃん!マリア、いきなり白神先輩とも親しくなって!」
「そ、そうかな」
それよりもさっきの台詞が気になる。
「そうよ!女子の半分はあの方に憧れてると言っても過言じゃないんだから」
「いつ見ても素敵……」
「でもちょっと変わってない?」
「そこがいいんじゃない!?俗っぽくなくて」
美羽達が口々に言う。
確かに素敵な人ではあるなって思った。
ちょっと変わってるとこも面白いかも!
でもあの人……
なんか郷に似てるんだよな……
似てるっていうか同じような何かを感じる。
しかも同じこと言ったし……
「さっ!邪魔が入ったけど行こうぜ歓迎会に」
詩乃が手を叩いて行った。
「そうだね!みんな行こう!」
美羽もみんなに言って歩き出した。
「純、ごめんね。なんかケチがついて」
「いえ、それより大丈夫でした?」
「うん!私は平気!」
「なら良かった」
純が笑顔で言う。
私も笑顔で返した。
校門を出る時に校舎の方を振り返った。
「マリア、どうした?」
「ううん、なんでもないの。行こう!」
立ち止まった私は詩乃に呼ばれてみんなと一緒に歩き出した。
白神先輩……
やっぱ気のせいだよね。
あんな人望ある人が郷と同じとか有り得ない!
とりあえずあいつ――
郷は最低だ!!
そう思った時、なんだか胸のすみがキュッとした。








































































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