孤独な友人

文字数 4,115文字

転入生の私は下駄箱で詩乃と別れると職員室に行った。
教室がある建物と職員室がある建物は別になっていて渡り廊下でつながっていた。
「失礼します」
ドアの近くに座っていた女の先生が私を見た。
「おはようございます」
「どうしたの?」
「今日から転入してきた高原マリアといいます。登校したら職員室に来るように言われました」
「ああ!そう!じゃあ一緒にいらっしゃい」
先生はそう言うと席を立って歩き出した。
先生達の机の間をお辞儀しながら歩いて行った。
奥にある窓際の机の前で立ち止まる。
そこには窓の外を眺めている男の先生が立っていた。
「教頭先生。今日から転入してきた高原マリアさんです」
声をかけられて振り向く。
ベージュのスーツに小紋柄のネクタイをした40代半ばといった感じの教頭先生が目をパチクリさせた。
「おお、君が」
大きな目を瞬きした後に笑顔になった。
「高原マリア君ね。聞いてるよ。私は教頭の村松です」
「はい!高原です!よろしくお願いします」
姿勢を正して挨拶をすると教頭先生は満足そうに表情を崩してうなずいた。
「じゃあ早速だけど校長先生に挨拶しようか」
「はい!」
私が返事をすると教頭先生は私を連れてきた先生に小声で話すと向き直った。
「さあ、校長室に行きましょう」
そう言って職員室の一番奥まったところに連れて行った。
そこには「校長室」と表札の付いたドア。
「今日はね、君の他にもう1人転入生がいるんだよ。少し先に校長先生と面談してるところだ」
「そうなんですか?」
自分の他にも転入生がいるなんて奇遇だと思った。
そして妙に嬉しい気持ちがある。
小さく息を吸うと胸を反らして教頭先生がノックした。
「村松です」
キリッとした声で呼びかける。
しかし返事がない。
首をかしげる教頭先生。
するとドアがガチャッと開いた。
ドアの隙間に白髪まじりの頭をオールバックにした、50代くらいの比較的大柄な男の人が立っていた。
高そうな茶色のスリーピーススーツにネクタイ。
この人が校長先生か…
校長先生はチラッと私を見ると口を開いた。
「君は… 高原マリア君?」
「は、はい!」
「うん。じゃあ高原君だけ入って。村松教頭、ご苦労様でした」
そう短く言うとまたドアを閉めた。
困惑したように顔を見合わせる私と教頭先生。
教頭先生は首をかしげると私に部屋へ入るよう促して自分の席にもどっていった。
奇妙な感じを受けながらも入らないわけにはいかない。
スウッと息を吸い込むと、さっきの教頭先生に倣って私も胸を反らしてドアノブをにぎった。
「失礼します」
ドアを開けて深く礼をする。
「うん。入って」
「はい」
私は一歩進むと後ろ手にドアを閉めた。
質の良い調度品が置かれた落ち着いた雰囲気の部屋。
部屋の隅には国旗と校旗が飾られている。
真ん中には応接用の黒い革貼りソファーがテーブルをはさんで四つ。
一番奥に窓を背にした校長先生の机があった。
ソファーと同じように黒い革貼りのイスが背を向けている。
机の上にはノートパソコン。
……
…?
あれ?
私の先に来て面談している転入生はどこにいるんだろう?
「高原君。そこに座って」
「はい…」
校長先生は姿勢を正したまま私にソファーをすすめた。
緊張したまま座る私。
「幸いにも今日は理事長がいらっしゃるので紹介しよう」
えっ?理事長??
「理事長。高原君です」
校長先生はこちらに背を向けたイスに向かって声をかけた。
するとイスの背から人の後ろ頭が生えたように現れた。
そしてイスがくるっとこちらを向く。
「ようこそ高原マリアさん。僕の学園へ」
「ええっ!?」
これが理事長!?
だってこの人……
私と同じ制服着てるし歳も変わらないじゃん!?
これって何かの冗談?
それともこういうノリの学校なのかな?
「あのう… これって?」
「そちらが当学園の理事長になります」
校長先生は真剣そのものの表情で言う。
いくらなんでもそれはないだろう?
窓の外から聞こえてくる鳥の声がなんだか妙に間抜けな雰囲気を作りだしていた。
「僕も先週、留学先から戻ってきたんです。今日から自分の学校に通うわけだけど、そうしたら有名な高原教授の娘さんが転校してくるっていうじゃないですか?ちょっとお会いしたいと思いましてね」
理事長と紹介された男子は人懐っこい笑顔を向けて言った。
少し色の抜けた茶色い髪は地毛なのか染めているのかパッと見ただけではわからない。
私を見る大きな瞳は陽気な悪戯っ気を湛えていた。
そしてどこか全体的に幼さが残る雰囲気。
うん……
これは性質の悪い冗談だな!
私がそう結論付けたとき――
「校長先生、すみません。あとは高原さんと2人にしてください」
「はい」
校長先生は返事をすると理事長?に深々と一礼して部屋から出て行った。
これって冗談とかじゃなくてほんとのことなの?
私は校長先生が後ろ手にドアを閉めるまでを呆然と見ていた。
そして校長室には私と、この理事長という男子が残った。
「あの… ほんとうなの?理事長って」
「一応は」
目の前の男子はニッコリ笑って答えた。
「僕の父がもともとの理事長だったんですけどね。亡くなったんですよ。先月に飛行機事故でね」
「そう… それであなたが跡を継いだってわけ?」
「ええ。まあ実際の経営は後見人の叔父が執り仕切ってる理事会で決定しますから僕は単なる頭数の埋め合わせにすぎません」
イスに深く座ったまま肩をすくめて言った。
そして眼を伏せると立ちあがって窓の外を見ながら続けた。
「僕は父の経営よりも教育理念の方を継ぎたいと思ったんですよ」
「教育理念…?」
「信条っていうのかな?父は誰にでもチャンスがあり、それを活かせる学習環境を提供したいと言っていました」
私は黙って彼の背中を見ながら聞いていた。
「例えば、レベルの高い教育を受けさせて将来の選択肢を増やすことのできるチャンス、例えば道を踏み外しても更生して教育を受けることのできるチャンス」
「だから経営難の姉妹校を合併して生徒を引き取ったの?」
私が問いかけると窓を背にしてこちらを向いた。
「ええ。もちろん理想と現実は違いますから現状は上手くいっていません」
自嘲気味に笑うと応接セットの方へ歩いてきた。
そして私の向かいに座る。
「実際、理事会にも利益を優先して姉妹校の生徒を切るべしという意見もあるんです。でも僕も叔父も父の理念を尊重しているので手探りでも今の方針を続けて行くつもりです」
「すごい…」
「えっ?」
「私と同じ歳なのにそんな立派なこと考えてるなんて」
私は目の前の男子の顔をじっと見つめながら言った。
父親を亡くして間もないというのに、悲しみを感じさせるどころか亡父の意思を継ごうという力強い信念を持っている。
「そんなこと… 僕はたまたま他人よりも恵まれた環境に産まれ育った。そういう人間が相応の責務を負うのは当然ですし義務だとも思っています」
微笑んで言う。
その笑顔は他人を優しく包み込む、春の陽射しのような柔かさがあった。
「このことは、現場というか学校では校長と僕、高原さんしか知らないことだから秘密にしていてくださいね」
「えっ!そ、そうなの!?」
「はい」
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてうなずく。
「でもなんで私に?そんな秘密にするようなことを…」
「ごめんなさい。仲間が欲しかった」
「仲間?」
「秘密を共有する仲間」
クスッと笑うと続けた。
「偉そうなことをさっきから言ってましたけど僕も16歳の高校1年に変わりない。ただ13歳からの留学先は大学だったもので周囲は年上の人間しかいなかった。それも競争相手のね」
「大学って… 中学でもう向こうの大学に通ってたの!?」
「ええ」
事も無げに笑って答える。
それにしても中学生で大学生と一緒だなんて……
こりゃあ相当な天才だわ……
「だから正直に言うと不安なんですよ… 同じ年齢のクラスメートに打ち解けることができるのか?そうしたら同じ日に転校生がいるという。迷惑かもしれないけど勝手に選ばせてもらったんです」
ソファーの背もたれに身体をあずけながら話すその顔にはどこか寂しさがあった。
もしかしたら彼は友達というか、そういう心を許して付き合えるような人間があまりいなかったんじゃないだろうか?
競争相手はいても……
「父は大変厳しい人でした。僕には友達と遊んだという記憶がないんですよ」
裏付けるような告白。
私の視線に気がついたのか、彼は照れるように笑うと
「嫌だなあ… 同情してます?」
おどけるように言った。
「あなた名前は?」
「あ、ああっ!失礼!僕は片桐っていいます。片桐純」
「オッケー!純。あなた友達は?」
「いませんよ… 今まで遊ぶ暇もなかった」
もしかしたら、柔らかい笑顔も人懐っこい雰囲気も……
全部は自分の奥にある寂しさを隠すためなのかもしれない。
「じゃあ私があなたの最初の友達!いい?」
「あ、ああ… もちろん!もちろん喜んで!!」
私は立ち上がって右手を差し出した。
差しだした私の手を見て純も立ち上がる。
純の右手が私の右手をにぎった。
「私、友達の秘密は絶対明かさない主義だから」
「はい」
純は満面の笑みを浮かべて私の手を強く握った。
「じゃあマリアさん、一緒に担任の先生のところに行きましょう」
「うん!」
「ちなみに僕と同じクラスですから」
「そうなんだ!楽しみ!」
コンコン…
ドアがノックされると校長先生が「失礼します」と言いながら入ってきた。
「理事長。そろそろお時間です」
「はい。じゃあ校長先生、これから3年間よろしくお願いします」
校長先生は深く頭を下げえると気を取り直すように咳払いして「では片桐君、高原君、2人を担任の先生に紹介するから一緒に来なさい」と、生徒に対する口調でしゃべった。
純と私は返事をすると校長先生の後に続いて部屋を出た。






































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