主(神)という存在

文字数 6,528文字

「マリア、端的に言おう。僕たちは人間じゃない。天使と悪魔なんだ。僕は大天使ミカエル。こちらの真壁郷君は悪魔王ルシファー。ビックリしただろう?」
天使…?悪魔…?
大天使ミカエル?悪魔王ルシファー?
白神先輩の言葉を聞いていて郷はなにも言わない。
ああ……
なんてことだろう……
この人は、白神先輩と言う人は……
「可哀想な人」だったんだ!!
「そして君が次の新しい“主”になるんだ。君たち人間が“神”と呼んでいる存在にね」
こういう場合はどうしたらいいんだろう?
いきなり否定したら暴れたりするのだろうか?
とにかく刺激しないようにしよう。
「あのう……新しい神様ってことは前のっていうか、今までの神様はどうなっちゃうんですか?」
とりあえず話を合わせることにした。
「主は衰退し、やがて終焉を迎える」
「そうすると私たちにはどういう影響があるんでしょうか?」
「最早、この宇宙には新しい生命は産まれなくなる。やがては全ての命が果てて死の宇宙となる」
「で、新しい神様の私はなにをするの?」
「新しい宇宙を創造するのさ!今よりもより完全なる調和に満たされた新世界を!」
両手をひろげて恍惚とした表情で語る白神先輩。
この人はやばい……
逃げよう。
「ハハハ…… 素敵なお話ですね!私なんかじゃとっても考え付かないですよ。それじゃあ」
愛想良く笑ってお辞儀するとくるっと背を向けて歩きだした。
どっか変わった人だと思ったけどやっぱ変わってたわ……
「待てよ」
退散しようとする私の背中に郷の声が飛んだ。
「あ~ 私、用事を思い出しちゃって」
振り向かずに答える。
「こっちを見てみな」
どうしよう…
よし!見たらダッシュで逃げよう!!
そう決めて振向いた。
「ああっ!!」
目を疑った。
そこには郷の横で空中にふわふわと浮いて頬杖をついている白神先輩の姿があった。
「な、なにこれ!!なんなの!?どうやってるの!?」
「少しは信じる気になったかい?」
白神先輩はニコッとすると身体を起こして、今度は脚を組んでイスに座るような格好をした。
なにもない空間に本当に見えないイスがあるように。
「これってどんなトリック…… テレビで観たのよりだいぶ凄いけど…… もしかしてマジシャン志望とか…?」
言いながら近寄って足下やらを手で払ってみる。
なにかに吊るされてるとかそういうトリックではなさそう……
「ハハハッ、トリックじゃないさ。さっきも言ったように僕らは人間じゃない」
「ううん。それは信じない。だってテレビでもこんな感じのマジックあるし」
私が言うと郷がため息をついた。
「どうせ見せるならこれくらいやらねえと信じねえよ」
えっ……?
なにをする気なの!?
郷は近付くといきなり私を抱き寄せた。
「ちょっと!!なにするの!?」
郷がサッと手を上げる。
「キャアッ!!」
瞬間、もの凄いスピードで上昇した。
あっという間に学校が小さくなる。
「なにこれ!?いったいなにしてるのよ!?」
「見ればわかるだろう?飛んでるんだよ」
確かに飛んでいる。
周りは空ばかりで地上はどんどん遠くなる。
「降ろして!止めて!落ちるよ!!」
「落ちねえよ。ほら」
郷が私の体から手をはなした。
「キャアアア――ッ!!!」
落ちる!!
と思って悲鳴を上げたけども私の体は宙に浮いている。
目の前の郷も同じ。
「どういうこと……?」
「俺の魔力で重力を遮断してる。だから俺の周りだけ無重力なのさ」
無重力……
言われてみればあれだけのスピードで上昇したのに風も何も感じなかった。
まるでエレベーターの中にいるみたいに。
「とっておきを見せてやるぜ。サービスだ」
「えっ」
郷はニヤッとするとさらにスピードを上げて上昇した。
あっという間に私たちは地球の外に来た。
「見ろ。あれがおまえらが住んでる地球だ」
「あれが……」
真っ暗な空間の中に青く輝く地球。
大気の層に覆われてとても幻想的に見える。
これが現実なんだろうか?
強く頬を叩いてみた。
しかし目の前の光景は変わらない。
「夢じゃねえよ」
郷に言われて辺りを見回す。

宇宙は――
闇だった。
どこまで見ても漆黒の空間が果てしなく広がっている。
星星の輝きも空を見上げてみるのとでは全く違っていた。
小さくか細い。
ここはほんとうに宇宙ってことか……
ってことは酸素は!?
「ねえ!酸素!酸素は!?」
慌てふためく私に郷が言った。
「ここの中は酸素で満たされてるから心配するな。俺の魔力で結界を作ってるからな」
なるほど……
そう言われたら「そうですか」と納得するしかない。
「これで信じる気になっただろう?」
「白神先輩…」
いつの間にか私たちの横に白神先輩がいた。
「あれを見てごらん」
白神先輩が遠くの空間を指さす。
すると目の前の空間が池に小石を投げ込んだときのように波紋が広がり中央に忽然と眩しいくらいの白色の輝きが現れた。
それはまさしく「光」だった。
すごい……
私はこんな光は見たことがない……
太陽よりも遥かに輝く光。
その光を見ていて相反する感情を抱いた。
一つは恐ろしさ。
もう一つは温かさだった。
「あれが僕らの主。この宇宙を造った存在だよ。僕はあそこから来た」
「あれが……神様…」
「君たちの言葉で言うとそうなるかな」
白神先輩の言葉を聞いていた郷が「ふん」と鼻を鳴らした。
「本来はここからでは遠すぎて主のお姿は見えない。今は空間を歪曲して擬似的に見えるようにしてるだけなんだ」
空間を歪曲…?
「じゃあ、もうちょい魔王ルシファー様の力を見せてやるよ!」
言うや否や郷は猛烈な勢いで私を伴って飛び出した。
「やれやれ」
白神先輩もそれに続く。
星星の明かりが幾条もの線になって通過する。
「ねえ!?どこまで行くの!?」
「いいもの見せてやるよ」
郷は更にスピードを上げると目の前が真っ白になった。
遥か遠くに黒い穴が見える。
私たちはそこへ一直線に向かって行った。
「空間を連結させて跳躍するぞ!!」
「ええっ!!」
郷の言葉を受けて私が声を発したときには黒い穴に突入していた。
黒い穴を抜けるとさっきと変わらない真っ暗な宇宙だった。
「あれを見ろよ」
郷が指さす方を見ると光が渦巻いているようなものが見えた。
外の方は弱く、中心に向かっていくにしたがって光の量が増えて輝いている。
「あれは……?」
「あれが君たちが住む地球(エデン)がある銀河系だよ」
白神先輩が言った。
「銀河……」
言葉がなかった。
目の前に広がっているのはとても信じがたい光景だけど私はその神秘的な光景に魅入っていた。
宇宙は静かで、ひたすらに静寂が支配していた。
「この銀河も偉大なる主が創造されたんだよ」
白神先輩が私の横で銀河を見つめながら言う。
「神様…… その、主の力っていうのはどういうものなの?」
「無限の創造力と破壊、そして無限の吸収力」
「創造力… 破壊…吸収…」
白神先輩の言葉を私はうわ言のように反芻した。
「無から有をイマジネーション(想像)で産みだす力は僕らにはないものだ。そして、その力こそこの宇宙で唯一、主だけが行使できる」
「私にもそれが……」
私が神様なんて、そういう存在になるなんてとても信じられない。
どこからどう見ても私は人間だ……
「神様にも寿命があるの……?」
「ああ。そのために新しい主が必要になる」
「どうして?」
「そうやって僕らが造られる遥か昔から繰り返されてきたんだ。主は完全を望んでおられる。そして宇宙にも完全な調和を求められている」
「今の神様は、宇宙は完全ではないっていうこと…?」
「そうなるね。だが今までの主と誕生した宇宙の中では最も完全に近い」
白神先輩の話しを要約するとこの宇宙を造った神様、彼らが言う「主」は不完全な存在であり、この宇宙もまた不完全な世界ということになる。
そして完全なる世界を創造するために、より完全な新しい「主」が誕生する。
どう考えても私なんかが務まるわけがない。
というか、できない。
「そろそろ戻るか」
「うん……」
私がうなずくと郷は来たときと同じように地球に向かって戻って行った。

私は銀河を見た。
銀河は大きく、宇宙はさらに大きい……

再び戻ってきたのは学校の屋上だった。
時間を見ると一時間も経っていない。
「どうだい?これで疑う余地はないだろう?」
「う~ん・・・・・・」
「なんだよ?なにが不満なんだよ?」
腕を組んで考え込む私に郷がたずねた。
「天使と悪魔なのにどうして人間のままなの?翼もないし尻尾も角もない」
「そこ気にするとこかよ!?」
郷が呆れたように手を広げて言う。
「僕たちは地球(エデン)で活動するために人間の体を使っている。そのほうが何事もスムーズだしね。もし僕らが本来の姿を見せてしまったら大変なことになる」
「まあ・・・言われてみれば」
たしかに天使と悪魔が現れたらかなりの騒動になると思う。
「それに一度本来の姿に戻ったらもう人間体には戻れない」
「そうなんですか?」
「ああ。ここにいる間は人間として生活しなければならない。これが今回の勝負の取り決めなんだ」
「勝負?」
すると郷が会話に割って入った。
「つまりだ!俺様とこいつでおまえを奪い合うんだ。おまえが悪魔か天使、どちらの属性に染まっているかで決まる」
「属性に染まるって・・・?」
「人間の感覚で言うと“身も心も捧げて一緒になる”ってことかな」
白神先輩が私の左手を手にとって言った。
「マリア、俺たち悪魔の主になれ。新しい悪魔の宇宙を創るんだ」
「いや、ちょっと待ってって・・・」
郷も私の右手を手に取る。
「おまえは俺のものだ。決定権は俺にある」
「僕は君と結ばれるために地球(エデン)に来た。導くためにね」
「・・・なんで?私、神様なんかならないから」
私の手をとっていた二人は「?」という顔をした。
「宇宙を創るとか興味ないし、私は人間だから」
呆気にとられて力が抜けている二人の手から私はそっと自分の手を抜いた。
「おいおい、気は確かかよ!?なんでもできるんだぞ!すべてを思うがままに創造できるんだぞ!?全てのものがおまえにひれ伏する!!」
「君はこの宇宙で最も完全で絶対の存在になれるのに!?」
「それって大事なこと?」
二人は顔を見合わせた。
「あなたたちの言ってることは正直、半分も理解してないかも・・・ それに自分が神様とか実感ないし」
「それはまだ目覚めていないからだ。君の中の主の因子が」
「それが目覚めるとどうなるの?どうしたら目覚めるの?」
二人は黙った。
私は二人の顔を交互に見る。
白神先輩が咳払いをして話しだした。
「どうしたら目覚めるのかは僕にもわからない。その時が来れば自然となるのか?なにかのトリガーが必要なのか?」
そんな無責任すぎる・・・・・・
「ふん。細かいことなんか一々考えてもしょうがねえよ。ようするにトリガーは俺だ!俺様のものになればいやでもわかる」と、郷が私を抱こうとした。
「また!さっき約束したでしょ!友達だし変なことしないって!」
ピタッと止まる郷。
「そ、そうだったっけ?」
「そうよ」
その様子を見ていて白神先輩がクククと笑った。
「どうやら無理強いは逆効果みたいだね。でも諦めるわけにはいかない。僕はそのためにここに来たのだから」
「ごめんなさい・・・」
私は二人に頭を下げてから自分の正直な気持ちを話した。
「私は人間として生きていたい。友達だって出来たし、パパや詩乃、瑞希、上尾先生といった家族もいるしいっぱいしたいことあるの」
二人は私の顔を見て黙って聞いていた。
「それに普通の人間として恋愛だってしたいし」
そこまで言うと白神先輩は苦笑いしながら頭を振った。
郷は天を仰ぎ見るとため息をついた。
「それから・・・」
「なんだよ?」
「二人はあんな凄いことできるんだから天使と悪魔なのかもしれない」
「いや、しれないじゃなくってそうなんだ」
「でも、私から見たら白神先輩はやっぱり白神先輩だし、郷はやっぱり郷なの」
不思議とこの二人を怖いとは思わなかった。
それは私に好意的だからということなのかもしれない。
それでも私の中には二人を「人間以外の何か」として恐れる気持ちはなかった。
「失礼します」
お辞儀をして言うと私は二人を残して屋上を後にした。
階段を降りようとした時に腕をつかまれた。
「マリア!」
「な、なに?」
ビックリして振り向くと腕をつかんだのは郷だった。
「家まで送ってくよ。ダチとしてな」
「ダチ・・・?」
「さっき言っただろ。友達だって。だから友達として家まで送るって言ってるんだよ」
それを聞いて私は肩を揺すって笑ってしまった。
「な、なんだよ?」
「ううん、ごめんなさい。だって不思議な気分なんだもの」
「なにが?」
「だって、天使と悪魔の友達だなんて」
それを聞いて郷は短く笑った。
「いいんじゃねえか?そういうのも変わってて」
「そうだね!」
旧校舎の階段を郷と一緒に降りる私は、行き以上に注目の的だった。
裏庭に行くとバイクがずらっと並んでる。
その周りに座り込んでいた不良達が郷の姿を見て一斉に立ち上がった。
「真壁さん!コンチャ―ッス!!」
全員が姿勢を正して挨拶する。
「わかったよ。うるせえからあっち行け」
郷が手をひらひらさせるとその場にいた全員が「失礼します!!」といって走り去った。
「こういうの苦手なんだよな」
郷が笑って言う。
そして促されるまま私は郷のバイクの後ろに乗った。
「しっかりつかまってろよ」
「うん」
郷の腰に回した手にギュッと力を込めた。
キーを回してエンジンをかけるともの凄い音!!
アクセルを吹かす郷。
あれ?
「ねえ?ヘルメットは?」
「はあ?なんだって?」
エンジンノイズのせいで声がかき消される。
「ヘルメットは!?」
大きな声で言った。
「そんなもんねえよ!!」
郷が答えた瞬間、バイクが飛び出した。
ちょっと待った!!私は降りる――!!と、言う間もなく……
私は風に髪をなびかせて、郷にしがみつくようにしていた。
みんなが私と郷を見ていた。
校則違反……
いや、道路交通法違反だ!!
やっぱり郷と友達になったのは失敗!?

風を切りながら走る郷の背中を見つめながら思った。
この人は悪魔の王だと言った。
その力を私は見たし体験した。
でも・・・・・・
こうしてると温かい。

家に帰ると一人、部屋で考えた。
私が神様ねえ・・・・・・
もし私じゃなかったらどういうリアクションなんだろう?
他の人はもの凄い力を持つことが嬉しいのかな?
詩乃や瑞希だったらどう思うだろう?
白神先輩の言った「唯一絶対の存在」。
スケールがでかすぎてなにも考えられない。
当然ながら実感もわかない。
ちょっと実験してみようかな?
白神先輩はイマジネーションから、想像して無から有を創りだす力が主の力と言っていた。
だったら・・・
適当な雑誌を持ってきてチェックしていたページを開く。
そこには今度の冬の最新ファッションが載っていた。
このコートなんて大人っぽくていいな!
よし!!
自分の頭の中でコートをリアルにイメージしてみる。
そして目の前の床にコートがあるように。
・・・・・・
・・・・・・
まったく反応なし。
当たり前だけど目の前にはコートも現れない。
はぁ~なにやってんだ私?
洋服一つ作れない神様なんてね・・・・・・
その日は遅い時間にお風呂に入った。
バスルームで服を脱いでから鏡に映る自分を見つめた。
人間だよね?
どこからどう見ても。

鏡の中の自分に問いかける。
もし――
私が彼らの言う主になったとしたら、私はどうなってしまうんだろう?
自分でいられる?
高原マリアのままで・・・・・・
そのときパパや神尾先生、詩乃、瑞希はどうなるの?













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