マリアたちの真実

文字数 10,507文字

藤代さんの家からの帰り、郷とリリと別れた後に私は考えていた。
私はいったい何者なんだろう?
郷と白神先輩は私が「主」になる人間だと言った。
すなわち神になると。
でもその前に――
「ねえ、パパに聞いてみましょう。いったい何を研究しているのか?」
「そうだな。瑞希には?」
「詩乃からそれとなく言ってくれる?」
「わかった」
家に着くと待っていたのは目を潤ませて私達の安否を気にしていた瑞希と、そんな瑞希を慰めていた神尾先生だった。
「遅かったじゃない!お姉ちゃん!」
「ごめん。藤代さんのところでいろいろ話してたから」
「瑞希から聞いたわ。怪我はなかった?」
神尾先生が心配そうに聞いてくる。
「うん。大丈夫!」
私は努めて明るく答えた。
「パパは?今日は何時に帰ってくるの?」
「しばらく泊まるとおっしゃってたわ」
「そう…」
「どうしたのマリア?なにかお父様に用事があるの?」
「うん。ちょっといろいろパパに聞きたいことがあるの」
神尾先生はなぜか表情を曇らせた。
でもすぐにニッコリと微笑むとパンパンと手を叩いた。
「さあ、お食事にしましょう。今日はなんだか心配しすぎてお腹がすいちゃったわ」
神尾先生は冗談めかして言うとキッチンの方へ行った。
その夜。
神尾先生が寝たのを確認してから詩乃と瑞希が私の部屋に来た。
「パパが帰ってこないなら私達で探しましょう」
「お姉ちゃん、何を探すの?」
瑞希が不安そうに聞く。
「パパが何を研究しているのか、なにか資料がないか探すのよ」
三人で薄暗い廊下を歩き、パパの部屋に行った。
ドアノブを回すと鍵はかかってなかった。
音を殺してドアを開ける。
詩乃が部屋の明かりを点けた。
「よし!さっさと探そうぜ」
部屋の中にはベッドと本棚、机があるだけだった。
瑞希と詩乃が本棚を調べる。
私は机の引き出しを片っ端から開け始めた。
引き出しの中には資料のようなものがある。
しかし私にもこれは何が書いてあるのかわからない。
一番上の引き出しを開けようとしたときに鍵がかかっていた。
「ここ、鍵がかかっているわ」
「任せろ」
詩乃がどこから持ってきたのかドライバーを手にしていた。
そして鍵穴に突き刺してねじり込むと引き出しが開いた。
そこには日記があった。
日記を開くと日付は大分古い。
写真がはさんであった。
そこには私とパパが写っていた。
正確に言うと若い頃のパパと私と瓜二つの女の人が微笑みながら写っている。
「これお姉ちゃんのママじゃないの?」
瑞希が言う。
「そっか…」
それにしても生き写しだ……
写真の裏には日付が書いてあった。
「1990年7月 真理亜誕生日」
もう一度写真を見ると写真のママは嬉しそうに左手をかざしている。
そこには綺麗な指輪があった。
これが私のママ……
詩乃がパラパラと日記をめくる。
「研究みたいなことは書いてないな…」
「私にも見せて」
「ほら」
詩乃が開いた日記を手渡した。
その日のことが数行書いてあるだけの日記だった。
研究については何も書かれていない。
さらにパラパラとめくった。
ページをめくる指が止まった。
そこに書いてある内容に目が釘付けになった。
「どうしたんだよ?」
「どうしたの?」
詩乃と瑞希が聞く。
自分の指がわなわなと震えてきたのがわかった。
「これ…見てみて」
ページを開いたまま日記を渡す。
そこにはこう書いてあった。
たった一行、「交通事故にて真理亜死亡。享年27歳 」
日記はそこで終わっている。
「日付を見てみて」
詩乃と瑞希は日記に目を落とすと真っ青な顔で私を見た。
ママが亡くなったのは1997年。
今は2018年。
そして私は現在16歳。
ママは私が産まれる何年も前に既に死んでいることになる。
「この人は私のママじゃない……誰なの!?」
でもパパは私のママを真理亜と言っていた。
どういうこと!?
「そのことには私が答えよう」
「パパ!!」
いつの間にかドアのところにはパパが神尾先生と二人で立っていた。
「どうして…」
「神尾君からマリアが私に聞きたいことがある。そして学校で起きた事件を聞いて仕事を中断して戻って来た」
「パパ!私は、私はいったい誰の子なの!?本当の私は誰なの!?」
もしかして!と、思い神尾先生を見た。
もしかしたら私の本当のお母さんは――
しかし神尾先生は辛そうに目を伏せて首を振るだけだった。
「みんな、リビングに来なさい」
パパはそう言うと神尾先生と一緒にリビングへ向かった。
私達はパパに従ってあとに続く。

テーブルに着いた私達に神尾先生が飲み物をいれてくれた。
そしてパパの横に座る。
私は混乱している自分を必死に落ち着かせようとした。
「まず…順を追って話そう」
パパはテーブルの上に置いた手を組むと語りだした。
「私と真理亜は大学時代に知りあった。私が准教授で彼女は助手をしていた。早くから天才的な閃きを持つ彼女に注目した私は共同研究を願い出た。ともに同じ時間を共有するうちに私達は愛し合うようになっていた」
「それが…今の研究と関係あるの?」
私が聞くとパパはうなずいた。
「私達の研究は全く新しい細胞を造りだすことだった。現在の細胞を進化させた新細胞……これにより移植可能な臓器はおろか、人間そのものを造りだすことも可能な、まさしく神の領域に踏み込んだものだった」
人間そのものを造りだす……人造人間という言葉が頭をよぎった。
「そんな技術今まで聞いたこともないぜ!」
詩乃が言うとパパは首を振った。
「世の中に出回ている技術はほとんどが15年前~20年前には発明されているものだ。一部の人間しか知らないオーバーテクノロジーは存在するのだよ……
最先端の科学というものは多くの人に理解されない。現実に世界の人間に認めさせるには人の意識を変えて受け入れさせなければいけない。クローン技術がいい例だ。ちっぽけな倫理観を優先させてその後の研究をストップさせている。自分たちが理解できないという理由だけで否定する!」
パパは興奮したようにテーブルを叩いた。
瑞希が怯えたようにビクッとなるのを見て「すまない」と侘びた。
「私達は同時に記憶をダウンロードする研究も行った」
「記憶?」
私が首を傾げる。
「脳神経における電気信号のデーターとして記憶をダウンロード、コピーすることに成功した。それを完成された人造人間にダウンロードする。肉体が老化したら新しい身体にダウンロードを繰り返すことによって人は死の恐怖から永遠に解放される」
「それは完成したの?」
「私達は二人で実験を試みた。そして互いの記憶をデーターとして抽出することに成功した」
「その後でママが亡くなった?」
「ああ」
返事をしたパパの顔に達観したようなものを感じた。
「真理亜を愛していた私は深い絶望にとらわれた…… しかし完成目前だった新細胞と残された真理亜の記憶データーが私に希望を持たせた。私はただ一つ、真理亜ともう一度出会うためだけに研究に没頭した」
私は恐ろしいことを予想した。
そしてそれはほぼ間違いないだろう。
「そんな時だった…… 大気の汚染濃度に極微量な数値が検出された。最初は緩やかだったが下降することはなく上昇を続ける数値に一部の学者達は注目した」
パパの話しは続く。
「計測した結果、このまま上昇すると20年後には全ての生物が地球の大気中では生きていけないことが判明した。この事実は一部の関係者だけの秘密となった」
「なんで!?どうして発表して世界を助けないの!?」
瑞希が聞くとパパは諭すように話した。
「一つはパニックになる。もう一つは全ての人間を助けるには数が多すぎるということだ。食料やエネルギー問題も人口を激減させれば解決する。ならば選ばれた優秀な人間だけが生き残ろうと」
「その環境破壊の影響があの黒い雨なの?」
私が尋ねるとパパは頷いた。
「パパは大勢の人を見殺しにすることに反対しなかったの?」
「全ての人類を救済したらまた同じ過ちを繰り返す。それが彼等が出した結論だ。彼等は私の研究に莫大な投資を行なうと約束した。私にとってはこのプロジェクトがなくては真理亜を生き返らせることはできない。彼らに異を唱えることはできなかった」
「お父様の研究はEDENプロジェクトの根幹になったわ。そしてプロジェクトの総責任者に抜擢されたの」
神尾先生が労わるようにパパを見ながら言った。
「まず私達が求める人造人間には新しい過酷な環境でも十分に生存できる必要があった。常人の数倍の筋力と内蔵機能、知能を併せ持つことによって新人類となり得る。選ばれた人間のみが永遠に繁栄する新世界を創造することがEDENプロジェクトなのだよ」
パパは私達を見ながら続ける。
「人造人間は様々な製造法が試された。人工の子宮で胎児として誕生することを基本として、最初は一年をかけて成人の身体まで育ててから子宮外に取りだした。しかしそのサンプルたちは身体機能の劣化が著しいという欠陥が見つかった」
パパは一旦、言葉を区切って天井を見上げてから続けた。
「次に考えたのは人工子宮内での身体機能育成を5歳から15歳までの段階を踏まえておよそ一年で育成する。もちろんそこに情操的なものや作り出した記憶を送り込む」
パパ達はさまざまな方法で人造人間を育成した。
造りだされた偽りの記憶を植え付けて一般社会で生活させるために。
「あの学校と私たちが住むこの街は人造人間の実験場なのだよ…… 生みだされた人造人間が人間として生活できるのか?他にも様々な場所で実験された。しかしそこで大きな問題に突き当たった……17歳病だ。あれは人造人間だけに起こる病気なのだよ」
「じゃあ普通の人にはなんの関係もないことなの!?」
パパは頷くと続けた。
「原因は不明だった。いろいろな方法が試されたし原因も考えられた。人工子宮内での育成時間の短縮か延長か… しかし結局は個体差でしかないということしか判明しない。無事な個体もあれば活動停止してしまう個体もあるというだけで根本的な対策は未だない」
「それじゃあ不完全なプロジェクトじゃない!」
瑞希が言う。
「私は自らが実験体となって最も完成された個体の一つにコピーした記憶をダウンロードした。誕生したもう一人の私はさらに脳細胞を活性化させてより完全な人造人間を造りだすことにした」
「それじゃあパパがもう一人いるってことかよ!?」
詩乃が驚いた。
「ああ。おまえたちのすぐ近くにいる。名前は片桐純…… もう一人の私だ」
「純がっ!?」
全員が驚いた。
あの純が人造人間……
しかも私のパパ……
私の頭の中で今まで接してきた純の顔が次々と思い出された。
「我々…… 私ともう一人の自分はより完全な人造人間を造り出すことを至上課題とした…… そして――」
パパは沈黙した。
その沈黙は一生忘れられない。
重苦しく、悲痛な沈黙だった。

「現在最も完全な人造人間がおまえたちなのだよ」
パパは苦しそうに声を絞るように私たちの
前で宣言した。
私達は人間ではないと。
造り出された人造の生命だと。
私達三人は言葉を失った。
でもここまで話を聞いていて、私は自分が何者なのか?どうして産まれてきたのか予想はついていた。
それでも万に一つの望みにすがっていた。
自分は「人間」なのだと。
「もう一人の私は更に完成度の高い個体に記憶を再ダウンロードするとマリアを観察するために同じ学校へ通った」
パパの話しを瑞希が震えながら上ずった声で遮った。
「それじゃあ私達は…… 見たこともない知らない人の記憶を入れるためだけに造られた“入れ物”なの?」
「ふざけんなよ!冗談じゃないぜ!そんな勝手がとおるかよ!?」
詩乃が抗議する。
「パパ。私はパパが造った人造人間なのね?そしてママにそっくりってことは残っているママの記憶を私にダウンロードするんでしょう?私はそのために、ママを生き返らせるために造られたんでしょう?」
パパは無言でうなずいた。
「記憶をダウンロードされたら私達はどうなるの?」
私が聞くとパパは眉間にしわを刻んで言った。
「おまえたちの記憶は消去される……」
それを聞いて瑞希が泣き出した。
詩乃は拳を握りしめて怒りに震えている。
私はパパを見つめながら聞いた。
「それはいつ?」
「それは…… ない……」
「えっ」
「私の中で変化が起きたんだ……私はおまえたちを実の子供と思って育てた。その時間は私にとって新鮮で幸福なものだった……
いつの間にか私の中ではあれほど愛していた真理亜に対する愛情よりもおまえたちに抱く親としての愛情の方が大きくなってしまったのだよ」
「パパ……」
「まず5歳の時点で一度人工子宮から取り出して5年間を実社会で生活させた。そして10歳になった時点で人工子宮に戻し、5年間のデーターを基に再調整するという二段階の研究を行なった」
それからパパは時期をずらして私達を再び人工子宮から取り出して今の学校へ入学させた。
一番遅くに出されたのは私だった。
留学の記憶は造られたものだったのだ……
その後も私達に語り聞かせるようにパパは続けた。

「もう一人の私はそれだけで満足はしなかった。彼の中でEDENプロジェクトというものは二の次になってしまった。より完全な生命体を造りだし、自分と真理亜が完全な存在として新世界に生きる……その妄執に憑りつかれてしまったのだ」
「より完璧な生命体を研究しているときに、胎児の段階で数億年の生命進化を遂げることから全ての生命はもとは一つだったという仮説を立てた。そして進化の情報を自在に引き出せればあらゆる生物の優れた能力を自分のものにできる」
「それは例えばどんなこと?」
私が尋ねる。
「空を駆けたければ背に翼をはやすことも、獲物を引き裂きたいと思えば猛獣の爪と牙を得ることも、自分の意志で自在に細胞を変化できるということだ」
「そんな……それじゃあただの化物じゃないか」
詩乃が呆然とした。
「研究は難航を極めた。さすがに諦めかけたときに学校の裏山から新しいエネルギーの残留物が発見された。それは極微量だが人間の脳波のような電気信号を発していた」
郷が裏山で悪霊と闘ったことを思い出した。
「そしてそのエネルギーは無機物、有機物を問わず融合しその情報をコピーできる能力があることがわかった。
もう一人の私は狂喜した。そのエネルギーを活かせば思い描いていた究極の生命体が完成するからだ」
「それはできたの?完成したの?」
パパは頷いた。
「もう一人の私の体、あれが地上の生物の、まさに究極の進化形態と言っても過言ではない。同時にもう人ではない……」

それからもパパの話しは続いた。
神尾先生も私達を教育し監視するために造られた人造人間だった。
しかし私達に接するうちに神尾先生はパパと同じような感情を私達に抱いたのだと言う。
私の心臓の病気も嘘。
月一の検査はデーターを採取するためのものだった。
それは私の身体を特別視する純が決めたことだった。
彼にとっては私の身体のどんな些細な変化も重大なことだからだ。

そして私が夢で見た部屋はあの丘の上の研究所にあると言った。
私達はあそこで最初に育てられたのだ。
あの機械の時間は来たるべき大破滅までの時間を正確に刻んでいる。
そしてあの地下に私達と同じ人造人間が数百人眠っている。
彼等、彼女等は他人の記憶を入れられるためだけに。
他の場所にも労働用として使われる人造人間が無数に造られていた。
計画ではプロジェクト参加国で選ばれた人間が数百人だけ新しい身体に記憶をダウンロードできる。
労働力は簡易的に作られた記憶を植え付けられた10万人の人造人間で補う。
彼らが暮らす街はすでに各国で作られていた。
そして最新の兵器も開発されていた。
パパの話しでは破滅後の世界でもより強力な軍事力を持った国が覇権を握るのだと。
彼等は互いを信用していない。
新世界で最初は落ち着いていてもいずれは相手が攻めてくるかもしれない。
なんという愚かな話しだろう……
せっかく生き残ったのにさらに殺し合うというのだろうか?
因みにこの街の人達で人造人間の事実を知っているのは極一部だという。
その人達は研究への援助資金を出す代わりに破滅後の生き残りを約束されていた。
でも、それは資金を出させる名目で……
その人達は生き残りのリストには入っていない。
彼等には人造人間に記憶をダウンロードするという最も重要な事実が伏せられていた。
ただ、破滅後の汚染された世界で人体を適応させる新薬を開発する。
その新薬のモルモットとして人造人間が造られたのだと。
要するにみんないいように利用だけされたということだ。
出資者リストの名前は私のクラスメートの家族で占められていた。
みんな知っていたんだ…… 美羽も。
私が人間でないと。
美羽は私をモルモットだと思っていたのだろうか?


私達は自分の気持ちを落ち着かせたかったので一旦、話しを中断してもらった。
それほどに衝撃が大きい。
詩乃は泣き続ける瑞希を支えながら部屋へ一旦もどった。
私は自分の部屋に戻ると郷と白神先輩、リリに連絡した。
夜中だけど、どうしても聞いてほしかった。

30分後。
私は家の側の河原に行った。
そこには郷と白神先輩、リリが待っていた。
「どうしたんだよ?こんな時間に」
「こんな時間にみんなごめんなさい」
郷に聞かれてみんなにお詫びした。
「もしかして夕方、あの子の家で聞いた話が関係あるの?」
「うん」
リリに聞かれてうなずいた。
「聞かせてくれないかな?」
白神先輩が言う。
私はパパから聞いた話をそのまま伝えた。
人間が積み重ねた破壊のせいでこの世界は滅亡するのだと。
私は、詩乃や瑞希は選ばれた人間が生き残るために造られた人造人間――
ただの記憶の入れ物なのだと。
「二人が私に神様になれって言ったとき私が何て言ったか覚えてる?」
郷と白神先輩に聞いた。
二人は答えない。
「神様になんかならない!私は人間だから人間として生きるって――」
そこまで言って言葉に詰まった。
泣きたい気持ちがこみ上げる。
口を開いたら、声を出して言葉にしたら涙が流れるだろう。
そうわかっても黙っていられなかった。
「そしたら私は人間でもなかった!ただの入れ物だったんだよ!笑っちゃうでしょ?私は――」
「うるせえ」
私の言葉を郷が遮った。
「夜中にキャンキャンうるせえよ」
「な、なによそれ…」
郷は私の前に来ると私の目を見ながら言った。
「マリア、おまえは人間だ。誰がなんと言おうとおまえや詩乃、瑞希は人間だ。この俺が言うんだから間違いねえ」
「だって現実に私は――!!」
郷がいきなり私の手を取った。
「おまえが前に怪我をしたときに流れたのはなんだ?赤い血だ!おまえには赤い血が流れている!」
郷の手から熱さが伝わってきた。
「おまえが人間かどうかなんて誰が決めることでもねえ。おまえだ!おまえが自分自身で決めるんだ!自分はどうしたいか?どう生きたいのか!?」
「私は……」
私は……
「私は人間よ!どんな世界になっても、どんな未来が待っていても最後まで人間なんだから!!」
「フン…それでいい」
郷はニヤッとすると今度は白神先輩に言った。
「ミカエル。俺はもう降りるぜ」
「えっ」
白神先輩が目を丸くする。
「だから俺は降りる。マリアの力を使って悪魔の宇宙を創るのは諦めた。まあ、おまえはせいぜい主の御命令とやらのために頑張りな」
「な、何を言ってるんだ!?自分の言ってることがわかっているのか!?」
「わかってるよ。これでも俺様にしてはけっこう考えたんだぜ」
驚いた白神先輩に郷はまるで軽口でも叩くように言った。
降りるって……?
だってあなたは私の力を使って悪魔の宇宙を創るために地球に来たんじゃないの?
そのために悪霊からも私を守ったりしてきたんじゃないの?
「どういうつもり!?私に説明しなさい!!」
リリが鋭い声を上げた。
「どうもこうもねえよ。言ったとおりだ」
「あなた、私を…私達を裏切るの!?私達悪魔を!?」
郷は答えずに黙ってリリの顔を見つめるだけだった。
その目はどこか悲しく、愁いを含んでいた。
そして無言で歩き出した。
「ちょっと待って!!」
私が呼び止めると歩みを止めた。
「どういうつもりなの?何を考えているの?」
もしかしてどこかへ行ってしまうの?
もう地球に用はなくなったから……
「じゃあなマリア。また明日、学校でな」
ニコッと笑うと郷はそのまま歩いて行った。
リリは私に視線を向けると、さっと背中を見せて郷の後を追った。
白神先輩は黙ってその背中をじっと見ていた。
小さくなっていく郷の背中を。
「君が新しい主ということが必然だと理解できたよ」
郷の背中を見ながら白神先輩が言った。
「君は、ある意味人間が主に比肩したという象徴だからだ」
「象徴…?」
「ああ。この宇宙に存在する命は全て主が創造されたものだが君は全く新しい命なんだよ。だから君には原罪もない。アダムの子孫ではないからだ」
白神先輩の言いたいことはなんとなくわかった。
主に造りだされた人間は長い時間をかけて進化し、ようやく主の領域に届いたのだから。
数年前にはどこかの国で宇宙を創る実験が行われて成功した。
でも、その代償がこの破滅なのだとしたら……
「白神先輩、今の世界の破滅を主なら…主の力なら止められるのですか?もとの地球に戻すことが出来るのでしょうか?」
「さあ…僕は主が時間を逆行させたのを見たことがない。できないのか、必要がなかったのか、僕にもわからない」
「そうですか…」
「試してみるかい?自分が主になって」
白神先輩が笑顔で言う。
私は笑顔で返すと首を振った。
もう気持ちは決まっている。
「君は人間として生きるという気持ちに変わりはないのかい?」
「はい。白神先輩には悪いけど私はみんなと生きたいんです。家族や…友達や、大切な人達と過酷な世界でも生きていきたい」
白神先輩は大げさに天を仰ぐようなポーズをとった。
「やれやれ。ルシファーといい君といい僕の理解を超えている」
おどけたように言うと私の顔を見て付け加えた。
「僕も加えてくれないかな?君と一緒に生きる大切なメンバーに」
「もちろんですよ!白神先輩は私にとって大切な人ですから」
「ありがとう。僕はルシファーのようにいい加減ではないからね。君の側で君の気がかわるのを待ってるよ。いつか主になりたいと思うときを」
「はい」
白神先輩は握手をすると、明日学校でと言って帰って行った。


私は家に戻り詩乃と瑞希と話した。
「二人ともどうするか決めた?」
私が聞くと詩乃がうんざりしたように言う。
「全く冗談じゃねえって。他人の記憶を入れられるなんてさ」
「それで?」
「決まってんだろ?俺は俺だよ。どうなろうと久間詩乃として生きていくぜ」
詩乃は言うと軽く笑った。
そこにはさっきの絶望感は見られない。
「私も!だって恋愛もしたいし素敵な人と結婚だってしたいし可愛い子供だって欲しいし、人生設計決まってるんだから」
瑞希が強く言った。
そんな瑞希に私は微笑んだ。
「私も同じ気持ちよ」
私達三人の気持ちは決まった。
そして三人で相談した結果、あることを思いついた。

「パパ、神尾先生、お待たせしました」
リビングで待っていた二人に自分たちの気持ちを伝えた。
パパと神尾先生は顔を見合わせると私達に向かって微笑んだ。
「パパ、聞きたいことがあるの」
「なんだね?」
「もしも……他の人も助けたいとしたら方法はあるの?あのリストにあったみんなを」
「残念だが彼らに提供される身体はない。もうそれを造る時間も」
パパはテーブルに手をついて立ち上がった。
「たった一つだけあるが…だが非常に時間が限られている」
「それはどんな?」
「新細胞を移植することによって限りなく人造人間に近い身体にできる」
「それをお願いしたいの……私達の友達や家族のために」
「私はそれよりも明日にはここを出て逃げた方がいいと思っている」
パパが私を見る。
私は頭を下げてお願いした。
「お願いします!」
詩乃も瑞希も同じように頭を下げる。
パパはしばし沈黙した後に口を開いた。
「わかった…… そうと決まれば急がなければならない。これから私は研究所に戻る。一緒に来なさい」
「研究所に?」
「なんで?」
私と瑞希が聞く。
「これから私の今まで研究で得た知識と身を守るための格闘術、武器の取り扱い知識などをダウンロードする」


私達はパパと一緒に神尾先生をいれて五人で研究所に行った。
そして普通は絶対には入れない地下の研究施設に通された。
幾つものブロックで隔離された施設では見たこともない技術や研究が行われていた。
最重要施設を歩いていても誰にも咎められることはなかった。
考えてみればプロジェクトの責任者であるパパと実験体である私達が一緒にいることは不自然じゃない。
「ここだ」
最も奥の扉の前でパパが立ち止まった。
この扉は眼球と声紋が一致しないと開かない。
部屋の中には中央に歯医者の診察台のようなイスが一つ。
その頭の部分には幾つもの配線が伸びているCTスキャンのような機械があった。
私と詩乃、瑞樹は互いにうなずくと、私からダウンロードを受けることになった。
私がダウンロードを受けた時間はきっかり五分だった。
次に詩乃、瑞希と順番に記憶をダウンロードした。






































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