マリアの心境

文字数 7,245文字

次の日。
パパは研究所に泊まり込みなので四人で朝食をとった。
「昨日のことなんかニュースやってるのかな?」
瑞希がリモコンのスイッチを押すと画面に見慣れたキャスターが映った。
でも昨日の事件のことは最後の方に少しやっただけでほとんどは世界的なニュースを流していた。
熱帯雨林が70%壊滅したとか何ヶ所かの海で魚が大量に死んだとかいうニュースが主だった。
世界的に見ても異常な事態らしい。
「こりゃあ学校の狂犬病騒ぎなんて話にならねえや」
詩乃が呆れたように言って紅茶を飲んだ。
「最近こういうニュース多いよね」
瑞希がチャンネルを回す。
今度は「17歳病」のニュースがやっていた。
『今週、激発性身体機能不全でお亡くなりになった方は全国で4名です。お亡くなりになった方のお名前は次のとおりです』
激発性身体機能不全。
この名称を聞いたときに私と詩乃の顔に不安の色がさした。
17歳病のことだ。
私と詩乃は16歳。
テレビでは亡くなった4名の人の名前が写真と一緒に読み上げられた。
みんな私達の一つ上の高校生・・・
学校で友達と写っている写真、家族で写っている写真はどれも楽しそうに笑顔で写っている。
この人たちの命は終わってしまったのだ。
自然と詩乃と顔を見合わせた。
「あ~あ、朝から辛気臭えや」
と、冗談めかしてお手上げといった感じで言った。
私もそれを見て笑顔を作った。
ニュースでは次に別の事件について話していた。
もう「17歳病」は世間ではあたりまえのことになっている。
最初は死亡者のニュースは連日のようにやっていた。
だけど日にちが経つにつれて死亡者がいたときは一週間ごとに流すようになっていった。
まるで何事もないあたり前のこととして流すことで恐怖を和らげるように。
“死”があたりまえの日常。
でもそれは今に始まったことじゃない。
事件にしろ、事故にしろ病気にしろ“死”は常に日常に貼り付いている。
すべての人間に等しく、平等に。
朝食を終えると学校へ向かった。
「なんで休校にならないかなぁ~」
瑞希が歩きながらぼやく。
「中等部はかんけーねーだろ?」
詩乃がガムを噛みながら言った。
「それにしても、あれだけの騒ぎがあったのに普通に学校やるとかすごいよね」
瑞希が私に言う。
「う~ん…確かにね」
その点は私も同意だった。
「そういえばお姉ちゃん、もうすぐじゃない?病院に行くの」
「うん。来週かな」
瑞希に言われるまで検査のことを忘れてた。
自分では全く自覚症状がないからたまに忘れてしまう。
学校のそばまで来ると声をかけられた。
「マリア」
白神先輩だ。
「白神先輩!おはようございます!」
瑞希が元気よく挨拶する。
私も詩乃もお辞儀した。
「君は…えっと…」
「はい!中等部の久間瑞希です!」
「中等部?」
白神先輩が首をかしげる。
「詩乃の妹です。私たちみんな一緒に住んでるから」
「ああ、そういうことか!久間君とは一緒というのは聞いていたけど妹さんまでいたとはね。覚えておくよ」
「やった!私覚えられちゃった!」
瑞希がガッツポーズをする。
「おまえ、そんな喜ぶことかよ」
「だって中等部で白神先輩に覚えてもらった子なんていないから」
呆れる詩乃に瑞希が返した。
「賑やかな登校で羨ましいね」
笑顔で言ってから白神先輩は私を見た。
「昨日は大変だったね。大丈夫かい?」
「はい。昨日はありがとうございました」
昨日、気絶していた私たちを介抱して起こしてくれたのは白神先輩だった。
「白神先輩って彼女とかいるんですか?」
瑞希が変な質問をする。
「いないよ。興味がある子はいるけどね」
「マジ!?それって同じ学校!?」
食い付きがいいな。
しかもタメ口か……
「ああ。君のお姉さんだよ」
「ウッソ――!!」
「ブッ…!!」
いきなり何を言い出すの!?おかげでむせてしまった……
「やったじゃんお姉ちゃん!さっすが~!!」
「ちょっと!瑞希!… 白神先輩も朝から変な冗談止めてください」
「冗談とは心外だな」
「おいおい先輩、朝っぱらから盛んないでくれよ」
詩乃が頭の後ろに両手を組みながら言う。
「詩乃!そんな言いかた失礼だって」
「いいよマリア。僕も確かに朝からデリカシーがなかった」
「いえ… そんな」
「こういう話題は放課後に2人っきりがいいね」
「えっ」
私が驚いて口に手をあてたとき、瑞希が前方を指差した。
「あらら…… ライバル登場」
見ると校門の前には両手をポケットにつっこんだ郷が立っていた。
「よう、マリア」
「おはよう」
私が言うと郷は片手を上げて応えた。
「どうだよ?昨日はあれからよく寝れたか?」
「うん。まあね」
今日はバイクで来てないのかな?
「ねえ?今日はバイクじゃないの?」
「ああ、それなら向こうに停めてきたぜ。昨日の今日でおまえの顔が見たくなって、俺としては珍しくこんな時間に早起きしてきたわけだ」
郷は後ろにある学校を指して言った。
「天気もいいし、これから海でも見にいかねえか?」
「海かぁ…行ってみたいかも!」と、思わずのってしまった。
「ダメダメ!これから学校じゃない!」
「固いこと言うなよ?今ノリ気だったくせに」
「海は好きだけど、それとこれは別!」
すると白神先輩が割って入った。
「ダメだなあ、真壁君。学校をさぼるなんて悪の道に“僕のマリア”を誘いこんだら」
「あ?誰が誰にモノ言ってるんだかよく聞こえねえなぁ」
ちょっと!いきなり朝っぱらからケンカモードじゃない!?
「行こうぜ。バカには付き合ってられねえよ」
詩乃が私の手を引いた。
「おい?おまえ、それジョークのつもりか?」
「朝っぱらからウゼーんだよ。俺らの登校の邪魔すんなよ」
あ~!!今度は郷と詩乃が……!!
「おっ!朝からお姉ちゃんを巡って高等部のイケメントップ3がバトルとか?」
瑞希が楽しそうに言う。
「そんなんじゃないって」
瑞希に言ってから三人に向かって言った。
「ちょっと!みんな止めなって!!みっともないよ!」
私が怒鳴ると三人がこっちを向いた。
他の生徒の視線が私達に集中してる。
恥ずかしいったらない……
「わかったよ。そう怒るなって」
詩乃がなだめるように言う。
「申し訳ない。僕としたことが軽率だったね」
白神先輩も全く申し訳ないという感じ0の笑顔で言った。
「どうしてみんな仲良くできないの?」
「そりゃあ無理な相談だな」
郷が私を見下ろしながら言った。
「なんでよ?」
「なぜなら俺様には敵か下僕しかいないからな」
どうしてこういう感覚なんだろう?
目まいがしてきた……
「要するに自分は今までただの一人もまともに付き合える友人がいなかったということだね。つまり人格的に大きな問題があるわけだが、ここまで無自覚なのはある意味尊敬に値するよ」
やれやれという感じで白神先輩が言う。
すると三人の女子がおずおずと私の前に来た。
見たことない子だからクラスメートじゃない
同じ学年かな?
「あの~高原さん」
「はい」
私が答えると三人は顔を見合わせてから口を開いた。
「高原さんは白神先輩と付き合ってるの?そのぉ…彼女!?」
突然の質問に面食らった。
瑞希が言ったように例の噂ってやつね。
「あの…誤解してるようだけど私はそういう関係じゃないから。先輩として尊敬してるってだけで」
すると女の子の顔がパッと明るくなって校門の方を向くと指で「ok」のサインを作った。
すると校門の陰からわっという歓声が上がって大勢の女子がこっちに殺到してきた。
「白神先輩!好きなんです!」
「私も!」
「先輩のこと考えると夜も眠れません!」
私は集団にドンと弾かれて白神先輩はあっという間に女子生徒の環の中心にいた。
これが白神先輩のファンっていう子達ね……
「いや、君たち、僕はそういった話しにはね…」
白神先輩は戸惑いながらもいつもの笑顔だ。
「へへっ…良かったじゃんかよ。お似合いだぜ」
郷が冷やかすように言う。
「さーてと 行こうぜマリア」と、私の手を取ろうとした時に黒い影の一団が私と郷の間に割って入った。
「あんた高原マリアだよな?」
制服は同じだけど、これは旧校舎にいる姉妹校の女子だ。
「はい…」
「あんた真壁さんのレコじゃねーよな?」
「レコ…?」
「女って意味だよ!」
聞き返すとイラついたように返された。
「違うけど…」
郷が“おい!”って顔したけど実際違うから。
「おーい!真壁さんフリー!!」
一人が叫ぶと今度も校門の陰から女子生徒の集団が殺到した。
「真壁さん!尊敬してます!愛してます!」
「一緒に全国制覇してください!!」
「ウチら命捨てます!!」
随分と個性的な告白だこと……
それにみんな殺気立ってる。
「おいおい、よしてくれよ。俺には全国制覇なんてちっぽけなことには興味がねーんだ」
郷がうんざりしたように言う。
「じゃあ何に興味があるんッスか!?」
「あたしらなんでもするんで!!」
熱狂的だな……
「俺は“俺様の宇宙”を造る!他には興味がねえ!」
……
バカ……
それをここで言う?
ため息が出たけど郷を囲んでる不良女子たちは大いに盛り上がった。
「マジすげーッス!!」
「スケールが宇宙なんッスね!!」
「あたしら手足に使ってください!!」
「ハーハッハッハ!!てめえらいい心がけだな!!いいだろう!俺様の宇宙ができた暁には生かしておいてやるぜ!!」
調子に乗りすぎなんじゃない?
もういいや……
「行きましょう」
詩乃と瑞希に言うと先に歩き出した。
白神先輩と郷はまだ女子にもみくちゃにされてる。
「お姉ちゃんいいの?ほっといて?」
「いーの!関係ないし」
瑞希に答えた。
「そういえば詩乃のファンって大人しいよね。ああいう入り待ち?もないし」
「ああ。そういうのライブんときだけにしてくれって言ってるから」
「な~るほどね」
瑞希は詩乃の答えを聞いて納得すると中等部の方へ歩いて行った。
玄関へ続く階段を上がる。
ふと後ろを振り返ると女子の人だかりはさっきより多くなっていた。
いつまでやってんだか……
教室に入るといつもより人が少ない。
ガランとしてた。
昨日被害にあったクラスメートは全員欠席してるからだろうな。
予鈴が鳴って、みんなが席に着いたとき半分以上が休んでいることがわかった。
それなのに関係ない学年やクラスではあんなバカ騒ぎするんだから……
そう考えると学校という極限られた世界の中でもさらに区分けがあって……
となりのクラスの事件なんてせいぜいネタくらいの重さしかないんだろうな。
そう考えるとなんとも複雑な気持ちになった。
先生も昨日の事件に関してはなにも言わず、淡々と授業を進めていった。
昼休みになって美羽とお昼を食べていると朝の件に話題が及んだ。
「今朝はすごかったね~」
「なにが?」
郷と白神先輩のことを話しているんだろうけどわざと惚けた。
「白神先輩と真壁先輩のファン!いや~あんないたんだね~」
美雨がしみじみと言う。
「いいんじゃない?人気者で」
私がさらっと返すと美羽が私の顔を覗き込むように言った。
「あれ?マリア怒ってる?」
「ハハハッ…怒るわけないって。だって私には全く関係のないことだもん」
本当に怒ってなんかいない。
だってあの二人は友達で……
でも向こうは私に興味を持ってくれて好意を抱いてくれてる。
でもそれは――
私が単に「神様」になる人間だから。
自分の計画に必要な人間だから。
ただそれだけなんだから。
そんなのわかりきってることなのに……
なんか釈然としない。
怒ってるわけじゃないけど……
するとクラスのソフトボール部に入っている子が話しかけてきた。
「高原さん、ちょっといい?」
「うん!どうしたの?」
「この前の体育の授業見たんだけどさあ、高原さん部活とかやってないよね?」
「うん」
「ソフトボール部に入ってみない?」
「私がソフト部!?」
「うん!高原さんなら即レギュラー行けるよ!」
「ごめんなさい… 私、部活とか家から止められてるの」
私が申し訳なさそうに頭を下げて言うとソフト部の子は酷く残念そうな顔をして自分の席に戻っていった。
こういうの断るのって辛いな……
「マリアって部活とか止められてるの?今更聞くのもなんだけど」
美雨が唐揚げを食べながら聞いてきた。
「うん。ここが悪くって授業以外は運動はダメなの」
左胸を指して言った。
「じゃあ文系は?」
「そっちも月一で検査があって、いつ発作があるかわからないからなるべく家にいるようにって。家なら神尾先生がいつもいるから急な事態にも対応できるし」
昔からそう言われてはいるけど発作なんて今までただの一度だってない。
心臓が悪いなんて自分でも時々忘れてしまうくらい私は元気なのに。
「そっかぁ…… 可哀想…」
「そんなことないって。こうして美羽っていう親友もいるし」
一瞬、美羽の目に同情を感じた。
憐れむような色を。
でも気にしないように明るく返した。
人は誰でも病気とかそういう話を聞くと同情する。
悪気とかじゃなくって。
それは仕方のないことだし、それに美羽は私の親友だから!
その後は普通に話していて美羽から同情の視線を感じることはなかった。
そして放課後。
美羽は今日は部活。
詩乃はバンドのメンバーと練習。
瑞希も部活。
私はいつものように一人で帰ることにした。
「一人かい?」
下駄箱にいると後ろから声をかけられた。
「白神先輩…」
「実は君と一度いろいろ話したくてね。余人がいない方が話せるだろう?」
そうだった。
私もいろいろ聞きたかったんだ。
「私もいろいろ話したいと思ってました」
「それは良かった。じゃあ歩きながら話そうか」
「はい!」
二人で校庭を歩く。
「朝は大変でしたね」
「ハハッ…僕も驚いたよ」
秋風が先輩の金髪をふんわりと揺らす。
この人は実は天使なんだよな……
そう考えるとこの美貌もなんだか納得してしまう。
「帰りはいつも一人なのかい?」
「ええ。詩乃や瑞樹に予定がないときは一緒なんですけど」
なんだか落ち着くな。
この人といると不思議と落ち着いた気持になる。
ドンッ!!
いきなり後ろから押された。
なに!?
「ちょっと!白神先輩を独占しないでよ!」
「えっ…」
「そうそう!彼女でもない高原さんがおかしいでしょ?」
私を突き飛ばしたのは今朝の団体だ。
白神先輩と私の間には、もう人の壁が出来ている。
「ちょっと君たち、僕は彼女と用事があるんだ」
白神先輩のその一言でみんなが一斉に私を見る。
「だったらみんなで話しましょうよ」
「そうそう!高原さんも私達と一緒にお話ししましょう?」
私はみんなの顔を見た。
「ごめんなさい。私はいいや…」
断ってから白神先輩にお辞儀すると一人で歩きだした。
後ろではなにやら騒がしい声がしたけど気にしなかった。
校門まで歩いて行くと郷がいた。
「よお」
「お、おお…」
塀に寄りかかりながら片手を上げる郷につられて返した。
「ハッハッハ、ミカエルの野郎も形無しだな」
「そういうあなたは?一人なの?」
「ああ、それなんだけどよ。今朝の連中がファミレスでご馳走してくれんだよ。おまえも一緒に来いよ」
「はあ?なんで私が行くのよ?」
「なんでって無料で飲み食いできるんだから美味しい話しだろ?」
そういう問題じゃないだろうに……
「あのさあ、私が行ったらみんな怒るでしょう?」
「なんで?あいつらは俺様の下僕だ。決定権は俺にある。俺が誰を呼ぼうと関係ねえ」
「それはあなたの理屈。あの人たちはあなたのこと好きなんだから」
そういうのってどう思ってるんだろう?
そういった感覚自体がないとかは…
まさかね…
「それは俺にはもっと関係ねーな。いいから来い」
郷が私の腕をつかんだ。
「嫌ッ!!私は行かないから!!」
腕を振りほどいた。
「行きたかったら勝手に一人で行けばいいじゃない…… なんで私を呼ぶの?それこそ私に関係ないし」
「そうだな。じゃあな」
「あっ……」
郷は片手を上げて言うとそのまま旧校舎の方へ歩いて行った。
私も同じように振り返らずに校門の外に出て歩いた。

しばらくして振り返ると、歩いてきた道には誰もいなかった。
何を期待したんだろう?
ふう……
白神先輩には話があったはず。
郷とだって一緒にいたかった。
でも私はあの子たちに遠慮してしまう。
あの子たちは真剣に郷や白神先輩のことが好きなんだから。
私は……
私は正直わからない。
自分の気持ちがどういうものなのか。
考えれば考えるほどもやもやした。
寂しさすら感じた。
いいや!考えるの止めよう!!
なんで好きでもない男のためにあれこれ考えないといけないのよ?
これって我ながら痛いでしょ。
考えを打ち切ると、夕暮れの土手を一人で歩いた。
オレンジ色の川面がキラキラと光を反射しながらゆっくり流れてる。
たぶん……
こうして一人で帰るのが寂しいからなんだろうな。
みんなは部活やなにかしてるのに。
慣れてるはずなんだけどな……
こうして一人で学校から帰ったりするのは。
昔っから一人で……
あれ?
昔っからじゃないって、小学校のときとか詩乃と瑞希と三人でいつも一緒に帰ったはずじゃない?
あれ?そのことが不思議と思いだせない。
頭の中に映像が浮かばない……
記憶としては認識してるんだけどな……
同じように一人で学校から帰る様子も思い出せない。
漠然と一瞬、そう思っただけだった。
なんでだろう?
ボケたかな……?
まさかね!若すぎるって!
気持ちを切り替えると前を向いて夕暮れの道を歩いて帰った。







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