ルシファーの生活

文字数 2,885文字

くそったれが!!
この俺様があんな小娘に引っ叩かれて、こともあろうに謝っちまうとは。
本来なら八つ裂きにしてるところだ。
しかし、あのとき自分でもどうにもできないような感覚に襲われた。
“気の強いとこも気に入ったぜ”
なんてことを言ってあの場は治めたがどうにも腹の虫がおさまらない。
ムカつくままバイクを走らせた。
小一時間ほど走ると家にもどった。
「ルシファー様、おかえりなさい」
家の横にある路地にバイクを停めると後ろから声をかけられた。
見ると制服の上から赤いスカジャンを着た派手なヤツが立っていた。
金髪頭にピアスが左右の耳に三つ。
ニヤケた口許はいかにも軽薄そうだ。
「マルコシアスか」
「はい。ずっと待ってたんスよ」
「なんの用だよ?」
「またまたぁ、ミカエルに抜け駆けして会ってきたんでしょう?例のマリアに」
「よくわかったな」
「だって学校が終わってから1人で見てくるからついてくるなって言ったじゃないッスか」
「そうだったか?」
薄暗い路地裏の壁によりかかるとタバコに火を点けようとした。
「おおっと!それは俺が」
マルコシアスがさっとライターに火を点けて差しだす。
「おう」
タバコをゆっくりと吸ってから煙を吐いた。
俺と一緒に地獄から地球(エデン)に来た黒狼マルコシアス。
あらゆるものを石化する光を吐くこの悪魔も俺と同じように人間として生活していた。
人間名は相良史朗。

俺達は17年、いや、俺が地獄に堕ちたときからマリアがここに来るのを待っていた。
俺達悪魔の宇宙を造ることを。
それにしても聖母マリアと同じ名前とは……
偶然にしても、これもまた腹が立つ。
「どうでした?目的の人間は」
「ああ、しっかしあんなんで大丈夫かよ?って感じだったな」
「それはまたどういう意味で?」
「喧嘩っ早いし気性は荒いで、ありゃあどっちかっていうと俺らに近いんじゃねえか」
あのケンカっ早さは天使の側って柄じゃねえな。
「だったら楽勝じゃないッスか!」
「さあな」
「どうしたんです?なんか不機嫌ですね」
「なんでもねえよ!おまえもさっさと帰りな」

「ちょっと!どうしたんスか?」
「いいから帰れよ!」
「わ、わかりましたよ!怒らないでくださいよ」
なにかぶちぶち言いながら路地裏から出ていった。
1人でバイクに寄りかかるとタバコの煙を吐きだした。

この勝負――
新しい“主”たるマリアが俺とミカエル、どちらかを信頼するか、どっちの属性に染まるかで決まる。
俺の導きに従い覚醒すれば地獄もそのまま、人間どもは世界が終わるまで毒悪を垂れ流して滅亡していく。
そして俺達悪魔の思い通りの宇宙に創りかえることができる。
だがミカエルの導きで覚醒した場合――
そのときは全く新しい宇宙を創造することから始まる。
この宇宙に存在するもの全て――
地獄も悪魔も人間も、天使どもすら宇宙と一緒に消滅する。
まあ、そんなことには絶対にさせねえけどな。
万が一ミカエルになびくようであれば、そのときは殺す!
地獄を出る前からそう決めていた。

あえてもう一度言おう。
俺は地獄の王。
あらゆる悪逆の支配者、暗黒の王、悪魔王ルシファー様だぞ?
しかも人間どもが言う“神”と闘ったのは宇宙開闢以来、唯一、この俺様だけだ。
その俺の顔を叩くとはどういうことだ!?
しかも!しかもだ!!俺は不覚にも……
まったく情けない話だが、あのマリアに魅せられちまった。
長く黒い髪、栗色の瞳、雪みてえに白い肌。
今まで見たどの人間よりも瑞々しく、清々しい。
マリアの前じゃあ天使だろうと霞んで見える。
これは本来逆の事なんだ。
俺様の美しい顔を見ればどんな女でもなびくっていうのに・・・
クソッ…
どうにも頭から消えねえや。
俺をにらんだ挑むような目が。
忌々しい。
腹立ちまぎれに横にあったポリバケツを蹴飛ばすと派手な音と一緒に中にあるゴミをぶちまけた。
そのまま路地から出て家のドアを開けた。
「あら?今日は早いのね」
カウンターにいるお袋がグラスを拭きながら俺を見て言った。
俺は悪魔だが地球(エデン)に来たときに人間の体に入った。
つまり、目の前にいるこの女の腹にいた赤ん坊の体だ。
そして出産され、人間・真壁郷として生活してきた。
この女は俺の母親というわけだ。
「混んできたらカウンター入れる?」
「ああ」
「ご飯は?すぐできるけど」
「いいよ。今日はすませてきちまった」
「そう」
「混んできたら呼んでくれよ」
「リンゴ。剥いてあるから食べなさい」
「おお。サンキュー」
礼を言ってカウンターにあるリンゴの入った皿をとると二階にある自分の部屋に行った。
制服をベッドに放り投げるとタバコを一本指にはさんだ。
窓から入る向かいのパチンコ屋の照明。
パチンコで金をすった奴も儲けた奴もうちの店に来る。
俺の家は飲み屋。
お袋は女手一つで中学から俺を育てた。
親父は自殺。
こうなったのはいろいろ事情がある。
一々語るのもめんどうだ。
しばらくすると下の階から客らしい声が聞こえてきた。
窓の外も賑やかになってきた。

この街――
マリアが住むところと川を隔てた俺の住む街。
ここで目につくのはクスリの買人、売春婦、ヤクザ、強盗……
その他、いろんなものが目につく。
他人の成功を妬み、弱い者を蔑み、いじめ、欲望におぼれる。
人間らしい最低のゴミ溜めのような街だ。
逆に川向うは綺麗で整備され、金を持った裕福で華やかな街。
成功者の街。
まあ、俺から言わせれば向こうの連中も大概だけどな。
すました顔をしてお上品なことを言うが腹の底じゃあ他人からどれだけ奪えるか、騙せるか、親切そうな笑顔をしながら計算してやがる。
クソみてえな本音を仮面で隠してるだけで本質は変わらねえ。
俺が人間として生活してきた17年。
そこでわかったこと。
それは、改めて“人間って奴は実に愚かで救いようがない”ってことだ。
主は、遥か昔に人間を創った。
新しい主を誕生させるために。
それがこのザマだ。
大気は淀み、空はまるで泥水みてえだ。
好き勝手に欲望を追い求めた結果がこれさ。
もう破滅は約束されたようなものだ。
どんな終わり方をするのか?
硫黄の火で生きながら焼かれ、炭みてえなカスしか残らねえか?
それとも毒にやられて腫れものに侵されて、のたうちまわって最後の一人まで死に絶えるか?
それとも……?
考えると笑えてくる。
俺は悪魔だからな。
涙と血に染まった世界は心地イイ。
最後の日はワインでも飲みながら愉しませてもらうか。
……
まあ、しかし…
お袋は哀れではあるな。
悪魔の中の悪魔、ルシファー!
と言ってもこうしてめんどう見てもらったことに感謝はある。
飯も美味いしな。
できれば残酷な終末は迎えさせてくない。
ふうっ……
人間に対して同情しちまうなんて俺もヤキがまわったな。
皿にのったリンゴを一切れ口に入れた。
うん……
甘酸っぱくて美味い。



















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