マリアの不安

文字数 2,089文字

結局あの騒ぎはなんだったんだろう?
雷が落ちたような音と光が視界と意識を奪った。
そして気がついたらみんな倒れていて……
元に戻っていた。
目が覚めた私の前には白神先輩と相楽先輩がいた。
気持ちの悪い犬もみんな死んだみたいになっていた。
元気そうだったけど、一応みんな病院に行って検査することになった。
帰る頃にはテレビとか来てて大変な騒ぎになった。
犬に噛まれた生徒が暴れたか誰ともなく新種の狂犬病じゃないかって噂になっていた。
でも私はそんなもんじゃないと思っていた。
だって郷が助けてくれたんだから。
あの人たちが助けてくれたってことは狂犬病とか、そういう人間が理解できるようなことじゃないって思った。
でも今は誰にも言わないでおかないと。
あの二人の正体を知っているのは私だけで、そんなこと口外したらえらいことになっちゃう。
家に帰ると神尾先生が玄関まで迎えに来た。
「みんな大丈夫?」
「ああ。俺達はこのとおり大丈夫さ」
詩乃が両手を広げて言う。
その日、パパは丘の上にある国立研究所に急ぎの仕事で出かけていた。
私達は4人で夕食をとることになった。
「パパ、今日は休みだったんでしょう?どうしたの?」
瑞希がパスタをフォークに絡めながら聞く。
「学校で起きた騒ぎのことで呼ばれたのよ」
「あの“狂犬病”で?」
詩乃がボウルからサラダをよそりながら聞く。
「ええ。いろいろ調べるのを頼まれたみたい」
2人に神尾先生が答えた。
なんでも生徒を噛んだ犬を保管したのでそっちを調べるらしい。
「遅くなるのかなぁ?」
「たぶんね」
私が聞くと神尾先生はため息混じりに言った。
「でもウチら聞いたときにはビックリしたよ!だって同じ敷地じゃん?誰も気がつかなくて学校終わってみたら大事件になってるんだもん」
瑞希はテンションが高くなってる。
「まあ、瑞希の方までいかなくて不幸中の幸いだったよな」
高等部と中等部の校舎は同じ敷地内といっても離れてるのが幸いした。
「超怖いけど興味あるなぁ・・・ どんな感じだったの?明日みんなに聞かせなきゃ!」
「瑞希」
神尾先生がたしなめる。
「でも超スリルありそうなんだもん。ゾンビ映画みたいだった!?」
瑞希が身を乗り出して私に聞いてきた。
「そんなお気楽なもんじゃないんだから。ほんとに怖くて無我夢中だったんだって」
ほんとうに玄関のドアが閉まっていたときは恐怖に負けそうになった。
「そっか・・・ そうだよね。ごめんなさい」
「まっ、許してあげるよ」
怖さを思い出した私はわざとふざけたように瑞希に言った。
「そういえば裏の山でなんかあったのかな?スゲーたくさん消防車やらパトカーが殺到してたぜ」
詩乃が言うと瑞希も手を叩いて、
「そうそう!なんかあっちでも事件があったのかな?」
「山火事ってニュースでは言ってたわよ」
神尾先生が言う。
「そんなことがあったんだ?」
学校の騒ぎでまるで気がつかなかった。
神尾先生の話を聞くと、ほとんど同じ時間だったらしい。
私達の事件と。
「なんだか重なるもんだな」
詩乃がうんざりしたように言った。
その後は話題を切り替えた。
でも、いくら明るい話題にしても奥歯に物が挟まったようなスッキリしない感覚があった。
食事を終えて2階に上がるときに詩乃を呼び止めた。
「今日はありがとう」
「えっ?」
「助けに来てくれて」
「ハハッ、気にすんなよ。俺らだって逃げてきたんだから」
詩乃は冗談みたいに言うと頭をかきながら続けた。
「昔っからだろ」
「なにが?」
「ガキの頃からマリアのことは守ってきたってこと」
そうだった。
そうだったよね。
小学校の頃とか、男子とケンカになると詩乃が飛んできた。
「まあ、マリアもじゃじゃ馬だから俺と一緒になってケンカ相手をやっつけてたけどな」
「ちょっと!そんなことないって!」
詩乃の肩を叩こうとしたらサッと避けられた。
「遠からず当たってるだろ?」
ピョンと飛び退いた詩乃はからくように言う。
たしかに言われてみれば遠からずかもね……
ふうっと息を吐いた。
「でも、ありがとね」
「どういたしまして」
そう言って片手を上げると詩乃は私より先に2階に上がっていった。
それから部屋で勉強してお風呂に入った。
バスタブに浸かりながらボーッとしてると今日の事件を思い出す。
郷が助けてくれたことを。
他の奴はついでだみたいに言ってたけど、あの人がみんなを助けてくれたことが嬉しかった。
同時に気になった。
あの気味の悪い犬はなんなんだろう?
私が「神様」になるということと関係あるんだろうか?
それから……
怪我をした腕を見つめた。
もう傷の跡すらない。
こんなことってあるのだろうか?
私は最初、この治りの早さは郷や白神先輩が言っていた「神様の力」だと思った。
でも郷が言うには関係ないらしい……
じゃあなんなんだろう?
自分の中に小さな不安が一つ…二つ…
プツッ…プツッ…と泡のように弾けた。
とても小さな泡だけど、重なり合った波紋は徐々に広がっていった。



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