文字数 13,409文字

ダウンロードを終えた夜が明けた。
いつもと変わらない。
制服を着て学校に行く準備をした。
「おはようお姉ちゃん」
リビングに降りると瑞希が私服でニコニコしていた。
「あれ?どうしたのよ私服で?」
「今日はパパの手伝いで休むんだ♪」
「そうなの?」
テーブルに着くと詩乃が降りてきた。
「なんだ瑞希、今日は休みかよ」
「へへへ、いいでしょ?」
私達がテーブルに着くとパパと神尾先生が来た。
「おはようみんな」
「おはようパパ」
「今日は瑞希にはいろいろと手伝ってもらう」
「何を手伝うの?」
「研究所に行って培養した新細胞と移植に必要な機器、資料をここに持ち運ばなくては」
「ここでするの?」
「研究所の施設に無関係な者を頻繁に立ち入らせることはできないからね」
「オッケー!」
パパは瑞希に説明を終えると私達の前にあるものを出した。
一つは警棒のような柄に幾つかのスイッチが付いていて柄から先端が斜めになった幅5cmほどの薄い金属板が突き出している。
「高周波ブレードだ。扱い方はわかるね?」
まず詩乃が手に取った。
手を振ると先端の金属部分がスライド式に60cmほど伸びた。
刀のような形状をしている。
「わかるよ。このスイッチを入れると高周波を発生させて厚さ100mmの鉄板も切断できる近接戦用の武器だ」
「そうだ。もちろん最大限の効果を発揮するには人造人間の筋力が必要だ」
これは昨日パパが言っていた新世界で使用される最新の武器だ。
「そしてこれだ」
もう一つ置かれたのは拳銃だ。
自動拳銃だが現行のものより弾倉が異様に長くグリップからさらに30cmは下にはみ出している。
「拳銃にマシンガンの性能を加えたものだ」
「わかるわ。この切替スイッチでセミオートかフルオートに切り替えられるのね。威力は桁違いで普通の人間にはまともに扱えない」
「そうだ」
パパは満足そうにうなずいた。
この知識は昨日ダウンロードしたものだ。
「これを持って行きなさい」
「えっ?学校に行くのに?」
「万が一のことがある。持っていなさい」
私と詩乃はパパの言うままに高周波ブレードと銃、予備の弾倉を五個、学校のバッグに入れた。
同じものをパパは神尾先生と瑞希にも手渡した。
「それからこの薬を持って行きなさい」
パパから錠剤を手渡された。
「これは?」
「今までおまえたちに飲ませていたのは身体機能を一定レベルに保つものと筋力に制限をかけるものだ。逆にこれは人造人間の持てる力を限界+αまで引き出すことができる」
パパは一般の社会で実験する際に人造人間には驚異的な身体能力を抑えるようにリミッターをかけていると話した。
そのリミッターの役割が毎月飲んでいる薬の一つだった。
「おまえたちが学校から帰る頃には全ての準備を整えておく」
「はい!行ってきます!」
「行ってくるよ」
玄関の外までみんな見送ってくれた。
「お姉ちゃん!また後でね!」
元気に手を振る瑞希。
優しい微笑みを向けてくれる神尾先生と温かい眼差しで見守ってくれるパパ。
三人に見送られて私と詩乃は学校へ向かった。
「まずは私がみんなに話すわ」
「なんて?」
「新薬が完成したって。家に来てくれたら摂取できるって。それが一番手っ取り早いよ」
「もし純の奴がいたら言えないぜ」
「そのときはまず美羽にメールで教える」
学校へ行く間に詩乃とどういうふうにみんなに打ち明けるか話した。
学年が違う白神先輩、校舎が違う郷にもメールしておいた。
白神先輩の施設にいるみんな、郷の親もこれで助けることができる。

学校に着くと教室は生徒数こそ少ないがいつもと変わらない雰囲気だった。
「おはよう!」
私は大声で挨拶した。
みんなこっちを見て、ある人は戸惑いながらも笑顔で、ある人は私の真似をしてもっと大きな声で挨拶を返してくれた。
私の大切なクラスメート達……
その中に、なぜか昨晩会ったリリがいなかった。
郷と白神先輩からも返信が来ない。
どうしたんだろう?
「おい。行くぞ」
「うん」
詩乃に促されて気持ちを切り替えた。
私と詩乃は順の姿がないことを確認するとバッグを持ったまま教壇のところに立った。
「みんな!聞いて欲しいことがあるの!」
クラスメート全員が私達を見る。
教室が一瞬沈黙した。
私はみんなの顔を見ながら言葉を発した。
「みんなも知ってると思うけど…… 私はみんなが破滅後の世界で生存できるための新薬を開発するために生まれたの!!」
クラスメートは水を打ったように静まり返っている。
「その新薬が完成したんだ!みんなの身体を適応させる、生き残るための新薬が!!」
詩乃の言葉にみんながざわっっとした。
そしてどっと歓声に包まれた。
みんな口々に喜びの言葉を交わしている。
湧き上がるクラスメートの中から美羽が一人、私の前に来た。
「美羽…」
なにか思いつめたような顔をしている。
「マリア、ごめんなさい!」
いきなり頭を下げた。
「どうしたの!?」
「私、マリアのことを知っていながら知らんふりしてた。友達なのに、私達のために実験されてるのに感謝の言葉も言わないで」
美羽の瞳には涙が溜まっていた。
「そんなこと気にしてないって」
「これじゃあマリアの友達なんて言えないよ」
美羽は涙を流した。
「そんなことない!美羽は私の大切な友達だよ」
泣きじゃくる美羽の両手を握り締めた。
「ほんとに?ほんとに私のこと友達と思ってくれるの?」
「うん!もちろん!」
「ありがとう……」
美羽にハンカチを手渡すと泣きながら笑って涙を拭いた。
「改めて、これからよろしくね!」
「こちらこそ!」
私は美羽と握手した。
ほんとうは自分の方こそ泣き出したいくらいだった。
美羽は私のことをモルモットなんて思っていなかった。
人間の「友達」として友情を持っていてくれた。
それがなによりも嬉しかった。
「よかったな」
詩乃が軽く笑って言う。
「うん」
私がうなずいたときだった。
ドォーン!!
もの凄い爆裂音が外からした。
「キャアッ!!」
「なになに!?」
「おい!あれ見ろよ!!」
男子の一人が窓の外を指さす。
学校の外、街の方から黒煙と火が見えた。
さらに火の手が遠くで上がるのが見えた。
上空を軍隊のヘリが爆音とともに三機通過する。
ヘリから何かが発射された。
今度は川向うの街に向けて。
着弾すると一瞬のうちに巨大な炎が噴き上がった。
「なんだよこれ!?」
「せ、戦争!?」
「なんなの!?」
突然の出来事にみんながパニックになる。
そのとき町内にあるスピーカーからアナウンスが流れた。
『ジジ…… この地域に……危険な疫病が発生しました…ジジ… 街を封鎖し……軍による除染を行ないます…… 対象は居住住民全てです…… 繰り返します……』
「はあ?なんだよそれ!?」
「疫病!?」
「なんで攻撃してくるんだよ!?」
みんな動揺する中、美羽が怯えたように私の手をにぎった。
「ダメだ!電話がつながらねえや!」
家にかけてみた詩乃が言う。
教室のドアがバタンと開くと先生が真っ青な顔をして大声で言った。
「みんな!急いで避難するんだ!!慌てずに落ち着いて!!」
「先生!これどういうこと!?」
「何が起こってるの!?」
みんな一斉に聞く。
「先生にもわからん!とにかく急いで避難するから!!」
女子の中には泣き出す子もいた。
私も何が起きているのか理解できない。
ただ、ここにいるのは危険だということだけわかった。
先生の指示に従うまま全員が教室を出る。
校庭にはすでに他の学年やクラスの生徒が大勢いた。
そのとき校門のほうに軍隊の車両が止まるのが見えた。
中から武装した兵隊が大勢降りてくる。
生徒の中から悲鳴のような声が上がった。
「おい!?ヤバいぞ!!」
詩乃が緊迫した声で言う。
「みんな!!中に戻って!!急いで!!」
校舎の外に出かかっていたクラスメートに精一杯の声で叫んだ。
みんなが引き返したとき、後ろから銃声が聞こえた。
銃声と悲鳴の中、全員が校舎の中に避難すべく殺到した。
「みんな!屋上まで急いで!!」
私はクラスメートに叫んだ。
先生も事態の把握ができずに私の指示に従ってみんなを屋上に誘導する。
「マリア!!どうなるの!?」
「大丈夫!!私の言うとおりにして!!」
恐がる美羽を励ますように言った。
今朝、パパからもらった武器。
これだけが頼りだ。
まだ家とは連絡が取れない。
パパや瑞希、神尾先生は大丈夫だろうか!?
「マリア!あいつを飲んでおこうぜ」
「そうね」
十中十、私達はあの軍隊と交戦することになる。
私達の身体能力を限界まで引き出す薬を二人で口にした。
屋上に上がった私達は眼前に広がる光景に絶句した。
街のいたるところから黒煙が上がっている。
断続的に爆発が起きる。
「いやああ――!!」
女子の一人が校庭を見て叫んだ。
そこにはさっきの一斉射撃で撃たれた生徒達が倒れている。
軍の車両はその後も到着して、武装した兵隊が次々に降りてくる。
「ヤバイ!!もう死ぬ!!殺される!!」
「イヤダ!!お母さん!!」
みんなパニック状態になって泣き叫んだ。
そのとき拍手がした。
みんな音の主を見る。
あまりの異常事態に気がつかなかったが屋上の真ん中に一人の生徒が立っていた。
純だ!!
「我がクラスメートは機転を利かせて最初の射撃を免れたみたいだね」
「純!!これはどういうことなの!?あなたが関係してるの!?」
「私の指示だよ。おまえたちを回収して計画に関連したこの街は研究所を残してすべて破壊する」
私と詩乃を見て言った。
喋りかたが変わっている……
もう私が知っている純じゃない。
「なぜ破壊するの!?なぜ罪もない人を殺すの!?」
「破滅が早まったからさ。あと三ヵ月で地球は生物が生存できなくなる」
「三ヵ月!?」
「ああ。私が造った新細胞を備えた人と動植物以外はね」
「それがみんなを殺す理由なの!?」
「自暴自棄になった旧人類が我々の都市に攻撃しないとも限らない。枝葉でも計画の情報を知っている人間は排除する。関係者含めて街ごとやるのが手っ取り早いだろう?」
「あなたにそんな権利はないわ!!」
「フン…君と議論する気はないよ。そうそう、高原の家も例外ではない。もう一人の私ももう必要ないからね」
「なんですって!?」
家にはパパと神尾先生と瑞希が……!!
「おい、片桐。なにを言ってるんだ?それよりはぐれないでいろ」
先生が純に近づいたその時、純の右腕が鞭のようにしなって伸びた。
その腕は大蛇に変形して先生の頭をまるごと口に収めた。
先生の手足がバタバタもがく。
「うるさいんだよ。旧人類が」
純がニヤッとすると大蛇は口を広げて先生の体まで飲みこんだ。
「キャアッ!!」
「ひいいいい――!!」
全員の悲鳴が上がる。
「マリア、こいつはヤバイ。みんなを連れて下へ逃げろ」
「でも!!」
「言うとおりにしろ!!後から行くから!!」
詩乃はそういうとバッグから拳銃を取り出して弾倉と高周波ブレードをベルトに刺した。
「へえ、そんな最新武器を持ってるんだ?ああ、もう一人の私か、つまらないことをするなぁ…」
純は緊張感のない物言いをする。
「急げッ!!」
「みんな!!下へ逃げるの!!急いで!!」
みんな泣き叫びながら屋内に逃げ込む。
私は詩乃を残してみんなの先頭に立って階段を降りていった。
あれが純……
腕がいきなり変形して……
パパが言っていた究極の生物。
「みんな!!声をたてないで!!」
私の言葉を受けてみんな口を押えた。
校舎の中は銃声と悲鳴が響き渡る。
どこへ?どこへ逃げればいい!?
さっき校庭から逃げ込んだ生徒を軍が殺して回ってる。
なら、外に逃げれば……!?
私は詩乃と同じように銃をかまえて腰に弾倉とブレードを刺した。
一階まで降りると外の様子を窓からうかがった。
校庭には十数人の兵隊が待機している。
そういえば玄関の右側には体育用具の倉庫があった。
あそこの陰に一時隠れさせよう……
その間に私が校庭にいる軍隊を倒せばみんな逃げられる……
「みんな聞いて!これから私が校庭に出て軍隊を引き付けるから5秒数えたら校舎の横にある用具倉庫まで全力でダッシュして!私が全員を倒すまで倉庫の陰から出ないでいて!」
「マリア…大丈夫なの!?マリアが殺されちゃうよ」
美羽が泣きそうになって言った。
「大丈夫。私の言うとおりにして」
「うん……」
美羽に言い聞かせてから玄関の方まで行く。
銃の安全装置を外してフルオートに切り替えた。
銃を構えて深呼吸する。
ふう…ふう…
行くぞ!!
玄関から外に躍り出た。
敵は玄関から30メートルほどの場所に固まっていた。
正面にいた兵隊が気がつく。
倉庫とは反対方向に私はダッシュした。
銃声と同時に後ろの地面に弾が炸裂する音が聞こえる。
方向転換すると今度は武装した軍隊に向かって行った。
落ち着け!!
正面に五人!!銃を構えている!!
肩の筋肉、トリガーにかかった指先で相手の撃つタイミングがわかる。
弾道のコースは向けられた銃口から予測できる。
一斉にマシンガンが斉射された。
飛び上がって回転してかわすとそのまま銃のトリガーを引いた。
銃を構えていた相手五人の半身が炸裂したように吹き飛んだ。
血しぶきと内臓が飛び散る。
それにしても凄い威力だ。
残りは11人!!
乱射されるマシンガンの雨をジグザグにかわして走りながら撃つ。
耳もとで弾が風を切る音がヒュンと聞こえる。
こちらの射撃で新たに三人吹っ飛んだ。
「なんだあいつは!?」
「動きが早すぎる!!」
相手の反応速度が私についてこれない。
あっという間に至近距離につめた。
腰からブレードを抜くと目の前の二人を一閃した。
豆腐を切るように抵抗なく一人目の腰から脇腹、二人目の右脇から左肩口まで切り上げた。
噴きだした鮮血はシャワーのように降り注ぐ。
敵は至近距離で銃が使えない。
ナイフ相手の近接戦になった。
私が使う高周波ブレードは敵をナイフ事切断できた。
振るうたびに悲鳴と血飛沫があがる。
「ひいいっ!!」
悲鳴を上げる最後の一人の首と胴体を切断した。
一息ついたときだった。
グシャッ!!
背後でなにかが潰れる音がした。
振り返る。
……
「いやあああ――っ!!」
足下にある物を見て絶叫した。
詩乃の生首だ。
高いところから投げ捨てられてのか頭の三分の一が潰れていた。
「詩乃――ッ!!」
絶叫する私の頭上を黒い影が覆った。
見上げると巨大な翼を広げて悠然と上空を旋回する黒い影。
来た……
「詩乃!仇は必ず取る!!」
ブレードを一旦しまって銃を取り出すと弾倉を入れ替えた。
上空を舞っていた者が地上に降り立つ。
巨大な鷲の翼にライオンの身体、まるで神話に出てくるグリフォンだ。
しかもその背中からは純の上半身が生えていた。
「へえ…リミッターを解除したのか。予想以上の戦闘力だな」
純は散乱する死体を見渡してのんきな口調で言った。
「どうだい?この美しい身体は?君にも、その身体をベースにして私のように究極の生命にしてあげるよ。二人で新世界の王になれる」
私は純の言葉を無視して上半身に狙いを定めるとトリガーを引いた。
しかし純の動きは私の予想を超えて素早く、銃弾は外れた。
「おいおい、いきなり撃つなよ。私はおまえを迎えに来たんだ」
「なにを!!私は他人の記憶なんていらない!!人間として、高原マリアとして生きていく!!」
「造物主に逆らうなよ」
純がニヤニヤして言う。
「それに詩乃の仇だわ!!」
「ああ、回収しようと説得したけどね。聞き分けがないから食ったよ」
「食った…」
「美味しかったよ。君の家族は」
残虐な笑みに顔を歪めて純が舌を出した。
「うああああ――ッ!!」
詩乃を!詩乃を!!詩乃を食べたなんて!!!
怒りが爆発した私は銃を撃った。
避ける純。
だけど今度は私の動体視力が純の動きを捕らえた。
二発命中して肉片が弾け飛ぶ。
しかしおかまいなしにライオンの爪が襲ってきた。
地面に転がってかわすと巨大な胴体に向かって撃つ。
が、ダメ。
今度は避けられた。
「クッ…!!」
動きを追いながら撃つがあたらずに、逆に一気に間合いを詰められた。
鋭い爪が目の前に迫った。
「ぎゃあっ!!」
顔の左半分に衝撃を受けた。
左の視界が暗くなりカッと熱くなる。
首から肩までがべっとりと血に染まった。
純の爪が私の顔半分を引き裂いた。
転倒した私に襲いくる。
激痛を耐えてかわす。
ライオンの前脚がいつの間にか巨大な熊のような腕に変形していた。
そして胴体の肩からは巨大な水牛の角が生えてくる。
眼前で見る見るうちに異様な姿に変形した。
容赦なく凶悪な爪が銃を持っていた私の右腕を切断する。
私の右腕は銃を持ったまま離れた地面に転がった。
「ギギッ…!!」
歯を食いしばって痛みに耐えた。
血がまるで噴水のようにバシャバシャと噴きだす。
逆に裂かれた顔半分は再生して視界も開けてきた。
さらに追加の一撃が迫るのを避けると同時に腰からブレードを抜いて横に払った。
今度は純の身体、熊の巨大な腕が血をまき散らしながら宙を飛んだ。
しかし私よりも早く再生してくる。
純が私を見て語りかけた。
「マリア、君は人間じゃない。いいかげんに下らない希望は捨てて楽になれ。もう痛いのは嫌だろう?」
「はあ…はあ…だ、だれが…私はみんなを守って、みんなと共に生きる!!」
「みんなというのは、あそこに隠れているクラスメートのことかい?」
純がチラッと倉庫の方を見た。
「無理だね。彼等は君を人間としては受け入れない」
「そんなことないわ!美羽は、美羽は私を友達だと、真実を知っても友達だと言ってくれた!」
「ウソの情報だからさ。自分たちのために造られた憐れなモルモットと思っているからだよ。人間は自分より劣った者しか受け入れられない。優れた者、強い者は恐れ、排除される。理解できないという恐怖のせいでね」
「それはあなたの理屈よッ!!」
純に目がけて走り出した。
「人はあなたが思うほど愚かじゃないッ!!」
「愚かさ!!人は個人の欲望と保身しか興味がない!!過ちを繰り返すだけの獣さ!!」
「私は!!人を信じる!!」
ライオンの口から蜘蛛の糸のような真っ白いものが吐き出された。
横に飛びのいてかわすと純の右腕が大蛇に変形して襲ってくる。
大蛇の首をブレードで切り落とすと思い切りジャンプをした。
純の上半身目がけて。
「思い知れェ――ッ!!!」
ブレードが純の頭から腹部までを切り裂いた。
真っ二つになった純の身体から真っ赤な血が噴き出した。
「残念」
二つに裂けた純の顔が笑う。
傷口から無数の蔦が飛び出して私の身体を貫いた。
「きゃあ――ッ!!」
太股、左腕、腹部と固くなった蔦が突き刺さった。
「ぐああッ…!!」
痛みに声が漏れた。
「よく頑張ったけど私の細胞は一つ一つが生きようとするのさ。だから頭を割ろうが細切れにしようが復元する」
「くそッ…」
「今度こそ捕まえたよマリア。人造人間は身体の三分の一を破壊されても処置が早ければ助かる。君の右胸を貫けば抵抗する力も失せるだろう。後からゆっくり記憶を入れ替えてやるよ」
純の上半身は蔦を伸ばしたまま復元すると左手をかざした。
指先から肘までが高質化して槍のように変形する。
「バイバイ、マリア」
「いやあっ!!やめてぇ!!」
純の高質化した腕が伸びて私の右胸を貫いた。
流れ出る血と共に力が抜けていく……
意識も薄れる……
詩乃…ごめんなさい……仇を討てなかった……
目の前が暗くなった…
……
「マリア…マリア」
「誰…?」
誰かが私の頭に語りかけてきた。
「俺だよ」
「詩乃!?生きてるの!?」
「いや、俺はあいつに食われちまった。今話してるのは最後に残った意識さ」
「ごめん詩乃、私じゃ勝てなかった…」
「俺の方こそ最後までおまえを守れなくて悪い」
「そんなことない!詩乃は今まで私をたくさん守ってくれた!それなのに私はなにもお返しできなくって……」
「何言ってんだよ?本気出せよ。おまえほんとうは凄いヤツだったんだな」
「えっ…」
「こうして見るとおまえの力がよくわかるよ…… 瑞希のことよろしくな」
「詩乃ッ!!」
消えかけた詩乃の最後の意識が私の中に入ってきたのを感じた
同時に自分の中を温かいものが満たしていく。
徐々に視界が明るくなってきた。
私の身体の周りがキラキラと輝きだす。
私に突き刺さった純の身体の一部も輝きだした。
「な、なんだ!?なにをしているんだ!?なんだよこれは!?」
純が狼狽える。
光はやがて純の身体も包んだ。
「私の中に入った詩乃の最後の思いが私の力を呼び覚ましてくれた」
「思いが力を呼び覚ました!?ふざけるなぁ――!!」
恐怖を感じた純は右腕も高質化させて私の顔目がけて突き刺そうとした。
しかし私の眼前でピタッと止まる。
「なんだ!?なんで止まる!?」
「私の身体の一部だから」
「なにっ」
純は私を見て驚愕した。
私に突き刺さっていた彼の身体の一部は私と同化していた。
純の細胞が私の身体に流れてくる。
「おい!!やめろッ!!」
純は泣き喚くような声を上げた。
これが白神先輩が言っていた主の力。無限の吸収能力……
詩乃の最後の意識も、純の身体も吸収してしまう。
純の身体の三分の二が私に吸収された。
「バカな…なんだよおまえは!?もう少しで真理亜に再会できたのに……!!」
純が私の顔を見て呻いた。
私をその為にこの世に造りだした純。
そのおかげで私は素晴らしい人達と出会えた。
ありがとう純……
そして、ごめん……
真っ白な輝きは周囲に閃光を放つと純の身体は完全に私に吸収された。
最後に残った純の意識が私の中に入った。
それは私のママ、真理亜さんにもう一度会いたいという純粋な気持ちと失ったことへの悲しみだけだった。
終わった……
私の身体はまだキラキラと輝いている。
切断された腕はいつの間にか生えていた。
傷もない。
さすがに制服が破れたのはそのまんまだけど。
「あっ!!」
倉庫の陰にいた美羽たちが校舎の中に入っていた兵隊達に見つかって引き出されていた。
10数人の兵隊が囲むようにして銃を構える。
みんなの泣き叫ぶ声が聞こえる。
「止めろ――!!止めなさい!!」
私は叫んで走り出した。
私に気がついた兵隊は銃をこちらに向ける。
みんなを助ける――!!
そう強く思ったときに手をまっすぐ伸ばした。
すると兵隊の足下から強い光がわき上がった。
みんなを囲んでいた兵隊達はあっという間に光の柱になった。
悲鳴と共に光は収束していく。
あとには兵隊たちの数だけの、真っ黒い焼け焦げたような跡が地面に残った。
やった……
私はみんなを守ることが出来たんだ……
そう思って安心したときに、私を包む光も消えていった。
固まって身体を恐怖に震わせながら座り込んでいるクラスメート達の前に歩いて行った。
私は美羽に手を差し出す。
「終わったよ。行こう」
「ひ、ひい!!」
美羽は私の手を避けるように身をよじった。
その顔は恐怖に引きつって歯をガチガチ鳴らしている。
「どうしたの?さあ薬を摂取しに行きましょう」
「な、なにをしたの?」
「えっ?」
「今、なにをしたの!?人間が一瞬のうちに消滅するなんて!!」
「それは……」
すると他の子が口を開いた。
「さっきあんなに怪我をしたのに、腕までなくしたのになんで生えてるの!?」
「あの化物を取り込んだの!?」
みんなの目が恐怖で震えている。
それは私に対する恐怖だ。
「に…人間じゃない…」
「化物…」
「そうだ!!人間じゃない!!俺たちも食われるぞ!!」
みんな悲鳴を上げる。
「何を言ってるの!?みんな見たでしょう!?」
私はあなた達を、みんなを助けようと思って……
「ねえ美羽、行きましょう…」
「触らないで!!化物!!」
「美羽…私は――」
友達でしょう?
「化物!!化物!!」
恐怖に駆られたみんなの悲鳴が私の心を切り刻んだ。
違う!!違うの!!私は人間!!人間なの!!
みんなと同じ人間なの!!赤い血だって流れてる!傷ついたら痛い!!
悲しみも喜びもある人間なの!!
私は人間……


私に恐怖したクラスメート達は悲鳴を上げながら逃げて行った。
私は一人、その場に立ち尽くしていた。
私はなんのために……
周りを見渡したときに目に映ったのは夥しい数の死体だった。
たくさん殺した……
目が血で真っ赤に染まるくらい。
そして独りぼっちになった。
そうだ……
家に帰らないと!!
家だって襲われている!!
パパや瑞希、神尾先生が危ない!!

学校からの道を私は息を切らせて走った。
街は想像以上に凄惨なことになっていた。
あちこちから火の手が上がり黒煙が吹き上げる。
その中で難を逃れた人々は奪い合っていた。
助け合うのではなく少ない物資や食料を奪い合う……
血で血を洗うような恐ろしい光景を横に必死に思った。
もう失いたくない!!
誰も!!何もかも!!
「ああっ!!」
家の方からは黒い煙が立ち昇っている。
真っ赤な炎が屋根を焦がすのが見える。
私は走った。
そして家の前で立ち止まった。
呆然と燃え上がる家を見上げた。
軍隊の姿はもうなかったが兵隊の死骸が横たわっている。
きっと瑞希が戦ったんだ!!
瑞希は!?パパは!?神尾先生は!?
「お、お姉ちゃん…」
瑞希の声が聞こえた。
「瑞希ッ!!どこっ!?」
「お姉ちゃん……」
苦しそうな瑞希の声がガレージの方から聞こえる。
急いで駆け付けると破壊されたガレージの残骸から瑞希が這い出してきた。
手にはアイスボックスを持っている。
「こ、これに新細胞と移植に必要な……」
震える手で私に手渡そうとする。
「瑞希ッ!!」
瓦礫から這い出そうとしている瑞希の身体を抱きかかえた。
するりと瓦礫から身体が抜ける。
瑞希は胸の下から身体が千切れていた……
「し、死にたくないよ……」
言い終わるとガボッと血を吐いて瑞希は目を閉じた。
「瑞希!!瑞希ッ――!!」
瑞希は応えない。
「お願い!!もう一度!!もう一度光って!!」
懸命に叫んだ。
もう一度、あの力が使えれば瑞希を助けられるかもしれない!!
しかし私の身体は光ることはなかった。
瑞希の身体を抱えながら燃え盛る家に入った。
煙が充満する中で廊下で折り重なっているパパと神尾先生を発見した。
二人ともすでに生きてはいなかった。
私は二人の横に瑞希をそっと置いた。
倒れている神尾先生の胸元に光るロケットを手に取った。
中を見るとパパの写真があった。
写真にポタッと涙が落ちた。
あとからあとから落ちていく。
涙が止まらなくなった。
ふらふらと立ち上がると私は家の外に出た。

外に出ると郷とリリ、白神先輩、相良先輩が立っていた。
「これは……?なにがあったの!?」
リリの問いに私は答えた。
朝、学校へ行ってほんの一時間にも満たない出来事を。
みんなを細胞移植によって助けようと思った。
でも私はみんなに拒絶されたことを。
「そんなことが…」
「でもみんなが無事でよかった」
私が言うとリリが言った。
「私達はパズスを、悪霊を全滅させてきたの」
それはおそらく私のためなのだろう……
私なんかのために……
「俺達がもう少し早く来ていれば…すまない」
そう言った郷に対して首を振った。
「全部私のせいなの」
そう。
これは私のせいだ。
「パパが言うようにすぐに逃げてればよかった!それなのにみんなを助けたいとか我儘を言った挙げ句、詩乃も瑞希も神尾先生も、パパもみんな死んでしまった!!
私の身勝手な自己満足のせいで死ななくてもいい人が死んでしまったの!!」
私はガックリとその場に膝を折ると泣き叫んだ。
消えてしまった私の未来。
大切な人達と過ごすはずだった私の未来。
私の未来を奪ったのは人間だ。
私が拘った人間……
愛があると思っていた。
自分の未来だけでなく、人にあると思っていた「愛」も私には見えない!!
もうなにも……
両手で顔を覆って泣いた。
ずっと泣いていた。

「マリア」
泣き崩れていた私の肩に郷がそっと手を置いた。
「おまえに頼みがある」
「えっ」
「その破滅から救う方法っていうやつで俺のお袋とミカエルの施設のガキ達を助けてやってくれ」
郷は立ち上がってみんなから少し離れたところまで歩くとこっちを見て言った。
「人間なんてクソみてえなもんだ。何万人死のうと知ったことじゃねえ。だがマシな奴もいることは確かだ。お袋とあの連中を頼んだぜ」
そう言った郷の足下から黒い炎がメラメラと燃え上がった。
一気に燃え上がるとそこには黒い翼を六枚広げた郷の姿があった。
全身を黒い炎が覆っているように見えた。
「驚いたか?これが真壁郷の、悪魔王ルシファー様のほんとうの姿だ」
「ううん…私にはどっから見ても郷だよ」
郷がこの姿になったということはただ事じゃない。
「どうしたの?なにがあるの?」
私の問いに郷は空を指して言った。
「地獄が地球(エデン)に迫っている。あと二十日で到達する」
「なんだって!!」
白神先輩が叫んだ。
「地獄……?」
「地獄とは私達悪魔が住む世界。宇宙の果てにある、あらゆるものを、命も光すら飲みこむ巨大ブラックホール。
その超重力の井戸の底にあるのが地獄よ。その地獄がブラックホールごと地球(エデン)に向かってるの。あと二十日で間違いなく地球(エデン)はおろか太陽系が飲み込まれるわ」
「ど、どうして地獄が……」
「悪魔の宇宙が不可能となったら新しい宇宙を創造させないためにおまえを殺す。
これは最初から決まっていたんだ。ところが俺が裏切ったから奴らは地獄を使って太陽系ごと消しちまおうって考えたのさ」
「そんなことが…」
「まあ、そういうわけだから俺様が地獄を破壊してくるってことだ」
郷の言葉に白神先輩が頭を振る。
「無茶だ!!地獄を破壊するなんて強大な魔力を必要とする!それに仮に破壊できたとしてもその後に40数千万もいる悪魔の軍団とたった一人で戦おうというのか!?」
「一人じゃないわ。私も行くの」
リリが悪魔の本体に戻って白神先輩に言った。
「待ってよ!!二人とも行かないで!!行ったら殺されてしまう!!」
「ごめんねマリア。もう決めたことなの」
「リリ、考え直して!!」
リリにすがるようにお願いした。
「マリア、泣かないで」
「だってあなたがどうして!?」
涙が頬を伝う。
リリは私の頬をそっと撫でた。
「あなたのこと、最初はムシが好かなかったけど今ではそうでもないわ」
「お願い!行ったらダメだよ!!」
リリは優しい目で私を見ながらで首を振る。
「マルコシアス。おまえは残ってお袋のことを頼むな」
「そんな!!俺も行きますよ!!」
「頼む。最後の命令だ」
郷が頭を下げた。
「わ…わかりましたよ…」
郷が白神先輩に最後に言う。
「マリアのこと頼んだぜ」
そう言って翼をはばたかせようとした。
「待って!郷!!」
郷が振り向く。
「お願い!行かないで……もう大切な人を失いたくないの!!」
郷はじっと私を見るだけで何も言わない。
「リリもあなたも大切なの!!」
郷は無言だ。
口許が震えた。
私の中から抑えきれない思いがこみ上げて言葉になった。
「好きなのよ!あなたのことが!!」
流れ落ちる涙と共に、私は自分の気持ちを郷に伝えた。
その言葉を受けて郷は笑顔を見せた。
「ありがとうな」
そして長い指で私の涙をすくう。
「俺は今まで愛なんていうものはこの世にないと思っていた。正直今でもわからねえ。ただ、今の俺の中にある気持ちがもしかしたらそうなのかもな」
郷が私の両肩に手を置いた。
「マリアを思うといつも感じる。甘酸っぱくてなんだかお袋の剥いたリンゴの味に似たような気分だ。小っ恥ずかしいけどな」
郷はそう言うと私の肩をポンと叩いた。
「あばよ」
「マリア。あなたのこと忘れないわ」
「リリ!!」
リリは私を見てニコッとすると空へ飛立った。
あっという間にその姿は見えなくなる。
郷が背を向けて翼を大きく広げた。
「郷!!きっと、きっと二人で帰って来て!!」
私の言葉に郷は後ろ手を振って応えると今度こそ六枚の翼をはばたかせて天空へ飛立っていった。
リリと同じようにその姿は灰色の空の彼方へ消えていった。

二人が飛び去った彼方を残された私達はいつまでも見つめていた。
きっとまた会える……
きっと……
厚い雲に覆われた灰色の空の彼方、雲の隙間からはわずかに陽がさしていた。


END







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