マリアとルシファーとミカエル

文字数 4,745文字

次の日。
昨日と同じように学校に行って、友達と話して、授業を受けて……
そして放課後になった。
詩乃はバンドの練習で一緒には帰らない。
「じゃあ後でな」
ギターを担いだ詩乃は後ろ手に振ると教室から出て行った。
「マリア、今日も昨日のお店に寄って行かない?」
「ごめん美羽。私、ちょっと寄るところがあるんだ」
「えっ?そうなの」

美羽と明日一緒に帰る約束をして私は旧校舎へ向かった。
旧校舎の造りは私達のいる校舎とほとんど同じ。
建物の真ん中に時計台があって、壁も白い。
ただ、私達の校舎がコンクリートなのに対してこっちは木造だけど…
下校時間ということもあって、見るからにガラの悪そうな生徒がたくさん歩いてくる。
私はその流れとは逆に歩いて行った。
新校舎の人間がこっちに来るのがよほど珍しいのか、すれ違う生徒みんなが私を見る。
正直ちょっと怖い…
でも詩乃の言ったことが本当なら何も起きないはずだ。
玄関の前まで来た。
私は真壁郷のクラスを知らない。
だから誰かに聞かないと……
「あれ?向こうの1年だよな…… 高原マリアちゃんだっけ?」
「は、はい!そうです!」
派手なスカジャンを着て金髪、左右の耳にピアスを三つ着けた生徒が声をかけてきた。
しかも私の名前を知っている。
「俺、2年の相良っつうんだ。よろしくね」
「どこかでお会いしましたっけ…?」
「ああ、あんた有名だから。なんつっても真壁さんの顔を叩いた女ってさ」
そういうことかぁ…
そうなるよなぁ……
武勇伝作るために学校来てるわけじゃないんだけどな……
「で、こんなとこに何の用?」
まるで怪しい者でも見るような目で相良先輩が見てる。
「郷… 真壁先輩はいらっしゃいますか?」
「えっ?あんた真壁さんに用事!?」
「はい」
一瞬驚いて目を丸くした相良先輩は、すぐに笑顔を見せた。
「オッケー!取り次いでやるからついてきな」
「ありがとうございます」
相良先輩の後にしたがって旧校舎の階段を上がっていった。
人気者なのか、みんな相良先輩に声をかけていく。
それにしても……
私達の生活範囲(新校舎)では想像もできない光景だった。
ガラスは割れ放題、壁は落書きだらけ。
階段でタバコを吸っている人もいればなんで廊下にバイクが置いてあるの?
気を取られているといつの間にか相良先輩と距離が開いていた。
階段の角を曲がる後ろ姿が見えたので後を追う。
「きゃあッ!!」
駆け上がって曲がるといきなりタバコの煙を吹きかけられた。
「ゴホッ!ゴホッ…!!」
「ヒャッハ――!!大丈夫ゥ?」
「ヒャハハッ!新校舎のお嬢ちゃんがこんなところに何の用?」
私が咳きこんでるのを見て笑ってからかう不良2名。
あからさまにバカにした笑いかたのせいで頭に血が昇った。
「ちょっとォ!なにすんのよ!?」
「へえ?威勢がいいね」
「オマエ、気の強い女好きだよな?やっちゃえよ」
「そうだな。なあ、ちょっと俺らに付き合えよ」
不良の1人が私の肩に腕を回してきた。
「えいッ!!」
「ギャッ!!」
相手の腕を取り捻りあげた。
体勢が入れ替わり、私が後ろになった。
「どう?人をバカにしたこと謝る?」
「いてて… はっ離せよ…」
反省0だな。
「言われなくても離すわよ!!」
そのまま両手で突き飛ばすと壁に激突した。
顔面からぶつかったせいでその場に座り込むともう1人が私に襲いかかった。
「舐めるなガキッ!!」
身をかがめてパンチをかわすと相手の腹を思い切り蹴りとばした。
「~~――!!」
声にならないような呻きとともに背中から壁に激突して倒れ込む不良。
「あっ!ごめんなさいね」
今更だけどおしとやかに言ってみた。
カッとしたとはいえ、なんてはしたない……
「こ、このやろう…」
「許さねえ」
顔を歪めながら立ち上がる2人。
まだやるか!?
それにしても相良先輩はどこいっちゃったのよ?
「オーイ!おまえら止めときな」
階段の上の方から相良先輩の声がした。
見ると階段の影から相良先輩が顔だけ出している。
「さ、相良…」
「なんだよ!?関係ねえだろう!?」
見上げて言う不良。
「その子、真壁さんのお客だぞ」
この一言で不良達は硬直したようになった。
そして顔を見合わせると私に向かって不自然な笑顔を向けてきた。
「なんだ~ 真壁さんの知り合いなんですね~ 早く言ってくださいよ」
「ごめんね。勘弁してくださいね」
あまりの豹変ぶりにきょとんとしていると、いきなり床に手をついた。
「すみませんでした!どうか許してください!」
「どうかこのことは真壁さんには内緒に!!お願いします!!」
無言だったことが怒っていると感じたのか、いきなりの土下座!!
廊下を歩く他の生徒(不良)も「なんだ?」という風に注目している。
このままでは変な武勇伝がまた追加される……
「あ、もう気にしてないので顔を上げてください」
しゃがみ込んで言った。
「ほ、ほんとうですか!?」
「はい。大丈夫です」
この場は笑顔でも作らないと収まりそうにない。
「ありがとうございますぅ!!」
「ありがとうございました!!」
最後に大きな声でお礼を言われた。
「よし。行こうか」
いつの間にか私の横にいた相良先輩が階段の上の方を指して言った。
「しかし強いねぇ~ なんかやってるの?」
「ハハハッ… ええ、少々…」
留学前に神尾先生から簡単な護身術は教わったけど……
昔っから女のわりにケンカ事は強いんだよな~
その分、運動神経も良いけど。
相良先輩が案内してくれたのは屋上だった。
これまた荒れ放題な感じ。
なんで学校の屋上にビールのケースが散乱してるんだろう?
雑草も生えてるし。
そんな屋上の真ん中に目をやると……
な?なにあれ…?
屋上のど真ん中でビーチチェアに長い脚を組んでふんぞり返りながらトロピカルドリンクを飲んでいる上半身裸の生徒が一人……
お…屋上バカンス!!?
屋上バカンスをしていたのは郷だ!!
なんか…帰ろうかな……
「ちょっと待ってな」
入口から少し出たところで私を止めておくと相良先輩は歩き出した。
「真壁さ~ん!!」
相良先輩が近付きながら呼ぶと郷は面倒くさそうに起き上がった。
「なんだよ?」
「お客さんッスよ」
「俺に客ゥ?」
「オーイ!」
相良先輩がこっちに手を振りながら呼んだ。
郷がこちらに顔を向ける。
そして私の姿を見ると驚いたように立ち上がった。
歩いていく私。
郷の二三歩手前で止まった。
「なんだよ?こんなところに」
郷が私を見て言う。
「ちょっと…… 話したいことがあって」
「話し?」
首をかしげる郷を相良先輩が肘で小突いた。
「さすがッスね!じゃあ邪魔者は引き上げますよ」と、ニヤニヤしながら私と郷を残して去って行った。
なにか壮絶に勘違いしてるんじゃないだろうか?
猛烈に嫌な予感がしてきた。
「話しってなんだよ?」
とっても面倒くさそうに聞いてくる。
上半身裸の郷は無駄な肉がなくって引き締まってる。
胸元のシルバーネックレスがキラキラ光ってた。
なんかドキドキしてきた……
「その前に服着てよ」
視線をそらしてビーチチェアの下に無造作に置かれた制服を指す。
「ああ。ワリィ」
郷が制服を着る間、私は背中を向けていた。
「こんなとこでなにしてたの?」
背中を向けたまま聞く。
「ああ。陽があたって気持ちいいんだ」
ここは学校なんだけどな……
「で?なんなんだよ?」
制服を着た郷が両手を上に伸ばしてあくびしながら聞いてきた。
これが人の話を聞く態度だろうか!?
おっと……
落ち着けマリア。
ふうっ… と息を吐いた。
「私、昨日のこと謝りにきたの」
「は?」
「ごめんなさい!」
頭を下げて謝った。
「よせよ。俺は謝られるようなことに心当たりはねえよ」
「でも叩いたことは悪いことだし」
「気にしてねえよ。だからオマエも謝るとかするなよ」
郷は軽く笑って言った。
昨日とは全然違って、なんだか優しい。
「ありがとう…」
「俺の方こそ気にしてたんだぜ」
「えっ?」
「なんだって泣いたんだよ?」
「ああ… あれね」
私は昨日の夜、神尾先生と話したことを郷に話した。
友達として期待のようなものを抱いていたことを。
「ダメだな」
「えっ?」
「オマエとは友達なんてなれねえよ」
「やっぱり怒ってるの…?」
「いや」
郷はいきなり私の腕をつかむと抱き寄せた。
「きゃあっ!」
そのままソファーに倒れ込む。
「ちょちょっ… ちょっと!!なにすんのよ!?」
突然のことに頭がパニックになってる。
何が今起こってる!?
郷の身体から漂う柑橘系の香りがよけいに思考を混乱させる。
「マリア」
郷が私の名前を呼んだ。
目の前にある郷の整った顔。
綺麗な薄紫色の瞳。
私はすごいドキドキして……
こんなにドキドキしてたら郷にわかってしまうんじゃないかってくらい。
「俺の女になれ」
郷は私を見つめて短く言った。
全身が熱くなった気がした。
「返事は?」
聞かれても答えられない。
自分がどうにかなりそうなくらい変な気分。
「まあ、返事なんかいらねえか。これで俺の女だ」
郷はクスッと笑うと顔を近付けてきた。
ダメダメ…… これ以上は――…
郷の吐息を感じて唇が触れそうになった……
「いいかげんにしろッ!!」
バチ―――ン!!!
これ以上はないくらい引っ叩いた。
咄嗟に郷から離れる私。
信じられないといった顔で私を見る郷。
「あんた私の話し聞いてたの!?友達っていったじゃん!!」
「おっかしいな。今までみんなこれで落ちたんだけどな」
首をかしげる郷。
……
頭痛い。
どこの世界にいきなり抱かれて××されて惚れる女がいるんだって!?
「とにかく!そういうことは他の人とやってちょうだい!私はあんたと友達以上になる気はないの!それが嫌ならもう関わらないで!!」
声を張り上げて叫んだ。
「わかった!わかったよ!」
郷は両手を上げて立ち上がると私のことをなだめるように言った。
「ほんとに?ほんとにもう変なことしない?」
「ああ。しねえよ」
「じゃあ神様に誓って」
私は片手を上げて宣誓のポーズをとった。
郷はそれを見て一言。
「嫌だね」
「はい!?」
「この俺様が神になんぞ誓うかよ」
せせら笑って言う。
あんた変なことしないって言ったじゃんよ!?
「俺が誓うのはマリアだ。マリアに誓う」
そう言うと私と同じように宣誓のポーズをとって言った。
「もう変なことはしねえよ。気が変わらなければな」
言い終わるとフッと笑う郷。
私もそれにつられて笑顔になった。
友達になった私達は連絡先を交換した。
「ねえ?あれ教えてよ」
「ん?」
「ほら、私のこと知ってるって言ってたこと」
「ああ、あれな。ハッタリだよ」
「ハッタリ!?」
何を言ってるんだ!?
「お偉い学者先生のお嬢様が来るって学校の奴らが騒いでたからよ」
それで名前を知ってたのか?
「じゃあずっと待ってたっていうのは?」
私が質問したときに背後から声がした。
「ダメだよ。嘘はいけないな」
振り向くとそこには白神先輩がいた。
「マリア、僕たちが君を待っていたというのは本当のことさ。ハッタリでもなんでもない」
「それってどういうことですか?」
私が聞くと郷が舌打ちした。
「おまえ、本当のことなんざ言っても信用されるわけねえだろ?」
本当のこと?
「実演も兼ねれば信じざるえなくなるよ」
白神先輩が郷に笑顔で答えた。
この二人がなにを話しているのか私にはさっぱりわからない。







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