第35話 3-12 消えるユダヤ人

文字数 777文字

『教職員異動の通知』
 大学の掲示板には教職員の異動も掲示されるが、最近までその殆どはユダヤ人教職員の退職であった。粘土板の解読を依頼してきたユダヤ人の指導教授は手持ちの資料をステラに託すと教職の場から去った。
 暫く振りの掲示はユダヤ人教職員を庇って最後まで退職に反対していたドイツ人学長の異動を告げていた。
(ユダヤ人が消えていく)
 ユダヤ人達の行く末に不安を感じるステラの元へハナから手紙が届いた。
 無事です、元気です、との報告と、笑いを込めた愚痴が書いてあるのを読んで和やかになろうと期待したステラだったが、手にした封筒の宛名書きの乱雑さから異変を感じた。
 開封して読み進めるが、いつもの流麗さのない書き殴った文字を追っても上滑りするだけで、何を言いたいのか頭の中に入ってこない。
 或いは然に非ずで、文意の理解を拒んでいたのかも知れない。

『これが最後の手紙にならない事を祈らずにはおられません』
 この一行でステラは混乱に陥った。
『私達親子三人強制的に連行された。私に渡された契約書には二か月で終了予定と書いてあるが信用出来ない。強制労働は劣悪な環境と聞いている。父と母と私は別々に働かされる。男は林業、採掘場、土木や建設工事。女は工場、農場。私も明日にはどこかへ連れて行かれる。自由に手紙を書けないかも知れない。元気でね。  ハナ リリエンタール』
 震える手のまま手紙の字を追う度、どこに行くの、なぜなの、と口から言葉が零れる。

 責任の一端は暗殺事件を止められなかった自分にあるのではと、自らを追い詰め胸が苦しくなる一方で、せめてハナだけでも何とかしなければと、自己暗示を掛ける如く自分に言い聞かせる。

 熾烈さを増すユダヤ人迫害からハナを救う為に立ち向かうと決めたステラだったが、世の趨勢と宿命に翻弄されて犠牲を強いられる等、この時はまだ知らなかった。
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