□ 十八歳 春⑤

文字数 8,855文字

 選択科目は極力、医学部生が興味を持ちそうにもないものばかりを選んだのが功を奏して、ほとんど知り合いには会わなかった。いや、ちらほら同期生らしき人間もいたかもしれないが、一学年百人もいると、顔と名前が一致しないメンツばかりであり、私は全く気付くことがなかった。一日、私を知らない人間ばかりに囲まれて講義を受けていると、孤独よりも安心感が増した。
 医学英語や医系数学など、学科生が集合する講義の前後は、さっちゃんとは口を聞かないことにした。さっちゃんは強く反対したが、私がどうしても耐えられなかったのだ、他人の冷たい視線に。『私達と佐倉さんを差別している』と言った井上さんの発言は学年中に広がっている。あいつは悪い奴だ、という考えが皆の中により深く浸透するのが怖かった。
 それでも、医系講義がない日はさっちゃんとお昼を一緒に食べたし、お互いの講義が終われば、私達はヤマダスーパーで落ち合って、下らないことを喋って過ごした。
 あのスーパー周辺は学科生がほとんど近寄らないエリアだった。大抵の同期生は、本学の東側の駅近くに住んでいて、生活圏は交わらない。母親が勝手に決めた住処だが、たまたま良いところを選んでくれたことに感謝している。
 火曜日は医学部キャンパスで医学基礎講座が一日中続く。火曜はさっちゃんはいないものとして割り切って諦めることにした。ことある毎に陰口を叩かれ、時には面と向かって嫌味を言われる一日だが、心に殻を被せて耐え凌ぐことはそれほど難しくなかった。
 ただ、時々さっちゃんが物言いたげにこちらを見ているのには閉口した。どうしてわざわざ火種を作ろうとしているのか、分からない。進藤さんだけでなく、多くの人間が佐倉慧と親しくなりたがっており、彼らはさっちゃんの一挙手一投足を注意深く見ている。さっちゃんが不用意に私を見ていると、また下らない陰口の原因になるのに。

 今週我慢すれば、ゴールデンウィークだ、という月曜の夜遅くに、突然さっちゃんから電話がかかってきた。月曜の彼女は家庭教師のバイトの日だから、お昼ご飯の後お喋りして夕方また明日と別れた。特に何か電話がかかってくる心当たりはなかったし、お互い電話が好きでないので、用事もなくかかってくるとも思えなかったのだが。
「ごめん、こんな夜更けに」
「ううん、大丈夫。ただボーッとテレビ見てただけだから」
「・・・明日、講義終わったら、私そのまま実家に帰ろうと思ってるんだ。だから明日は車で行くんだけど、あゆ、乗ってかない?」
「え・・・」
「学生用の駐車場は北側だから、誰にも見られないと思うんだけど」
「・・・でも、男子は何人か、車の人いるし」
「大丈夫、連中がいつも停めているところは分かってるから、極力離れたところに停めれば、見られないよ」
「・・・うん・・・」
「ね? 一緒行こう?」
「・・・分かった。でも、どこで待ち合わせるの? 私のマンションの周り、道が狭くて、下手な人は危ないよ」
「え、運転には自信ありますけど? なんてね、そんな狭いのなら、近付くのはやめとくよ、国道のところまで来てくれると助かる」
「じゃあ、この間、送ってくれたところで待ってる」
「ああ、あのバス停のところ? 分かった。・・・ありがと、あゆ」
「え? どうして?」
「ううん、何でもないや。じゃ、明日ね、大体八時くらいに」
「うん、頑張るよ、寝坊しないように」
「・・・おやすみ、あゆ」
「うん、おやすみー」
 電話を切ってもしばらくは違和感が気になった。何だか元気がない?
 とりあえず、明日は車で行ける。それはとても楽だ。家を出るのも三十分以上遅くなる。私は何となくモヤモヤしたが、すぐに忘れてしまった。

 朝。私は巨大なスーツケースを引っ張って、待ち合わせ場所に急いだ。どうせなら私も帰省してしまおうと荷物を持ってきたのだ。帰りは贅沢して駅までタクシーにでも乗ってしまおうかと思って。
「何、これ、あゆ、夜逃げでもするつもり?」
 トランクにスーツケースを入れるのを手伝ってくれながら、さっちゃんは呆れたように言った。
「違うよ、色々持って帰ろうと思って」
「たかが一週間帰省するのに、こんな大荷物いるの?」
「だから、違うんだって。邪魔なものを実家に持って帰ろうとしてるの。母親が勝手に持たせてきた変なものとか。捨てれば良いのかもしれないけど、何だかもったいなくて」
「まあいいけど・・・」
 変な顔をしながら、さっちゃんは助手席の扉を開いてくれた。
「どうぞ、お嬢様、私めの車にお乗り下さい」
「しかし、まさかさっちゃんがこんな可愛らしい車に乗ってるとは」
「何、似合わないって?」
「ううん、すごくらしいなって思うけど。ミニクーパーとか乗るの初めて」
「なんか、イヤミっぽい気がするんだけど」
「気にしすぎだよ」
 ・・・何だか、変だ。妙に落ち着かない。車内が狭いからか? それとも、友達の車に乗るのが初めてだからか? 私はそわそわしながら窓の外ばかりを眺めていた。
「ごめんね、無理に誘って」
「え、突然何? 私は楽できて嬉しいけど」
「そ、なら良いけど」
 さっちゃんは妙に元気がなかった。運転しているから緊張しているんだろうか。
「あゆ、もう、いい加減に、一緒にいられないかな」
 突然、さっちゃんがまた脈絡のないことを言い出した。
「何、どうしたの」
「あゆがみんなのことを気にしてるの、分かってるけど。こんな風に周りの顔色を伺って口も聞かないなんて・・・辛いよ」
「・・・」
「・・・私にとっては、あゆが一番大切なんだけど」
「・・・」
「あゆさえいれば、あとの人はどうでもいい」
「な・・・何を、言ってんだか・・・」
「ごめん、さすがに変なこと言ったよね・・・でも、それが本音だから」
 それっきり、私達はもう何も話さなかった。

 駐車場はがらんとしていた。一年以外の学年は講義がないらしく、遠くにぽつぽつ車が止まっているだけで、私が恐れているようなことは何も起こらなかった。
 トランクから荷物を出そうとして、さっちゃんに止められた。
「帰り、途中まで送ってくよ。そんな荷物持っての移動は大変でしょ」
「でも、私、高速船で帰るから」
「どこから」
三珠(みたま)港」
 三時間近くかかるが、電車で医学部前駅から一本だ。
「三珠!・・・私の帰り道の途中だよ。送ってくよ・・・あゆが嫌じゃなかったら」
「え、それは・・・申し訳ないよ」
「だから、別にいいんだって通り道だから。それとも・・・あゆは・・・あー・・・私の運転技術を信用してない?」
「それはない。ここまで来るのも、めちゃくちゃ快適だった」
「じゃ、いいよね?」
 どうしたんだろう、何となくさっちゃんがいつもと違う気がして仕方なかった。
「あゆ、一緒にここまで戻って来るの嫌なんだろうから、私、帰り、ここで待ってるから。ゆっくりあゆのペースで戻ってきてね」
「・・・うん」
「先に教室行きなよ」
「うん・・・また、帰りね」
 私は混乱しながら、ぼんやりと教室へ歩き出した。何か、さっちゃん、あったんだろうか?

 講義はずっと上の空だった。教養科目ならともかく、医学基礎講座はぼんやりしていてはいけないと分かっているのに、全然身が入らない。今朝のさっちゃんの変な感じが心に引っかかって落ち着かなかった。
 そのため、周りの冷たい態度やヒソヒソ聞こえてくる陰口も全く気にならなかった。普段は絶対意識して堂々と背筋を伸ばしているつもりだけれど、今日は時折貧乏揺すりすらして、妙に苛々しながら時間を過ごした。
 見てはいけないと思いながらも、つい、向こうのほうに座っている、さっちゃんを見てしまう。べったりくっついている進藤さんの話に、何か相槌を打っているのが見えて、またイラつく。
 あーもー、今日はなんか、もう帰りたい。
 帰省するから、気持ちが緩んでしまったんだろうか。こんなにイライラするなんて、いつもの私らしくない。

 やっと五限が終わり、集中できない講義から解放されて、ホッとしたところで、聞きたくもない会話が聞こえてきた。
「やっとゴールデンウイークだね! 慧は、休み中どうするの?」
「実家に帰省する」
「えーそうなんだ、美咲は? どうするの?」
「私は、久しぶりにおばあちゃまの家に遊びに行こうかなーって思ってる」
「ああ、美咲はそもそも実家から通ってるんだっけ」
「そうだよ、私と美咲は実家暮らしだよん、いいでしょラクだよ」
「まあ、そうだね」
 さっちゃんと、進藤さんと、瀬川さんだ。世間一般的には、あの三人が仲良し三人組、ということになっている。医学部キャンパスにいる時は勿論、医系講義は大抵三人でいる。そもそも出席番号が連続しているから、常に一緒にならざるを得ないのだけど・・・視界に入るともやもやするから、基本的には見ざる聞かざるの精神で、やり過ごす。今だって、さっさと耳を塞いで、立ち去ってしまいたかった。
 進藤さんが妙にねちっとした目つきで話を続ける。
「ねえ、慧はいつ、帰るの?」
「え、これから帰るけど」
「じゃあさ、一緒にご飯食べて帰ろ? しばらく会えなくなるんだから、ね? いいでしょ?」
「いや、ごめん、寄って帰りたいところがあるから・・・ごめん、無理」
「えーどこ行くのよ? ちょっとくらい良いじゃない」
「遅くなれないから」
「どこ行くの?」
「し・・・んせきの家」
「ああ、カテキョ先の? 繭子んちの近くの?」
「ええっ、繭子の家ってあの辺りなの」
「もー慧、知らなかったのー?」
「・・・そうなんだ」
「じゃあさ、うちでご飯食べる? 慧、用事が済んだら、うちにきたらいいじゃん。美咲と待ってるよ」
「いや、時間が読めないし・・・向こうで何か準備してるかもしれないし・・・うち、農家だからさ、あんまり遅く帰ると怒られるし」
「怒られるって、小学生じゃないんだから、大丈夫よー」
「とにかく!・・・ごめん、今回はパスで。じゃ、もう行くね、バイバイ、また休み明けに」
 慌てて帰っていくさっちゃんの後ろ姿を、奇妙な表情で見ている進藤さんの横顔を見てしまって、私はぞっとした。
「・・・なーんか、ヘンだなぁ、慧」
「そう? 私は気付かなかったけど」
「なんか、やーな予感がするなぁ」
「イヤな予感って?」
「別に。じゃ、私、帰るわ」
「え、ご飯食べて帰らないの?」
「慧がいなかったら意味ないもん、帰る」
「あ、そう・・・?」
 瀬川さんを置き去りにして去っていく進藤さんに、私は圧倒されて身動き出来なかった。
 ・・・何なの、あの人・・・。瀬川さん、可哀想くない?・・・まあ、余計なお世話だと思うけど・・・。
 私はそっと一番遠くの扉から教室を出て、付属病院の方へ向かった。・・・特に用事はないけど、直接駐車場に行って、万が一誰かに見つかるのが、とても怖かった。

 キョロキョロオドオドしながら、さっちゃんの車まで戻ると、さっちゃんが怖い顔で待っていた。
「遅い、あゆ、何やってたの」
「え、遠回りしてきたから・・・」
「迷子にでもなった?」
「・・・う・・・ん」
 違うけど。本当のことが言えなくて、私は曖昧にうなづいた。
「・・・きてくれないかと思ったんだから」
「ええっ荷物あるのに?」
「うん、人質ならぬモノ質をとってるから、大丈夫だと思ったけど。でも、あまりにも遅いんだもん・・・不安になるでしょ」
「それは、ごめん」
 さっちゃんは、さっきの会話を私が聞いていたとは思いもよらないらしい。全く何事もなかったような顔をして澄ましている。その横顔を見ているとイラッとして、つい、つまらないことを口にしてしまう。
「進藤さん達は、本当に良かったの?」
「え、何が」
「ご飯行こうって言われてたじゃん」
「・・・聞いてたんかい」
「出入り口のそばで喋ってれば、聞きたくなくてもみんな聞こえますよ、ホント、通り道で立ち話なんて」
「あゆをイライラさせるようなことは言わなかったと思うけど」
「イライラなんてしてない」
「・・・そ」
 クスッと笑われて、私は何だか頭に血が上る感じがした。何なの、その笑いは!
「とにかく、私はあゆを選んだんだから、そんな怒らないの、ね?」
「う・・・」
 なんか違う、と思いつつも、私はついニヤっとしてしまう。これが、いわゆる優越感ってやつだろうか。妙に良い気分だ。
「お腹すいたねー何食べよっか」
「親戚のお家は?」
「だから、あれは、何て言い訳すればいいか、とっさに思いつかなかっただけだから!」
「へへへ・・・何食べよーかなー」
 しかし繭子ン家の近所かあ危ないな気をつけよう、とボソボソさっちゃんが呟いているのが聞こえたけれど、浮かれている私は気にも留めなかった。

 夕ご飯は奮発することにして、ものすごく雰囲気のイイ、隠れ家的なレストランに連れて行かれた。さっちゃんの高校の同窓会をしたんだという。なんて洒落た元高校生達なんだろう。何となく、さっちゃんらしいな、という雰囲気だ。
「ここって、カップルじゃなきゃ入店出来ない系なんじゃ」
「私達もカップルでしょ、二人なんだから」
「いや、今は英語の話じゃなくて」
「大丈夫、それほどの店じゃないから」
 いやー無理でしょー肩身が狭いーいやーちょっとー。
 私がまごついているのを知らん顔して、さっちゃんは私を引っ張っていく。・・・手首を握るさっちゃんの手が、ものすごく冷たくてびっくりして、つい、なすがままになってしまった。
 私の心配は、正に無用だった。家族連れもいれば、いかにも女子大生達、という集団もいる。勿論、カップル連れも多いけれど。
 よくよく考えてみれば、さっちゃんと夕ご飯を食べるのは初めてだ。私は緊張してしまって、メニューを見ていても頭に入らない。
 友達と夕ご飯、まるで本物の大学生みたいだ・・・。まさか、こんな日が私にも来るなんて・・・。
「またオムライスなの? あゆ。たまには違うものにしたら」
「いいの、卵とケチャップをこよなく愛しているから」
「ミニトマトは丸呑みにするのに?」
「もう、それは忘れてよ」
 間接照明が素敵な内装をより一層綺麗に見せている。こんなレストラン、一生縁がないと思っていたのに。ついあちこち見回している私を、さっちゃんは頬杖をついたまま呆れたように見ている。
「そんな、そわそわしないでよ。別に、悪いことしてるわけじゃないんだから」
「なんか、いたたまれないのよ、あまりに素敵で」
「そお? まあ、あゆが気に入ってくれたなら嬉しいけど」
「気に入る気に入る、私、こうゆう雰囲気、大好きなの」
「ふーん・・・」
 ・・・やっぱり、さっちゃんは、何かおかしい。
「さっちゃん、何かあった? 今朝から、ずっと何だか変なんだけど」
「ううん、別に。・・・もう解消されたから」
 言いたくなさそうなので、それ以上何も聞けない。でも、明らかに朝の様子と違って刺々しさがなくなっているから、まあいいか、と私は、それ以上追求するのを諦めた。
 いつもなら二人して途切れなく喋り続けているのに、今夜はほとんど会話にならなかった。食事が想像のはるか上をいく美味しさだったからかもしれないし、やっぱりさっちゃんが変だったからかもしれないし、私が緊張していたからかもしれない。妙に静かに夕食を終えてしまった。
「あゆ、船、何時なの?」
「さあ」
「さあって、知らないの?」
「一時間に一本なのは知ってる。最終が十一時半なのも」
「最終に乗って、家に帰れる?」
「向こうで・・・その、迎えが来てくれるから」
「そう、じゃあ、遅くなっても平気か」
「でも、さっちゃんは怒られるでしょ? 遅いと」
「別に。うちの家族は九時前にはみんな寝てしまうから。帰ったって、誰も待っていないよ」
「・・・どうやって家に入るの?」
「合鍵持ってるに決まってるでしょ」
「あ、そうか・・・」
 当たり前のことなのに全然思い至らなかった。私、頭大丈夫かな・・・。
「・・・行こっか」
「うん、よろしくお願いします」
 頭がぼんやりしてすっきりしない。さっきのオムライスに睡眠薬でも入っていたのか?・・・そんなわけない。何だろう、このふわっとした感じは。
 さっちゃんは、何となく変な表情を浮かべたまま、粛々と運転する。広い道路に行き交う車はまばらで、何をそんな微妙な顔をして運転しているのか、全然分からない。
「・・・勇気出して、良かった・・・」
「え? 何が」
「送ってくよって私が言った時、あゆ、すごい迷惑そうだったから、さ」
「え、全然そんなこと思わなかったよ? 遠いから、さっちゃんに悪いな、って思ったけど・・・」
「けど?」
「・・・ラッキー、とも思った」
「・・・どうして」
「だって・・・荷物重いしさ」
「ああ、そっち」
「どっち?」
「ううん、何でもない」
「・・・なんかやっぱ今日ちょっとさっちゃん変だよ」
「・・・」
「なんか、変。・・・黙ってばっかりだし・・・言いたいことがあるならはっきり言ってくれないと分かんないよ」
「・・・」
「まあ、私じゃ頼りないかもしれないけど、何か気になってることがあるなら」
「・・・あんまり、言いたくないんだよ・・・変に思われるから」
「変になんて思わないよ」
「・・・絶対、変だと思うから」
「何で、そんな風に私を疑うんだ」
「疑ってないよ、別に。・・・ただ、言いづらいんだよ」
「・・・もう、いいよ、私じゃ役者不足なんでしょ」
「・・・」
 何なんだ、この人は。どうして私を頼ってくれないんだ。そりゃ、あまり役に立つと自信持って言えないけど、聞くことはできるし、悩みは人に話してるうちに解決するってこともある。・・・それとも、私はそういう友達じゃない?
「・・・いや・・・あー・・・あゆがさ、火曜は話しかけてくるな、って言うから、私もまあ、仕方ないかなとは思っているけど。ゴールデンウィークで会えなくなるのに、今日、話せないのは、イヤだなぁ、って思ってて」
「・・・」
「だから、強引に送ってくって言ってしまって、あゆ、すごく迷惑そうな顔してたから、失敗したなって思ったんだけど」
「・・・」
「さっきレストランであゆが嬉しそうだったから、良かったなぁって思って・・・嘘ついた甲斐があったっていうか」
「嘘って?」
「三珠、通り道じゃ全然ないんだよね」
「えっ? はあ?」
「方向違うんだよね・・・」
「え・・・あ・・・どうしよ」
「いいの、私があゆと一緒にいたくて、したくてしてることなんだから。心配しなくてもちゃんと送り届けるから」
「・・・私、どうするのが正解なんだろう・・・」
「何も聞かなかったことにして、隣に座ってて」
「そんな・・・」
 それじゃなくても頭がぼーっとしているのに、全然想定外の話で私は言葉に詰まった。
「どうお礼をすれば良いか分かんないよ」
「お礼なんか、別にいらないよ」
「ほんっとに、申し訳ない」
「・・・じゃあさ、こうしよ、こっち帰ってくる時、私、迎えに行っていい?」
「え、そんな」
「で、私の部屋に一緒に帰ってきて欲しい」
「・・・は?」
 意味がよく分からないんですけど。
「なるべく早くあゆに会いたいから・・・ってダメなの?」
「いや、別に、私は、特に、問題もないっていうか」
「じゃあ、いいよね」
 ・・・何か変じゃない?
 ・・・これが「変に思う」ってやつ?
 まあ、いいや、考えてもよく分からないし。友達がいたことがない私が考えたって、理解できるわけもないよね。
「なんか、さっちゃんって」
「ん?」
「聖人君子ってやつ?」
「はあ? 何言ってんのか分からないんだけど」
「私、甘やかされすぎじゃない?」
「・・・さあ」
「ラクしすぎじゃないかな、もっと大学生活、辛くて苦しいものだと思ってたんだけどな」
「・・・」
「さっちゃんがいると、私、楽しくて嬉しくて幸せすぎて、いない時の苦しさが倍増するんだよね」
「だからいつも一緒にいようって言ってるのに」
「嫌だよ」
「え・・・」
「だって・・・いつかは絶対、離れなきゃいけなくなるんだから・・・これ以上依存するのは怖いの」
「・・・離れなければいい」
「何言ってんの、そんなこと出来るわけない」
 ・・・出来るわけがない。

 あまりにも道路が空いていて、想定よりずっと早く三珠港についた。
「次の出航まで、四十分もあるよ」
「いいよ、あゆが船に乗るまで待ってる」
「だーかーらー」
「ほら見て、あゆ、さすが田舎は違う、星がすっごくたくさん見えるよ」
「ほわー・・・」
 港の周辺は広く開けていて、空がぐるっと頭上を覆っていた。人生でこんなにたくさんの星が見えたのは初めてで、驚きで見入ってしまった。
 すぐ隣に立っているさっちゃんも、呆然としているのが見えて、なぜかものすごくほっとした。同じものを見て同じように思う友達が、私にはいるんだ、と思うと気負っていた気持ちが消えていく気がした。
「あゆ、約束して。毎日電話するから、ちゃんと取って」
「えー責任重大」
「出てくれるまで、何度も電話するから」
「・・・大丈夫だよ、ちゃんと出る」
「ちゃんと、大学、戻ってくるよね?」
「そりゃもちろん。私にはこれしか道がないもん」
「?」
「どんなに辛くて嫌な思いをしても、敷かれたレールの上を走ってればいつか終点に着くもんね」
「どういうこと?」
「大学。もう、ホント、毎日人間関係に嫌でうんざりするけど、どうせ六年間、我慢すれば終わるってこと」
「・・・そう」
「でも、さっちゃんがいなかったら、もしかして辞めたかも大学」
「え?」
「もっと遠くの、それこそ私のことを誰も知らないところに行きたくなったかも」
「・・・」
「さっちゃんがいる間は、辞めないけどね。・・・さっちゃんに会えなくなる方が絶対辛い」
「・・・あゆ・・・それって・・・」
「さてと、そろそろ乗船の時間じゃないかな。さっちゃん、本当にこんな時間まで付き合ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね?・・・あ、そうだ、お家に着いたら、メールくれる? 心配で夜も眠れないから」
「ありがと。・・・じゃあ、あゆも家に着いたら、電話してくれる? 心配で夜も眠れないから」
「・・・うん」

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