□ 二十四歳 夏③

文字数 1,764文字

 ドンドンドンドン
「うるさいよ、誰?」
 私はベッドに横たわったまま、大声で応じた。
「お姉ちゃん、ちょっと開けてー」
「は? 何で」
 手にしていたマンガを放り出し、小走りでドアを開けた。
 扉の向こうには大きな箱を抱えた妹の姿があった。
「何それ」
「ママが持って行けって。お姉ちゃんが荷物を入れるのにちょうどいいかと思って」
「だから、え? 何事」
「見てわかんない? 荷物、厚山に送るでしょ? だから持ってく物を入れて送れるように段ボール箱持ってきた」
「それにしては重そうだけど」
 妹がカフェテーブルの上にドン、と下ろすと、すぐに箱の中身を取り出して見せた。
「ママが買い置きしてたメイク落としでしょ、これは新しく替えのタオル、それから私からのお土産、と、ママからのお土産と」
「ちょちょちょ、ちょっと待て! お土産て、どう見ても洋服にしか見えないけど」
「そうだよ、ママと私でこの間、買ってきたの」
「買ってきたの、て……いやいや、要らないから、ちょっと、引き取ってよ」
「ダメダメ、むしろこっちに帰ってくる時に着てた服こそ、置いて帰りなさい。ヨレヨレでみっともなかったよ」
「いや、あのヨレ具合がちょうど良くて、着心地サイコーなの。こんな、スカートとか、何これ、ブラウス? こんなの着ないよ、活動性落ちるじゃん」
「どうせ活動なんかしないでしょ。ちょっとは可愛い服を着てよ。じゃないといつまでも寂しい独り身だよお姉ちゃん」
「余計なお世話だし……ちょっと、これ何」
「ジャムとかピクルスとかじゃん」
「いや、こんな重い物いらないし、これは……かぼす汁! 要らないよ!」
「うるさいなぁ、文句言わずに持って帰れ。突き返されたとかママには言えないよ」
「えー……じゃあ、香が持って帰ってよ」
「いやですー。ってか、私も全くおんなじ物、持たされるんだから。これ以上は要りませんー」
「もー……」
 妹はこれ以上居ては自分が変な物を押し付けられるとでも思ったらしく、慌てて部屋から逃げ出していった。
「あ、そだ、お姉ちゃん、月曜に帰るんだっけ?」
「いや、日曜に船に乗るよ」
「運転気をつけてよ。折角の新車なんだから、早速ぶつけたりしないでよ」
「分かってるわ、うるさい」
 私はやっと国産の小型車を買ってもらうことに成功していた。と言っても、香が車欲しいと父親にガンガン迫ってくれたおかげで、私にも買ってもらえたのが本当のところなのだが。それでも、やっと自分の車が手に入り、めちゃくちゃ嬉しかった。これで買い物に行くにも、どこへ行くにも楽だ。もちろん、実家に帰ってくるにも。
 私は溜息を盛大に吐きつつ、妹が出し散らして行った荷物を再び段ボール箱に入れた。とりあえず持っていかなければ、また母親からも妹からも怒られるだろう、それは面倒だ。薄水色のツルツルのブラウスや、ゴテゴテ飾りのついたデニムスカート、あ、これは普通のデニムと、病院実習用のスラックスもあった。これは有難いや。
 どこで買ったのか不明な、大きな花柄のTシャツが二枚も入っている。これは絶対妹の趣味だ。母は花柄は小花柄と決めている人だから。
「あーどれも私の趣味じゃないんですよ……はぁ」
 ま、どうせ大学では私の服装など誰も気にしていないだろうし、どうでもいいか。
 いい加減に段ボール箱の蓋を閉じ、私は机の上に置きっぱなしだったトートバッグを覗き込んだ。財布の中に船賃が入っているかどうか、ふと気になったのだ。
 あ、そう言えば。蓮田さんに貰った紙袋がそのまま入りっぱなしになっていた。
「そう言えば……何か、もう一個箱があったよね」
 小さな掌サイズの白い紙箱で、包装はされていない。おそるおそる開けると、青いビロードのアクセサリーケースが入っていた。
 ケースを開ける。
「え!」
 思わず、手から落としてしまった。
「……どうして……」
 中身は、あの日無くした、あのピアスだった。
 小さな、五枚の花びらの小花が連なったガラスのピアス。いくつかの花びらが欠けて四枚になっている。
 どうして、ここに、どうして蓮田さんが。
 いや……これは、橋本さんが蓮田さんに託した紙袋に入っていたんじゃなかった?
 どうして……どうして、橋本さんが?
 背筋がゾーッとして、私は震えが止まらなくなってしまった。
 あの日、襲われた時に、無くしたのに……。
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