善意のリレー
文字数 2,055文字
「さっぱりはしたが喉が渇いたままだな」
青年は、シュバルツの顔を横目で見た。一方、少年は小さく頷き、ゆっくり息を吐く。
「だね、冷たいものが飲みたいよ」
「じゃ、昼飯ついでに何か飲みに行こうぜ? 最近噂の」
青年は、そこまで言ったところで話すことを止め、眼前に居る者の姿を見つめた。その者は花束を抱えたシスターで、二人の存在に気付くなり会釈をする。
「こんにちは」
女性は、そう言って花束の位置を下げた。シュバルツは挨拶を返し、アランは花を見つめた。
「そうか、今日は花の日か」
シスターは頷き、軽く目を瞑って話し始める。
「ええ。本当は教派が違うのですが……子供達の為にと。そうだ、これも何かの縁ですから、この花束はお二人に差し上げます」
そう言うなり、シスターは花束をアランに手渡す。一方、青年はシスターに礼を言い、女性は会釈をして二人の前から立ち去った。この時、少年は花束を一瞥してから目線を落とし、小さな声を漏らしていく。
「子どものために苦しまず、互いに愛無き夫婦は、それはもはや人間ではない……か」
アランは首を傾げ、それからシュバルツの方に顔を向けた。
「何か言ったか?」
少年は首を振り、その仕草を見た者は花束を見下ろす。
「そうか。じゃ、お前の分な」
そう言って花束から数本の花を抜くと、アランは抜いた花を少年に渡した。シュバルツは困惑した様子を見せ、青年の顔を見つめる。
「渡されても、俺のうちに花瓶なんて無いよ?」
アランは一笑し、それから花束を肩に乗せた。
「俺んちにもねえよ。これは、可愛い子に貢ぐのさ」
そこまで言ったところで、アランはそっと片目を瞑る。
「お前も、誰かにやりゃあ良いだろ」
その提案を聞いた少年は溜め息を吐き、気怠るそうに言葉を返した。
「俺に、花をあげる相手なんて居ないよ。とりたてて親しい知り合いだって居ないし」
アランは細く息を吐き、自らの考えを付け加える。
「だったら、たまには墓に行って供えてやれよ。お前以外に、そんなことする義理の有る奴は居ねえんだ」
アランの話を聞いた少年は目を丸くし、手を胸の位置に上げて数本の花を見つめる。この際、赤や橙色の花はアランからシュバルツの顔を隠してしまい、青年がその表情を窺い知ることは出来なかった。
「うん。そうだよね……俺くらいしか、だ」
呟くように返すと、少年は細く長い息を吐く。
「これから行ってくる。アランも、花が萎れないうちに……」
言うだけ言って、シュバルツはアランに背を向けて歩き始める。一方、青年は少年の背中を見送り、暫くしてから歩き出した。孤児院を出た少年は、教会の管理する墓地へ向かっていた。彼は、墓地に到着すると全体をざっと見まわし、目を伏せて声を漏らす。
「俺のせいで、こうなったんだしね」
そう言ってから顔を上げ、シュバルツは墓地の奥へ歩みを進める。墓地は、教会から離れるほど雑草で覆われて行き、墓の数も少なくなっていった。しかし、シュバルツが向かう墓は未だ見当たらず、彼は無言で墓地を歩き続けていた。
数十分は歩いた頃、墓地の隅から少し離れた場所で少年は立ち止まる。彼は、そこで墓石に刻まれた名を確認すると腰を折り、手にしていた花を墓に供えた。
「白っぽい石に赤い花って、何だか思い出しちゃうな……あの日のこと」
少年は目を瞑り、ゆっくり息を吐き出した。
「結局、貴女は俺を愛せなかった。元は、それだけのこと」
シュバルツは、そこまで言ったところで立ち上がり、どこか悲しそうに言葉を紡ぐ。
「だから、俺は長居しない。俺は悪い子だから」
そう言うなり踵を返し、彼は自らの家に戻って行った。
シュバルツが花を供えた翌日、彼の家にアランが現れる。アランは呼び鈴を鳴らすと腰に手を当て、少年が家から出てくるのを待った。すると、程なくしてシュバルツは玄関を開け、青年の姿をみとめるなり口を開く。
「おはよ。花をあげた可愛い子は、喜んでくれた?」
そう問い掛ける者の表情はどこか楽しそうで、アランは片目を瞑って問いに答えた。
「喜んでたぜ? ありがとう、お兄ちゃん……って」
返答を聞いた少年は目を丸くし、細く息を吐いた。
「確かに可愛い子だよ、その相手」
少年は微笑み、青年の目を見つめた。対するアランは、シュバルツの目を見つめ返して微笑する。
「お前の方はどうなんだ? ちゃんと、やってきたか?」
問われたシュバルツは頷き、口角を上げてみせる。
「うん。せっかく貰ったから」
この時、アランは安心したような表情を浮かべ、それから新たな質問をする。
「吹っ切れたか?」
その問いを受けた者は微苦笑し、言葉で返事を返すことは無かった。この為、アランはそれ以上話題を広げることは無く、「仕事が入ったらまた来る」とだけ言い残して去った。その後も、シュバルツとアランは子供を助ける仕事を続けていき、それは少年が成人してからも続いた。成人したシュバルツは、保護した子供達から彼の後継者を探し始めるが、それはまた別の話。
--fin--
青年は、シュバルツの顔を横目で見た。一方、少年は小さく頷き、ゆっくり息を吐く。
「だね、冷たいものが飲みたいよ」
「じゃ、昼飯ついでに何か飲みに行こうぜ? 最近噂の」
青年は、そこまで言ったところで話すことを止め、眼前に居る者の姿を見つめた。その者は花束を抱えたシスターで、二人の存在に気付くなり会釈をする。
「こんにちは」
女性は、そう言って花束の位置を下げた。シュバルツは挨拶を返し、アランは花を見つめた。
「そうか、今日は花の日か」
シスターは頷き、軽く目を瞑って話し始める。
「ええ。本当は教派が違うのですが……子供達の為にと。そうだ、これも何かの縁ですから、この花束はお二人に差し上げます」
そう言うなり、シスターは花束をアランに手渡す。一方、青年はシスターに礼を言い、女性は会釈をして二人の前から立ち去った。この時、少年は花束を一瞥してから目線を落とし、小さな声を漏らしていく。
「子どものために苦しまず、互いに愛無き夫婦は、それはもはや人間ではない……か」
アランは首を傾げ、それからシュバルツの方に顔を向けた。
「何か言ったか?」
少年は首を振り、その仕草を見た者は花束を見下ろす。
「そうか。じゃ、お前の分な」
そう言って花束から数本の花を抜くと、アランは抜いた花を少年に渡した。シュバルツは困惑した様子を見せ、青年の顔を見つめる。
「渡されても、俺のうちに花瓶なんて無いよ?」
アランは一笑し、それから花束を肩に乗せた。
「俺んちにもねえよ。これは、可愛い子に貢ぐのさ」
そこまで言ったところで、アランはそっと片目を瞑る。
「お前も、誰かにやりゃあ良いだろ」
その提案を聞いた少年は溜め息を吐き、気怠るそうに言葉を返した。
「俺に、花をあげる相手なんて居ないよ。とりたてて親しい知り合いだって居ないし」
アランは細く息を吐き、自らの考えを付け加える。
「だったら、たまには墓に行って供えてやれよ。お前以外に、そんなことする義理の有る奴は居ねえんだ」
アランの話を聞いた少年は目を丸くし、手を胸の位置に上げて数本の花を見つめる。この際、赤や橙色の花はアランからシュバルツの顔を隠してしまい、青年がその表情を窺い知ることは出来なかった。
「うん。そうだよね……俺くらいしか、だ」
呟くように返すと、少年は細く長い息を吐く。
「これから行ってくる。アランも、花が萎れないうちに……」
言うだけ言って、シュバルツはアランに背を向けて歩き始める。一方、青年は少年の背中を見送り、暫くしてから歩き出した。孤児院を出た少年は、教会の管理する墓地へ向かっていた。彼は、墓地に到着すると全体をざっと見まわし、目を伏せて声を漏らす。
「俺のせいで、こうなったんだしね」
そう言ってから顔を上げ、シュバルツは墓地の奥へ歩みを進める。墓地は、教会から離れるほど雑草で覆われて行き、墓の数も少なくなっていった。しかし、シュバルツが向かう墓は未だ見当たらず、彼は無言で墓地を歩き続けていた。
数十分は歩いた頃、墓地の隅から少し離れた場所で少年は立ち止まる。彼は、そこで墓石に刻まれた名を確認すると腰を折り、手にしていた花を墓に供えた。
「白っぽい石に赤い花って、何だか思い出しちゃうな……あの日のこと」
少年は目を瞑り、ゆっくり息を吐き出した。
「結局、貴女は俺を愛せなかった。元は、それだけのこと」
シュバルツは、そこまで言ったところで立ち上がり、どこか悲しそうに言葉を紡ぐ。
「だから、俺は長居しない。俺は悪い子だから」
そう言うなり踵を返し、彼は自らの家に戻って行った。
シュバルツが花を供えた翌日、彼の家にアランが現れる。アランは呼び鈴を鳴らすと腰に手を当て、少年が家から出てくるのを待った。すると、程なくしてシュバルツは玄関を開け、青年の姿をみとめるなり口を開く。
「おはよ。花をあげた可愛い子は、喜んでくれた?」
そう問い掛ける者の表情はどこか楽しそうで、アランは片目を瞑って問いに答えた。
「喜んでたぜ? ありがとう、お兄ちゃん……って」
返答を聞いた少年は目を丸くし、細く息を吐いた。
「確かに可愛い子だよ、その相手」
少年は微笑み、青年の目を見つめた。対するアランは、シュバルツの目を見つめ返して微笑する。
「お前の方はどうなんだ? ちゃんと、やってきたか?」
問われたシュバルツは頷き、口角を上げてみせる。
「うん。せっかく貰ったから」
この時、アランは安心したような表情を浮かべ、それから新たな質問をする。
「吹っ切れたか?」
その問いを受けた者は微苦笑し、言葉で返事を返すことは無かった。この為、アランはそれ以上話題を広げることは無く、「仕事が入ったらまた来る」とだけ言い残して去った。その後も、シュバルツとアランは子供を助ける仕事を続けていき、それは少年が成人してからも続いた。成人したシュバルツは、保護した子供達から彼の後継者を探し始めるが、それはまた別の話。
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