傷が付けられた理由

　リタが少年の為に軽い食事を用意していた時、アランは雨の中を歩いていた。彼は、難しい表情を浮かべながら少年の家の方へ向かっており、その足元は跳ね返った泥で汚れている。
　
　彼が少年の家の近くまで来ると、そこは以前と同様に閑散としていた。しかし、家の玄関は開かれており、そこには腹を下にして倒れる女の姿が在った。

　それを見たアランは顔をしかめ、目を細めて屋内を観察する。すると、その廊下には赤黒い体液の跡が在り、それは何かが擦れたのか所々掠れていた。

　アランは、暫く屋内を眺めた後で踵を返し、口元を押さえながら教会へ足を運んだ。彼は、礼拝堂へ入るなりトマスに用があると言って内部へ入り、立ち止まることなく目的の部屋に到着する。
　
　青年は、部屋の前で室内の物音を聞きながら呼吸を整えた。そして、彼は中に複数の人間が居ないと確信してからドアを開けた。すると、その中にはトマスの姿が在り、彼は不思議そうに首を傾げて口を開く。

「どうされました？　表情を見るに、穏やかではない理由があるのでしょうけど」
　そう言うと、神父はアランの目を見つめて出方を窺った。対するアランは大きく息を吸い込み、何処か辛そうに話し始める。
　
「アイツ……もう、帰さない方が良い」
　青年の言葉を聞いた神父は目を丸くし、彼が何を言っているか分からないと言った様子で聞き返す。

「仰っている意味が掴めないのですが……先ずは、何故そう思ったかを話して頂けますか？」
　アランは短く頷き、先程見たことを伝えていった。すると、神父の表情は段々と暗くなり、目を瞑って溜め息を吐いた。
　
「何が有ったか定かでありませんが……それが、良い出来事でないのは確かでしょうね」
　トマスは左目を開き、頭を傾ける。

「誰かが強盗目的で家に入り、少年だけが逃げのびたか……あの子は足が速いですから、不可能ではないでしょう」
「だけど、手に怪我をしているってことは、犯人を見ちまったってことだ。下手に家へ戻したらまずい。待ち伏せされて、口封じにやられる可能性がある」
　アランの話を聞いた神父は頷き、自らの考えを付け加えた。

「そうですね。犯人の目に触れさせない為にも、ここで匿うべきでしょう」
　対する青年は小さく頷き、もう一つの可能性を述べ始める。

「だけど、それだけじゃ無い。もし、アイツに怪我を負わせたのが強盗だったとしたら、夜の方が色々と都合が良いだろうし……でかい声で泣き叫びそうな子供、真っ先に手を掛けるもんだろ」
　アランは、そこまで話したところで溜め息を吐き、気怠るそうに話を続ける。
　
「だから……まあ、酷い話だけど、アイツを傷付けたのは家族かも知れねえ。普段から、殴ったりはしていたんだ。ついに刃物を使ったとしたって……驚くようなことじゃない」
　話し終えたアランは目を伏せ、彼の話を聞いた者は眉根を寄せる。トマスは、暫く考えた後で息を吐き、苦しそうな表情を浮かべて言葉を発した。
　
「だったら、尚更帰せませんね。あの少年に嫌われようと、孤児院で保護しましょう。元々関心を持たれていない家族の様ですし……誤魔化すのは、そう難しいことではないでしょう」
　神父は、そこまで話したところで立ち上がり、アランの目を見つめて微笑する。

「孤児院へ向かいましょう。少年と話さなければならないことが沢山あります」
　そう言うと神父は歩き始め、アランは踵を返して部屋のドアを開けた。その後、二人は少年が居る場所へ向かい、食堂へ入る前に顔を見合わせた。

　アランとトマスが食堂を覗くと、そこには毛布に包まれた少年の姿が在った。彼は背中を丸めて椅子に座っており、その対面にはリタの姿が在る。
　リタは、二人の訪問者に気付くなり顔をそちらに向け、どこか安心した様子で口を開いた。

「良かった。お風呂で体を洗ってあげようにも、男性要員が居なかったから」
　彼女は、そう言うとアランを指し示し、口角を上げて話を続ける。
　
「と言う訳でアラン、この子をお風呂場に連れて行ってあげて。私は、その間にタオルや着替えを用意するから」
　突然の指示に青年は目を丸くし、リタに言い返そうと口を開けた。しかし、彼女の考えが分かったのか、無言で頷いて少年に近付く。

「ほら、行くぞ。場所は俺が案内するから」
　アランは、そう言うと少年の右手を掴んで引き上げた。すると、少年は彼を見上げてから立ち上がり、二人は孤児院内の浴場へと向かって行く。

　一方、そこに残ったリタと神父は顔を見合わせ、トマスは小さな声で話し始めた。