飢えし幼子

文字数 1,588文字

 静かな街並みを男性は歩いていた。その男性の年は三十台前半、髪は銀色。体型は細いものの背丈は低くも高くも無い。また、男性は茶色い紙袋を抱えており、そこからは砂糖の甘い香りが漂っていた。男性の尻ポケットには財布が入れられ、それは歩く度に一部が飛び出る。しかし、荷物を持つ男性は、それを気に留める様子を微塵も見せない。
 
 男性の近くには、気配を殺して財布を見つめる者が居た。その者の目つきは鋭く飢えた獣のようで、無造作に伸びた黒髪がそれを助長している。

 その者の体は酷く痩せており、成人の半分程しかない身長から、年齢は五歳程度に見えた。だが、彼の表情に子供らしさは無く、体型に合わぬ服からは腹部が露出している。その腹は、体の他の部位に比べて異様に大きく、何らかの問題を抱えていることが窺えた。
 
 黒髪の少年は、足音を立てないようにして男性に近付き財布を手に取る。その後、彼は財布を持って立ち去ろうとするが、財布に付けられたチェーンが男性のズボンを引いてしまう。この為、男性は子供の居る方を振り返り、財布を盗み損ねた少年は驚きのせいか前のめりに転んだ。

 それを見た男性はしゃがみ込み、少年が立ち上がる前に財布を取り戻す。彼は、そうした後で財布をポケットへ戻し、優しい声色で話し掛けた。
 
「駄目ですよ、盗んでは」
 男性は紙袋に手を入れ、一枚のチョコを取り出した。ミルクや砂糖が使われた菓子からは甘い香りが広がり、それを嗅いだ少年の腹は大きな音を立てる。すると、チョコを手に持った男性は小さく笑い、少年の目の前にそれを差し出した。
 
「ほら、私が持っている食べ物をあげますから。先ずは、それを食べて落ち着きなさい」
 男性の話を聞いた少年は、差し出された菓子を奪うようにして手に取った。少年は、その包み紙を破いて外すと貪るように口に押し込み、全てを食べ終えたところで涙を流す。彼は、流れた涙を乱暴に拭うと立ち上がり、男性の顔を睨み付けた。一方、男性は少年の目を見つめると微笑し、落ち着いた声で問い掛ける。
 
「なんで、こんなことをするのです?」
 男性の問いを聞いた少年は目を伏せ、上着の下端を握り締めた。少年は、そうした後で唇を噛み、辛そうな表情で言い放つ。
 
「お腹空いた! 誰も助けてくれない! だから!」
 少年は、そう言ったところで咳き込み、男性は慌てて小さな背中をさすった。しかし、少年の咳は中々収まらず、男性は困った様子で辺りを見回す。

 男性が目にする光景に少年の咳を止められそうなものは無く、通りすがる者達の視線を集めるばかりだった。とは言え、男性らの様子を見る通行人に、助け舟を出す者は一人も居ない。このせいか、男性は溜め息を吐くと少年を抱き上げ、そのままゆっくり歩き始めた。
 
 抱かれているうちに少年の咳は不思議と収まり、男性は安心した様子で目を細める。そして、何かに納得したように頷くと、優しい声で話し始めた。

「少し付き合って頂きますよ。伺いたいことは沢山有りますから。伺うのは、食事の後で……ですけど」
 少年は目を瞑り、男性の上着を強く掴んだ。一方、男性は歩く速度を上げ、町外れに在る教会へ向かって行く。教会の前に到着した男性は、少年を静かに地面へ下ろした。彼は、そうした後で教会を指差し、微笑みながら口を開く。
 
「申し遅れましたが、私は神父です。ですから、懺悔するなら幾らでも聞いて差し上げます」
 男性は、そう話したところで腕を下ろし、腰を曲げて少年の目を見つめた。

「あと、教会ぐるみで孤児院の面倒をみていると言いますか……まあ、今からそちらに向かうので、お腹が空いているなら来なさい。強制はしませんから、逃げたいなら逃げて良いです」
 神父は、そう言ったところで腰を伸ばし、少年に背を向けて歩き出す。この時、少年は暫く考えてから男性の後を追い、二人は孤児院の前に到着した。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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