二人の葛藤

文字数 1,404文字

 教会の一室へ向かうと、リタは部屋のドアを軽く叩いた。すると、中からはトマスの声が聞こえ、彼女へ入室するよう告げる。

 その部屋には仕事机やソファーが在り、それぞれドアの正面と左側に置かれている。また、机上には書類や電話が置かれ、神父は仕事の手を休めて訪問者を見た。その後、仕事をしていた神父はリタへソファーに座るよう告げ、自らも立ち上がってソファーへ向かっていく。

 リタはドアに近い位置のソファーに座り、神父はローテーブルを挟んでその対面に腰を下ろした。神父は座った後で首を傾げ、リタの目を見つめて微笑する。
 
「どうなさいました? 電話や文面では、伝わらないような内容ですか?」
 リタは頷き、それから胸元に手を当てる。

「はい。少なくとも、文面で伝えるようなことではありません」
 そう言って目を細め、リタは気持ちを落ち着けてから話を続けた。
 
「実は、先日トマス神父が孤児院に連れてきた子のことで話があります」
 トマスは頷き、無言でリタの話を聞き続ける。

「あの子が、週に何度か孤児院まで来ることはご存知かと思います。それで、来る度に怪我は増えているし、服は変えられた様子が無い……笑い方はぎこちない」
 リタは、そこまで言ったところで目を伏せ、悔しそうに唇を噛む。
 
「あの子の心が壊れる前に、助けてあげることは出来ませんか? あの子が、口で大丈夫だと言ったって」
 そう言ったところで、リタは言葉を詰まらせた。一方、トマスは顎に手を当て、暫く考えた後で口を開く。

「気の進まないやり方ではありますが……顔を知られていない方に尾行を頼みましょう。そうすれば、彼の家が分かります」
 神父は長く息を吐き、更なる言葉を紡いでいく。
 
「家さえ分かれば、万一の時に役立ちます。それに、近隣の方々の協力を得られるかも知れません」
 神父は、そこまで話したところで顎から手を離し、言いにくそうに言葉を発した。

「ただ、元々気付かないか、無視をされている方々ばかりでしょうからね。何かしらの助けがあれば、あんな子供がスリを働こうなどとは考えないでしょう」
 神父の話を聞いた者は、両手を膝に下ろし握りしめた。彼女は、そうした後で顔を上げ、苦笑しながら言葉を紡ぐ
 
「色々と思うところはありますがお願いします。たとえそれが最善策で無いとしても、やらないよりは良いですから」
 そう言うと、リタは神父の目をじっと見た。対するトマスはゆっくり頷き、リタの目を見つめ返す。

「かしこまりました。私から、頼んでおきますね」
 神父は立ち上がり、彼の動きを見たリタも立ち上がる。その後、トマスは自らの机に向かい、リタは静かに部屋を出た。
 
 神父は、仕事用の椅子に座ると電話へ手を伸ばして受話器を外す。そして、その受話器を耳に当てると、右手で数字の書かれたボタンを押していった。

 暫くして電話は繋がり、トマスは安堵の表情を浮かべる。しかし、電話口からは機械的なメッセージが流れ、彼は肩を落として目を瞑った。
 
「トマスです。お願いしたいことが御座いますので、これを聞いたら連絡下さい」
 神父は、そこまで言ったところで受話器を置いた。彼は、そうした後で椅子に座り直し、どこか疲れた様子で天井を見上げる。

「私だって、直ぐに助けたいですよ」
 そう呟くと、神父はやりかけていた仕事を再開する。彼は日が暮れても部屋を離れなかったが、机に置かれた電話が鳴ることはついに無かった。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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