言いようのない苦しみ

文字数 2,092文字

 緊張感のある仕事は次第に少年の心を疲れさせ、それに気付いたアランはさり気なく彼を気遣った。対する少年は気丈に振る舞い、尚もそつなく仕事をこなす。

 そんなある日のこと、少年に新たな仕事が舞い込んだ。それは、姿を見せなくなった子供の保護で、彼が何度かこなしてきた仕事だった。
 
 そのせいか、少年は余裕を見せながら仕事を引き受け、何時ものように深夜に行動を開始する。街灯すら消えた一角は酷く暗く、皆が寝静まっている為か静かだった。暗闇は少年の心を奮わせ、静かな環境は心音を自らの耳まで届けている。少年は、夜闇の中で目を瞑って深呼吸をすると、小さいながらも綺麗な家を見据えた。
 
 少年は、暫く家を見た後で開いている窓を探し始めた。家が小さいせいか開いている窓は直ぐに見つかり、少年はそれを眺めて仕事の流れを反芻する。

 暫く無言で考えた後、少年はゆっくりと窓を開いた。彼は、半分ほど開けた窓から中を覗き、その部屋に誰も居ないことを確認してから屋内に入る。その後、彼は耳を澄ませながら部屋の出入り口へ向かい、そのドアに耳を付けて目を瞑った。
 
 彼がドアに耳を付けている間中、人が歩く音は聞こえてこなかった。この為、少年はドアを静かに開け、廊下に誰も居ないことを目視してから玄関に向かう。

 玄関に向かった少年は、そこに掛けられていた内鍵を開けた。彼は、そうした後で踵を返し、子供が居る場所を探し始める。とは言え、小さい家の部屋数は少なく、彼は直ぐに子供の居る部屋を見つけることが出来た。しかし、その子供の体は血まみれで、流れ出した血は既に凝固していた。また、月明かりに照らされた瞳孔は開き切っており、小さな胸が上下することはなかった。
 
 子供の命が途切れてしまったことに気付いた少年は口元を押さえ、無言のまま右手で十字を切る。彼は、そうした後で周囲を見回し、冷たくなった子供を包む布を探そうとした。しかし、その部屋に毛布やタオルの類は無く、少年は肩を落として部屋を出る。探していなかった部屋に少年が入ると、そこにはダイニングテーブルに寄りかかる者の姿が在った。その者は濁った音を立てながら呼吸を繰り返し、その脚はだらしなく伸ばされている。
 
 また、その手元には錠薬の入った瓶が転がっており、開かれた口の端からは涎が垂れていた。その様な状態を見た少年は顔を顰め、懐から金属製の枷を取り出した。彼は、その枷を左手に持ち、横たわっている者の手に掛けようと腰を曲げる。

 しかし、少年がその者に触れるよりも前に、ガラス瓶が彼の顔を掠めて行った。その瓶は、少年の背後で落ちて割れ、その音を聞いた少年は舌打ちをする。そして、その瓶を投げた手を掴むと捻り上げ、持っていた枷を乱暴に嵌めた。
 
「起きてたんだ。てっきり、もう動かないかと思ってた」
 黒髪の少年は、そう言うともう一方の手も拘束しようとした。だが、先ほど瓶を投げた者は、少年の死角にあった包丁を掴んで振り上げた。少年と言えば、包丁を掴んでいる手を横から強く叩く。すると、掴まれていた包丁は床に落ち、少年は武器を失った手へ素早く枷を嵌めた。

 その後、少年は眼前に居る者の鳩尾を強く殴り、その者が動けないでいるうちに足首にも枷を嵌める。それから、少年は直ぐに立ち上がれるよう膝を立てた姿勢のまま、床に落ちた包丁を一瞥した。
 
 すると、包丁には何者かの血液が付着しており、その切っ先は少し欠けていた。付着している血液が誰のものであるかを察した少年の表情は歪んでいき、血にまみれた包丁を拾い上げると拘束済みの人物へ突きつける。
 
「ねえ、これで誰を傷つけたの?」
 そう言って目を細めると、少年は口角を上げて冷笑する。少年に問われた者と言えば、その問いに直ぐには答えず、拘束を解こうともがき始めた。
 
「また、殴られたいの?」
 その言葉とは裏腹に、少年は包丁を対峙している者の胸部に押し付けた。そのせいか、刃物を向けられた者は後方へ逃げようとする。しかし、拘束された状態では上手く行かず、狂ったように笑い始めた。
 
「煩い! 煩いのよ!」 
 そう叫ぶと、拘束された者は少年の目を見つめる。少年を見つめる瞳は憎しみに満ちており、包丁を持つ少年の手は静かに下がった。

「煩いから殺してやったのよ! それの……それの何が悪いの? 悪いのは」
 その時、少年が持つ包丁は女性の腹部へ潜り込んだ。この為、女性は痛みに声を上げるが、少年は顔を殴りつけて黙らせた。
 
 その後、少年は立ち上がって周囲を見回し、テーブルの上に薄汚い布を見つける。彼は、それを掴むと女性の口にねじ込み、簡単には声を上げられないようにした。

 一つの仕事を終えた少年は、バスルームで子供の体を包むことの出来るタオルを見つけた。彼は、そのタオルを持って子供の居た部屋へ向かうと、冷たくなった小さな体を優しく包む。

 そうして彼の仕事は終わり、少年は肩を落として屋外に出た。彼は、予め言われていた場所まで向かって行き、見慣れた車の窓を叩く。すると、後部座席のドアは内側から開けられ、少年はそこに子供の遺体を横たわらせた。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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