兄貴と姉御の愉快なランチ
文字数 3,259文字
少年の家を突き止めた数日後、アランは孤児院の廊下に立っていた。彼は、足を肩幅に開いて腕を組んでおり、体格の良さも手伝ってか妙な威圧感を放っている。
そのせいか廊下を歩く者は居らず、アランは退屈そうに大きな欠伸を放った。
アランが待ち始めてから数十分後、彼の立つ廊下には黒髪の少年が現れる。少年は、見慣れない男性に警戒しながらも廊下を進み、無言でアランの前を通過しようとした。しかし、アランは脚を上げて少年の行く手を阻み、楽しそうな声で話し始める。
「飯の前に運動しようや」
言って、アランは少年の顔へ向けて右脚を振った。対する少年は目を瞑って体をすくめ、痛みを堪えるように歯を食いしばった。しかし、顔への打撃は一向に来ず、少年は恐る恐る目を開く。
すると、彼の瞳にはアランの靴が映し出され、少年はそれから離れるように後退した。この時、アランはゆっくり足を下ろし、無言で少年の眼前に拳を繰り出した。少年は、既に警戒をしていたのかそれを避け、それを見たアランは口角を上げる。
「中々早いじゃねえか」
そう言うとアランは足を振り上げ、少年の後頭部に向けて踵をぶつけた。この為、少年の体は前方に倒れ、アランは片手でそれを支えてみせる。
「だけど、まだ甘い」
アランは少年の前に移動し、その青い瞳を真っ直ぐに見た。
「なあ、お前。強くなりたくはないか?」
突然の質問に少年は目を丸くし、呆けた様子で口を開閉させる。彼は暫くそうした後で顔を伏せ、その仕草を見たアランは小さく笑う。
「じゃあ、質問を変えてやる。殴られても蹴られても、痛くないようにしたくはないか?」
アランの問いを聞いた者は顔を上げ、少年の動作を見た者は話を続ける。
「簡単なことだ、相手の力を受け流せば良い。そうすれば、衝撃も軽くて済む。ま、出来るようになるかは、人次第だけどな」
男性は少年の頭を力任せに撫でた。この為、少年の頭は大きく揺れ、彼は困惑した様子でアランを見上げる。しかし、少年が言葉を発する様子は無く、アランは長く息を吐き出した。
「飯を食いながら考えりゃ良い。腹が減ってちゃ、考えられるものも考えられねえもんな」
アランは、そう言うなり少年を小脇に抱え、食堂へ向かって走り始めた。一方、男性に抱えられた少年と言えば、抵抗することも声をあげることも無かった。
程なくして食堂についた時、アランは入口から一番近い椅子に少年を座らせた。そして、彼自身は調理場へ向かい、洗い物をしていたリタへ声を掛ける。すると、リタはアランの方へ顔を向け、作業を止めて濡れた手をタオルで拭った。
「どうしたのアラン? この間は直ぐに居なくなっちゃうし」
彼女の問いを聞いたアランは、左手の親指を立てて食堂の方へ向けた。
「この間の話は後だ。黒髪のあいつを連れてきたから、俺の飯も用意してくれ。見た目や量は気にしなくていい」
彼の返答を聞いた者は小さく頷き、直ぐに残っていた料理を盛り付け始める。リタは、手際良く仕事を終えると、二人分の食事を乗せたプレートをアランに渡した。
一方、アランはリタに礼を言うと、プレートを持って少年の元へ向かっていく。
アランが食堂に戻ると、少年は落ち着かない様子で椅子に座っていた。少年は、背中を丸めて膝に手を乗せており、不安げに目線を泳がせている。一方、その様子を見たアランは溜め息を吐き、料理の乗ったプレートを少年の前に置いた。その後、彼は少年の前に腰を下ろし、落ち着いた声で話し始める。
「毒なんて入ってねえよ。作ったのは俺じゃねえし」
そう言うと、アランはプレートに乗ったパンを掴んでかじり付いた。すると、少年はアランの顔とプレートを交互に見やり、それから調理場のある方へ目線を動かす。
「食わねえのか? 冷めると旨くねえぞ」
アランはスープの注がれた器を手に取り、スプーンを使わず口に流し込んだ。それを見た少年はプレートに目線を落とし、首を傾げて言葉を発する。
「食べていいんで」
「たりめーだ。食堂で食いもんを前にして、食わない奴があるか」
少年の話を遮って言うと、アランはソースの掛けられたハンバーグにフォークを刺した。彼は、そのハンバーグを口元に運ぶと半分ほどを食べ、咀嚼をしながら食堂の入口を見る。すると、そこにはリタの姿が在り、彼女は暫く食堂内を眺めた後で室内に入った。彼女は、笑顔を浮かべて少年の顔を覗きこみ、それからアランの隣に腰を下ろす。
この時、少年は見慣れたリタの姿を見て安心したのか、パンに手を伸ばして食べ始めた。それから十数分後、少年は食事を終え、リタとアランへ礼を言った。対するリタは笑顔を浮かべ、少年の顔を見つめて口を開く。
「どう致しまして。私も、いつも綺麗に食べてもらえて嬉しいのよ?」
リタは少年の頭を撫で、撫でられた者は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「旨いもんを残す方が難しいよな」
アランは腕を組み、笑みを浮かべて少年を見つめる。一方、少年は無言で頷き、リタへ目線を移して口を開いた。
「その、凄く美味しいので……残すなんて出来ません」
そう話すと、少年は空になった食器に目線を落とす。一方、リタは少年の発言に礼を言い、それを聞いたアランは短く口笛を吹いた。
「さて、そろそろ答えを聞かせて貰おうか」
アランの一言を聞いた少年は目を丸くし、彼が何を言っているか分からないといった表情を浮かべる。対するアランは軽い笑みを浮かべ、ゆっくりとした口調で言葉を続けた。
「強くなりたいか? 何をされても痛くない位に」
少年はリタを一瞥し、それから自らの考えを話し始めた。
「はい、痛いのは嫌です。だから、強くなりたいです」
少年の返答を聞いたアランは笑みを浮かべ、対面に居る者の頭を乱暴に撫でる。
「分かった。これからお前が来たら、飯を喰う前に鍛えてやる」
アランは、食器が乗ったプレートを持って調理場に消えた。この時、リタは今までアランが座っていた席に移動し、少年の目を見つめる。
「やっぱり、男の子って強くなりたいものなんだ」
少年は首を傾げ、その仕草を見たリタは話を続ける。
「色んな子を見てきたけど、男の子って暴れるのが好きって言うか……しょっちゅう喧嘩しては、負けた方が泣いちゃって」
リタは、そこまで言ったところで目を瞑った。
「でも、泣いた子は頑張って頑張って、次に喧嘩した時は勝ってみたり。女の子は、冷めた目で男の子達を見ているんだけどね」
そう言って苦笑すると、リタは目を開いて少年を見た。
「あのアランだって、昔は結構な泣き虫だったのよ? 今の姿からは、想像出来ないよね」
その話を聞いた少年は小さく頷き、自らの考えを話し始める。
「あんなに大きくて強いのに、泣き虫だったなんて……不思議です」
少年の考えを聞いたリタは、腕を組んで何度か頷いた。
「そうよね、あんなに圧迫感を醸し出す奴のニックネームが」
リタが話していると、その額には固く絞られた布巾が投げつけられた。この為、彼女は布巾が飛んできた方向を見て溜め息を吐く。
「どう言うことかしら、ナキムールことアラン君?」
リタがそう言った時、彼女の目線の先にはアランが居た。彼は、ばつの悪そうな表情を浮かべると食堂を離れ、そのまま戻って来ることはなかった。この為、リタは少年の居る方に向き直り、笑顔を浮かべて話を続ける。
「小さいうちは、ナキムールって呼ばれていたのよアランは。ちょっとしたことで泣いていたから」
リタは、言いながら布巾を広げ、テーブルの上を拭き始めた。
「それが、今は可愛げも無くなっちゃって……ま、力仕事をやってくれるから助かるんだけど」
リタは手を止め、左目を軽く瞑った。
「だから、アランに怯える必要は無いわ。口喧嘩しても、ナキムールって呼べば黙るし」
リタの話を聞いた少年は頷き、椅子から降りて頭を下げる。そして、リタに家へ戻ると伝えると、少年は駆け足で食堂を去った。残されたリタは軽く笑い、布巾を持って調理場へ向かった。
そのせいか廊下を歩く者は居らず、アランは退屈そうに大きな欠伸を放った。
アランが待ち始めてから数十分後、彼の立つ廊下には黒髪の少年が現れる。少年は、見慣れない男性に警戒しながらも廊下を進み、無言でアランの前を通過しようとした。しかし、アランは脚を上げて少年の行く手を阻み、楽しそうな声で話し始める。
「飯の前に運動しようや」
言って、アランは少年の顔へ向けて右脚を振った。対する少年は目を瞑って体をすくめ、痛みを堪えるように歯を食いしばった。しかし、顔への打撃は一向に来ず、少年は恐る恐る目を開く。
すると、彼の瞳にはアランの靴が映し出され、少年はそれから離れるように後退した。この時、アランはゆっくり足を下ろし、無言で少年の眼前に拳を繰り出した。少年は、既に警戒をしていたのかそれを避け、それを見たアランは口角を上げる。
「中々早いじゃねえか」
そう言うとアランは足を振り上げ、少年の後頭部に向けて踵をぶつけた。この為、少年の体は前方に倒れ、アランは片手でそれを支えてみせる。
「だけど、まだ甘い」
アランは少年の前に移動し、その青い瞳を真っ直ぐに見た。
「なあ、お前。強くなりたくはないか?」
突然の質問に少年は目を丸くし、呆けた様子で口を開閉させる。彼は暫くそうした後で顔を伏せ、その仕草を見たアランは小さく笑う。
「じゃあ、質問を変えてやる。殴られても蹴られても、痛くないようにしたくはないか?」
アランの問いを聞いた者は顔を上げ、少年の動作を見た者は話を続ける。
「簡単なことだ、相手の力を受け流せば良い。そうすれば、衝撃も軽くて済む。ま、出来るようになるかは、人次第だけどな」
男性は少年の頭を力任せに撫でた。この為、少年の頭は大きく揺れ、彼は困惑した様子でアランを見上げる。しかし、少年が言葉を発する様子は無く、アランは長く息を吐き出した。
「飯を食いながら考えりゃ良い。腹が減ってちゃ、考えられるものも考えられねえもんな」
アランは、そう言うなり少年を小脇に抱え、食堂へ向かって走り始めた。一方、男性に抱えられた少年と言えば、抵抗することも声をあげることも無かった。
程なくして食堂についた時、アランは入口から一番近い椅子に少年を座らせた。そして、彼自身は調理場へ向かい、洗い物をしていたリタへ声を掛ける。すると、リタはアランの方へ顔を向け、作業を止めて濡れた手をタオルで拭った。
「どうしたのアラン? この間は直ぐに居なくなっちゃうし」
彼女の問いを聞いたアランは、左手の親指を立てて食堂の方へ向けた。
「この間の話は後だ。黒髪のあいつを連れてきたから、俺の飯も用意してくれ。見た目や量は気にしなくていい」
彼の返答を聞いた者は小さく頷き、直ぐに残っていた料理を盛り付け始める。リタは、手際良く仕事を終えると、二人分の食事を乗せたプレートをアランに渡した。
一方、アランはリタに礼を言うと、プレートを持って少年の元へ向かっていく。
アランが食堂に戻ると、少年は落ち着かない様子で椅子に座っていた。少年は、背中を丸めて膝に手を乗せており、不安げに目線を泳がせている。一方、その様子を見たアランは溜め息を吐き、料理の乗ったプレートを少年の前に置いた。その後、彼は少年の前に腰を下ろし、落ち着いた声で話し始める。
「毒なんて入ってねえよ。作ったのは俺じゃねえし」
そう言うと、アランはプレートに乗ったパンを掴んでかじり付いた。すると、少年はアランの顔とプレートを交互に見やり、それから調理場のある方へ目線を動かす。
「食わねえのか? 冷めると旨くねえぞ」
アランはスープの注がれた器を手に取り、スプーンを使わず口に流し込んだ。それを見た少年はプレートに目線を落とし、首を傾げて言葉を発する。
「食べていいんで」
「たりめーだ。食堂で食いもんを前にして、食わない奴があるか」
少年の話を遮って言うと、アランはソースの掛けられたハンバーグにフォークを刺した。彼は、そのハンバーグを口元に運ぶと半分ほどを食べ、咀嚼をしながら食堂の入口を見る。すると、そこにはリタの姿が在り、彼女は暫く食堂内を眺めた後で室内に入った。彼女は、笑顔を浮かべて少年の顔を覗きこみ、それからアランの隣に腰を下ろす。
この時、少年は見慣れたリタの姿を見て安心したのか、パンに手を伸ばして食べ始めた。それから十数分後、少年は食事を終え、リタとアランへ礼を言った。対するリタは笑顔を浮かべ、少年の顔を見つめて口を開く。
「どう致しまして。私も、いつも綺麗に食べてもらえて嬉しいのよ?」
リタは少年の頭を撫で、撫でられた者は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「旨いもんを残す方が難しいよな」
アランは腕を組み、笑みを浮かべて少年を見つめる。一方、少年は無言で頷き、リタへ目線を移して口を開いた。
「その、凄く美味しいので……残すなんて出来ません」
そう話すと、少年は空になった食器に目線を落とす。一方、リタは少年の発言に礼を言い、それを聞いたアランは短く口笛を吹いた。
「さて、そろそろ答えを聞かせて貰おうか」
アランの一言を聞いた少年は目を丸くし、彼が何を言っているか分からないといった表情を浮かべる。対するアランは軽い笑みを浮かべ、ゆっくりとした口調で言葉を続けた。
「強くなりたいか? 何をされても痛くない位に」
少年はリタを一瞥し、それから自らの考えを話し始めた。
「はい、痛いのは嫌です。だから、強くなりたいです」
少年の返答を聞いたアランは笑みを浮かべ、対面に居る者の頭を乱暴に撫でる。
「分かった。これからお前が来たら、飯を喰う前に鍛えてやる」
アランは、食器が乗ったプレートを持って調理場に消えた。この時、リタは今までアランが座っていた席に移動し、少年の目を見つめる。
「やっぱり、男の子って強くなりたいものなんだ」
少年は首を傾げ、その仕草を見たリタは話を続ける。
「色んな子を見てきたけど、男の子って暴れるのが好きって言うか……しょっちゅう喧嘩しては、負けた方が泣いちゃって」
リタは、そこまで言ったところで目を瞑った。
「でも、泣いた子は頑張って頑張って、次に喧嘩した時は勝ってみたり。女の子は、冷めた目で男の子達を見ているんだけどね」
そう言って苦笑すると、リタは目を開いて少年を見た。
「あのアランだって、昔は結構な泣き虫だったのよ? 今の姿からは、想像出来ないよね」
その話を聞いた少年は小さく頷き、自らの考えを話し始める。
「あんなに大きくて強いのに、泣き虫だったなんて……不思議です」
少年の考えを聞いたリタは、腕を組んで何度か頷いた。
「そうよね、あんなに圧迫感を醸し出す奴のニックネームが」
リタが話していると、その額には固く絞られた布巾が投げつけられた。この為、彼女は布巾が飛んできた方向を見て溜め息を吐く。
「どう言うことかしら、ナキムールことアラン君?」
リタがそう言った時、彼女の目線の先にはアランが居た。彼は、ばつの悪そうな表情を浮かべると食堂を離れ、そのまま戻って来ることはなかった。この為、リタは少年の居る方に向き直り、笑顔を浮かべて話を続ける。
「小さいうちは、ナキムールって呼ばれていたのよアランは。ちょっとしたことで泣いていたから」
リタは、言いながら布巾を広げ、テーブルの上を拭き始めた。
「それが、今は可愛げも無くなっちゃって……ま、力仕事をやってくれるから助かるんだけど」
リタは手を止め、左目を軽く瞑った。
「だから、アランに怯える必要は無いわ。口喧嘩しても、ナキムールって呼べば黙るし」
リタの話を聞いた少年は頷き、椅子から降りて頭を下げる。そして、リタに家へ戻ると伝えると、少年は駆け足で食堂を去った。残されたリタは軽く笑い、布巾を持って調理場へ向かった。