少年の告解

文字数 2,275文字

「少し話しても良いですか? あの子の今後について」
 トマスの問いを聞いたリタは頷き、微笑しながら口を開いた。

「はい。でも、あの子の着替えを用意してからでも宜しいですか? 他に着る服が無かったら、湿って汚れた服を着るしかなくなりますから」
 リタは、少年が向かった方を一瞥した。一方、神父はゆっくり頷くと笑顔を浮かべ、穏やかな声色で肯定の返事をなす。この為、リタは着替えを用意する為に食堂を出、トマスは立ったまま彼女を見送った。
 
 食堂を去ってから少しして、リタは神父の待つ場所へ戻ってきた。彼女は、立ったままのトマスに椅子へ座るよう勧め、神父は首をゆっくり横に振った。

「いえ、あの子が戻ってくるまでに伝え終える位、短い話ですので」
 神父は、そう言うとリタの目を見つめ、無言で柔らかな笑みを浮かべる。対するリタはどこか困惑した様子で首を傾げ、そのまま続く言葉を待った。
 
「アランからあの子の怪我や家のことを伺ったのですが、もう帰すべきではないと思いまして」
 トマスは、そこまで話したところで溜め息を吐き、辛そうに言葉を続ける。

「このような結果になるなら、始めから保護しておけば良かったと思います。私の行動が遅かったと。ですが、もう待てません。あの子が何を言ってきても、この孤児院で保護しましょう」
 その提案を聞いたリタは驚いた様に目を見開き、それから小さく頷いた。
 
「分かりました。帰ると言われても、何とかして言い聞かせます。私だって、許されるならそうしたいと思っていましたから」
 リタは、そう返すと微苦笑し、目を瞑って呼吸を整えた。

「だったら、あの子の為に居場所を用意しないと。開いている部屋を確認して、体格に合った着替えも」
 そう言って目を開くと、リタはトマスの瞳を真っ直ぐに見た。
 
「決断をして下さってありがとうございます。私は、色々と準備をしたいので少し離れます」
 そう言い残すと頭を下げ、リタは食堂から立ち去った。一方、神父は無言で彼女を見送り、その場で少年とアランを待つ。

 それから暫くして、食堂に少年とアランが戻ってくる。彼らの髪は共に濡れており、その肩には水色のタオルが乗せられていた。
 アランは、少年を椅子に座らせると周囲を見回し、トマスの顔を見つめて口を開く。
 
「リタはどうした? 居ないみてえだけど」
 トマスは人差し指を唇に当てて目を細め、囁くように言葉を紡いだ。

「彼女が今やっているのは、とても大事なことですよ。暖かな居場所を作る為の」
 そう話すと神父は口角を上げ、アランは彼の言うことが分からないと言った様子で息を吐く。青年は、トマスに聞き返そうと口を開くが、リタが戻った為に言葉を飲み込んだ。

 食堂に戻ったリタと言えば、少年を見やってから神父へ向き直る。そして、彼女は軽く頭を下げると、どこか気まずそうに話し始めた。
 
「すみません、思いのほか手間取っちゃって……もう、話が済んでいます?」
 リタの問いに神父は首を振り、椅子に座る少年を一瞥する。この時、黒髪の少年は誰について話をしているか気付いたのか、椅子に座ったまま大人達の方へ顔を向けた。

「いいえ、先ほど入浴が終わって戻ったばかりですから。まだ、話してはおりませんよ」
 そう答えると、神父は少年の左横にしゃがみ込み、柔らかな笑みを浮かべて話し始める。
 
「ここの子になりなさい。君が、あの家に留まるのは好ましくない」
 神父の話を聞いた少年は目を伏せ、無言のまま唇を噛んだ。 彼は、そうした後で半ズボンの生地を掴み、苦しそうに答えを返す。

「分かってた。僕があの家に居ちゃ、いけないってこと」
 少年の様子にリタは目を細めて両手に力を込め、何か言いたそうにトマス達を見つめている。この時、アランは腕を組んで成り行きを見守っており、口を出そうとはしていなかった。
 
「でも……でも、僕が良い子にしていれば、いつかママもパパも優しくしてくれるって、そう思ってた」
 それを聞いた神父は頷き、少年は俯いたまま涙を流す。そのせいか、少年の話は一度途切れ、彼は流れた涙を拭ってから顔を上げた。

「僕が……僕が居たから喧嘩して。それで、パパは帰って来なくなって。喧嘩は無くなったけど、やっぱり僕が悪くって」
 そこまで聞いたものの、リタは耐えられ無くなったのか少年を背後から抱き締めた。一方、少年はゆっくり後方を振り返り、不思議そうに彼女の顔を見上げる。
 
「君のせいなんかじゃない。君のせいなんかじゃないから……だから、そんなに苦しまないで?」
 そんなリタの話を聞いたトマスは目を瞑り、静かに細く息を吐いた。そして、当の少年は暫くの間を置いてから頷き、小さな声で言葉を発する。

「はい……リタさんがそう言うのなら、僕は苦しんじゃいけないです」
 少年は、そう返すと目線を下に向け、手に込めていた力を微かに抜く。すると、それに気付いた神父は立ち上がり、食堂の出入り口を見て話し出した。
 
「では、体を休める為にも、先ずはベッドで休みなさい。場所は用意して御座いますから」
 トマスは、そう言うとリタに目配せをし、その意味に気付いた者は少年から体を離す。リタは、そうした後で少年の正面に回り込み、それへ合わせるようにして神父は後ずさった。

「じゃ、行こっか。部屋の場所は覚えて貰って……ここに来たければ、また来れば良いし」
 その話を聞いた少年は頷き、静かに椅子から立ち上がった。一方、リタはそんな彼の背中を軽く押し、小さな右手を掴んで歩き始める。

 この時、トマスとアランは二人を見送り、そうした後で顔を見合わせた。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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