兄貴とお見舞い

文字数 2,235文字

「遅れんなよ?」
 そう言って振り返ると、アランはカードを切れ目から引き抜いた。すると、今まで壁であった場所は左側に滑り込み、その先には建物の奥へと続く廊下が在った。アランは、自分が通れる程の幅が出来た時点で奥へ進み、少年も直ぐに彼の後を追う。

 少年が動いた壁から数歩離れた時、その壁は再び閉じてしまった。少年は、それが閉じる音に気付いて後方を振り返り、驚いた様子で声を漏らす。
 
「閉まるの早っ」
 アランは軽く笑い、少年の方に顔を向けて話し始める。

「だから、俺から離れるなって言ったんだ。お前のカードじゃ、通しても開きゃしねえ」
 アランは、自らのカードを掴んで何度か揺らす。彼は、そうしてから前へ進み、病室の在る一角で立ち止まった。
 
「ま、俺も子供が入院している区画しか入れねえんだけどな」
 呟くように言うと、青年は少年の方に向き直って片目を瞑る」

「じゃ、これから見舞いを始めるけど、心の準備は済んだよな?」
 少年は頷き、紙袋を抱え直した。
 
「うん。ここに来るまでは、ちょっと戸惑ったけど……それとこれとは、別の話だし」
 少年は笑顔を浮かべ、アランの顔を見つめる。すると、アランは一番近くに在った病室のドアに手を掛け、ゆっくり左に動かした。

 白を基調に作られた病室には、四台のベッドが備えられていた。また、そのうち三台に子供が寝かされ、そのうちの二人は寝息を立てているようである。
 
「やっぱ寝てるか」
 そう呟くと、アランは唯一起きている子供のベッドの方へ向って行った。ベッドに座る少女は訪問者を見つめ、見慣れぬ少年を見て表情を硬くする。少女の表情の変化に気付いたアランは、直ぐに柔らかな笑顔を浮かべる。そして、少年の方を振り返ると、囁くように話し出した。
 
「あいつは、俺の下僕だ下僕。何も怖いことはしないから平気だって」
 それを聞いた少年と言えば、病室に入るなり紙袋をアランに手渡した。そして、胸に手を当てて頭を下げると、目を瞑って言葉を発する。

「どうぞ、ご主人様。お見舞い用お菓子の詰め合わせで御座います」
 少年は、言い終えると頭を上げ、アランの目を見つめて首を傾げる。対するアランはゆっくり頷き、膝をついて少女と目線を合わせた。
 
「他の二人は寝ているみたいだから、今のうちに好きなものを選べるぜ? でも、二つまでな」
 そう言って袋をベッドの端に置くと、青年はその中身を少女に見せる。すると、少女は紙袋に手を入れ、中に入っていたものを一つ取り出した。少女が取り出したのは虹色をした大きな飴で、彼女はそれを暫く眺めてから袋に戻す。

 少女は、何度かそうした後でカップケーキと動物の形をしたクッキーを選んだ。この為、アランは残った菓子が入った袋を少年に手渡し、顔だけを少年に向けて言葉を発する。
 
「じゃ、そろそろ自己紹介といくか。互いの名前も分からねえんじゃ、仲良くもなれねえだろう」
 少年は肯定の返事をし、アランの居る反対側で跪いた。

「はじめまして、お嬢様。私のことは、シュバルツとでもお呼びください」
 少年は笑顔を浮かべ、少女を見つめた。すると、少女はアランの顔を一瞥してから微笑み、自らの名を言うべく口を開く。
 
「はじめまして。えっと、私はメアリって言います」
 少女は、落ち着かない様子で目線を泳がせた。この際、アランはメアリの頭を優しく撫で、頭を撫でられた少女は青年の方に顔を向ける。

「良く出来ました。ご褒美に、今度はこの髪に似合うリボンを買ってきてやるよ。何色が欲しい?」
 アランの問いを聞いた少女は、栗色の髪を掴んで眺めた。メアリは、暫くそうした後で手を離し、アランを見つめて答えを返す。
 
「ピンク色が良い」
 少女は、両手で側頭部の髪を掴んで軽く動かす。

「こうやって、横に結ぶの」
 そう話すメアリはとても嬉しそうで、それを見たアランの表情も緩んでいく。

「それは似合いそうだ。なるべく早く買ってきてやるから、良い子にしているんだぞ?」
 青年は立ち上がり、未だに寝ている子供達を眺めて息を吐いた。
 
 「寝ている奴を起こすのもなんだし、俺は帰るよ。シュバルツ、紙袋をベッドの間に在る机に置いといてくれ」
 アランの指示を聞いたシュバルツは、直ぐに彼の言う通りにした。それを見たアランは立ち上がり、メアリを見下ろして口を開く。
 
「またな。退院出来たら、ちゃんと遊んでやるから」
 そう言って微笑むと、青年はシュバルツの方へ目線を送る。この際、メアリはどこか悲しそうな表情を浮かべた。しかし、彼女なりに引きとめてはならないと分かっているのか、メアリが何か言うことはなかった。

 その後、アランとシュバルツは病室を出、来た道を静かに戻っていった。そして、受付で首に掛けていたカードを外すと職員に返し、病院を出てアランが駐車した場所へ向かう。
 
「ねえ、アラン……いつも、あんなに短いお見舞いなの? そりゃ、寝ていた子が居たし、起こしちゃ可哀想だけど」
 少年の質問を聞いたアランは立ち止まることなく進んで行き、車の(そば)まで来たところで話し始めた。

「情が移りすぎてもまずい。勿論、退院してからやっていける位には、人に慣れさせる」
 青年は、ポケットから車の鍵を取り出した。そして、それを鍵穴に差し込んで解錠すると、運転席側のドアを開いて乗車する。
 
 それを見た少年は助手席に座り、長く息を吐いてからシートベルトを着用した。一方、アランは無言で発車の準備をし、今度はゆっくりとアクセルを踏んだ。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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