少年の知ること知らないこと

「ところでさ、ここで扱っているのって料理だけじゃないんでしょ？」
　不意に発せられた一言で、アランは目を丸くした。しかし、直ぐに考えを巡らせて笑みを浮かべると、目線を横に動かして話し始める。
　
「そうだ。ここで扱ってんのは、料理だけじゃない」
　青年がそう言った時、再び従業員がやってきた。従業員が持つプレートの上には陶器製のカップが乗せられ、そこには湯気の立つ黒い液体が注がれている。従業員は、そのカップを二人の前に置くと立ち去り、アランはそのうち一つを手にとって話を続けた。
　
「例えば、この珈琲。高いものなら、一杯で料理の十倍はする値段のものもあるんだぜ？」
　アランは、そう言ってからカップに口を付けた。対する少年は不審そうにカップを見下ろし、それから対面に座る者の顔を見つめる。

「どうした？　もしかして飲めねえのか？」
　青年は少年の目を見つめ、片目を瞑る。対する少年は首を振り、カップの取っ手に手を掛けた。
　
「いや、これが高かったら怖いなって。そんなにお金、持って来てないし」
　そう言って、少年はアランの出方を窺った。一方、アランは軽く笑い、指先で自らのカップを二回叩く。

「珈琲代は俺が出す。勝手に注文したのは俺だしな」
　それを聞いた少年は、ようやくカップに口を付けた。少年は、暫く珈琲を味わってから飲み込み、音を立てないようカップを置いた。
　
「どうだ？　ちゃんと店で挽いてるから、不味くはねえだろ」
　少年は頷き、自分の考えを話し始めた。

「そうだね。焙煎もちゃんとしてあるみたいだし……下手なチェーン店より、ずっと美味しい」
　少年は、そう返すと再びカップに口を付ける。
　
「それに女も売ってるぞ。仕事柄、扱い方を覚えておかなきゃならねえしな」
　アランの話を聞いた少年は、飲みかけていた珈琲を吹き出した。少年は、カップを手に持ったまま青年を見つめ、見つめられた者と言えば楽しそうに笑う。
　
「お前が情報を得られる裏では、誰かが情報を集めているってことだ。で、人間の口が軽くなるのは、酒が入った時や気を許した相手と気持よくなった時だってことさ」
　アランは、余裕の笑みを浮かべてみせる。対する少年は溜息を吐き、それからカップをテーブルに置いた。
　
「ってことは、俺が情報を貰う前に、アランは飲んだくれたり気持良いことをしてるんだ？」
　少年の推論を聞いた青年は、表情を変えずに首を振る。そして、どこか少年を小馬鹿にしたように笑うと、淡々と言葉を返していった。
　
「自分まで酔ったら、仕事になんねえだろ。やっぱ、お前はまだ子供なんだな」
　そう返すと、アランは残っていた珈琲を飲み干した。一方、少年は不貞腐れた様子でカップの取っ手に指を絡ませる。彼は、暫くそうした後で珈琲を飲み、カップが空になったところで息を吐いた。
　
「じゃ、そろそろ出るか。酒や女の味を覚えるのは、まだ早そうだ」
　アランはそう言うや否や立ち上がり、それを見た少年も立ち上がる。その後、彼らは会計を済ませて店を出、アランは両腕を空に向けて伸ばした。この際、少年は晴れた空を見上げ、夜に起きたことを忘れようとしてか乱暴に頭を振った。
　
「お前は家に帰るか？」
　不意に問われた少年は、無言で答えを模索する。彼は、暫く黙って考えた後、覇気の無い声で話し始めた。

「決めてないよ。なんか頭がすっきりしないし、適当にふらついてみる」
　少年は、そう言うと笑顔を作って見せた。一方、アランは小さく頷き、少年に背を向けて歩き始める。
　
「とにかく今は休んどけ。調子の悪い時に仕事をしたって、ミスるばかりだ」
　青年は、そう言ったところで一旦立ち止まる。

「そうそう、休んでいるだけじゃ暇だろうし、お前が望むなら子供達を治療している病院に連れて行ってやるよ。ま、それも明日以降だがな」
　そう言い残すと、アランは再び歩き始めた。彼の話を聞いた少年と言えば、面食らった様子でアランの背中を眺めている。少年は、暫く青年の背中を眺めた後で歩き出し、道すがら食料を買って家に帰った。