満たされるもの

文字数 2,219文字

 孤児院の入口は、子供でも開けやすいドアだった。男性はドアを軽々と開き、少年へ中に入るよう伝えた。少年は警戒しながらも屋内へ入り、それを追うかたちで男性も孤児院に入る。孤児院の壁には、そこで暮らしている子供の描いた絵が貼られ、白い床に大きなゴミは見当たらなかった。また、廊下には橙色の照明が使われ、それが廊下を通る者へ温かな印象を与えている。
 
 男性は、少年の様子を見ながら廊下を歩き、食堂の前で立ち止まった。彼は、そうした後で食堂を覗き、中の様子を確認する。この時、食堂に子供の姿はなく、男性は食堂の隣にある調理場へ向かって行った。すると、調理場では一人の女性が食器を洗っており、それを見た神父は口を開く。
 
「こんにちは、リタ」
 その声に気付いた女性は作業を止め、エプロンに掛けていたタオルで手を拭いた。彼女は、そうした後で神父に向き直り、彼の背後に居る子供を一瞥する。
 
「すみません、お仕事中に。もし宜しければ、昼食の残りを頂きたくて」
 男性は、少年の方へ目線を向けた。一方、リタは事情を察したのか肯定の返事をなし、直ぐに残っていた料理を温め始める。彼女は、無駄の無い動きで料理を盛り付けていき、十分もしないうちに二人分の食事を用意する。その後、彼女は料理を乗せたプレートを男性に渡し、神父はリタに礼を言ってから食堂へ移動した。

 神父は、入り口から一番近いテーブルにプレートや紙袋を置き、彼を追ってきた少年は料理を見上げる。見上げる姿を見た男性は少年を椅子に座らせ、彼の目の前に温かな料理を並べていく。

 料理を並べ終えた時、神父は少年の前の席へ腰を下ろした。彼は、そうした後で柔らかな笑顔を浮かべ、少年に好きなだけ料理を食べるよう伝える。
 
 すると、少年は恐る恐る料理を口に運び、一口食べた所で頬を赤くした。彼は、そうした後で料理を口へ詰め込むようにして食べていき、神父はそれを眺めながら食事を始める。用意された料理には、スープやサラダの他に固めのパンや肉も有った。しかし、少年はそれすらも大した咀嚼をせずに嚥下していく。
 
 数分を掛けて料理を食べ終えた時、少年の口元は食べかすによって汚れていた。この為、神父はポケットから小さなタオルを出すと身を乗り出し、少年の口元を優しく拭う。一方、少年は慣れない待遇に戸惑ったのか、男性の手を避けるように仰け反って目を瞑った。すると、少年の様子を見た神父は手を止めて微笑み、柔らかな口調で言葉を発する。
 
「脅えなくても、痛いことなんてしません。なんなら、自分で口を拭きますか?」
 男性の問いを聞いた少年は薄目を開け、口元のタオルを両手で掴んだ。彼は、そうした後で口を拭き、少年の動きを見た神父は椅子に座り直す。

 口を拭き終えると、少年は使ったタオルを神父に渡そうとした。この為、神父は手を伸ばしてそれを受け取り、綺麗に畳んで机上に置く。
 
「さて、そろそろ話を伺いましょうか。君のような子供が、盗みを働かなければならない理由を」
 男性は、少年の目を見つめる。しかし、少年は怯えた様子で目を逸らし、拳を握って震え始めた。
 
「勘違いをしないで下さいね? 私はそれを聞いて責めることは致しませんし、警察に罪を告げる気など、毛ほども御座いません」
 神父は微笑み、彼の話を聞いた少年は無言で目を泳がせる。少年は、暫くそうした後で唇を噛み、意を決したように話し出した
 
「お家でご飯が貰えないから……食べられるものは、僕の手が届かないところにしか無い」
 少年は、そう言ったところで目を擦り、自らの感情を誤魔化そうとする。

「僕は、生まれてこなければ良かったんだ。パパもママもそう言ってる。僕が居なければって、何度も言ってる」
 少年の話を聞いた者は目頭を押さえ、流れそうになった涙をなんとか抑える。男性は、そうした後で立ち上がり、椅子に座る少年の体を抱きしめた。
 
「分かりました。では、お腹が空いたらここに来なさい。ここには、君と同じような境遇の子達も多く暮らしていますし……一人分の食事位、何時でも出せます」
 男性は少年の肩に手を乗せ、目を見つめた。この時、少年は何度か大きな瞬きをし、それから震える声で話し始める。
 
「本当に? 本当にここに来たら、御飯を食べられるの?」
 少年の問いを聞いた男性はゆっくり頷き、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。

「ええ。でも、君は小さな子供ですから、来るなら明るいうちにしなさい。それと、空腹のあまり財布を盗もうとしたなら、もう盗んではいけませんよ?」
 神父の話を聞いた少年は頷き、その仕草を見た者は小さな肩から手を放した。その時、彼らの居る食堂にはリタが現れ、男性の顔を見て会釈をする。すると、彼女の存在に気付いた神父は、机上に置いた紙袋を手に取りリタに渡した。この時、少年は二人の足元を素早く通り過ぎ、孤児院の出入口へ走っていく。
 
「良かったのですか、引きとめなくて?」
 リタは、そう言うと少年の去った廊下を見た。一方、神父はゆっくり首を振り、リタの疑問に答え始める。

「私には、彼を引きとめる義務も権利も有りません。彼が、ここに来るも来ないも自由です」
 神父は目を細め、リタに渡した紙袋を見つめた。
 
「それと、すみません。あの子にチョコを一枚あげちゃいました。イースターエッグを作るのに足りなかったら言って下さい。また買いに行きますから」
 男性は微苦笑し、リタは微笑みながら頷いた。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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