頼れる兄貴と温かな飯

文字数 2,536文字

「すみません。今回、間に合いませんでした」
 それだけ言うと、少年は車のドアを閉めた。一方、運転手は少しの間を置いてから車を走らせ始める。その場に残された少年は唇を強く噛み、顔を下に向けて涙を流した。少年は、直ぐに涙を拭うと頬を叩き、とぼとぼと道を歩き始める。
 
 闇の中少年が向かったのは、彼が小さな頃暮らしていた孤児院だった。彼は、孤児院の入口に到着するとそれを眺め、暫くそうした後で堅い壁に背中を付ける。

 少年は、そうした後でしゃがみこみ、空が明るくなるまでそこに居た。しかし、子供たちが起き出す時間になると立ち上がり、自らの住まいへと向かっていった。

 家に帰った少年は、疲れ切った様子で床に倒れ込む。彼は、力が抜けきってしまったのか直ぐには立ち上がらず、数十分の間を置いてから浴室へ向かった。浴室に向かった少年は、身に着けていたものを脱ぐとシャワーを浴びる。そのシャワーの勢いは強く、その音で隠すようにして少年は嗚咽を漏らした。
 
 ひとしきり泣いた後、少年はシャワーを止めて寝室へ向かう。裸のまま寝室に来た少年は、下着だけを身に付けてベッドに寝転んだ。彼は、そうした後で目を瞑り、布団を掛けることなく眠ってしまう。

 少年が寝息を立て始めてから何時間か経ち、彼の家にはアランが訪れた。彼は、玄関のベルを何度か鳴らし、それに気付いた少年は寝呆けた状態で玄関に向かう。この際、少年は下着姿のままで、乾かさずに寝た為か寝癖が酷かった。そのせいか、彼を見た訪問者は溜め息を吐き、ぼさぼさの黒髪を何度か撫でる。
 
「お前……出る前に鏡くらい見てこいよ。せっかくの美形が台無しだぜ?」
 そう言って笑うと、赤髪の青年は少年の額を軽く小突く。対する少年は瞼を擦り、眠そうに言葉を返した。

「美形は、寝起きだって美形だよ……服は着てくる」
 そう言い残すと、少年はアランを玄関に残したまま寝室へ向かった。彼は、そこで上着を着ると洗面所へ向かい、鏡の前で髪を整える。
 
 彼がそうしているうちに、アランは屋内に入りリビングへ向かった。青年はそこに置かれた椅子に座ると天井を見上げ、少年の身支度が済むのを待った。

 程なくして少年の身支度は終わり、彼はアランの居るリビングへ入る。少年は、平然と座る青年を眺めて苦笑し、青年の対面に腰を下ろした。
 
「眠たそうだな。ま、疲れるのも無理はねえ」
 アランは目を瞑り、息を吐いた。対する少年は苦笑し、そのまま話の続きを待った。

「手遅れだったんだってな。でも、それはお前のせいじゃねえ。長くやってりゃ、何時かはぶつかる壁だ」
 青年は、そう加えると左目を開き、少年の顔をまっすぐに見る。一方、アランの言葉を聞いた少年は目を伏せ、悔しそうに口を引き結んだ。
 
「だけどな……だからと言って、お前まで手を血に染めることはねえんだ。流れた血が服に付いたり床に落ちたら、後で面倒も起きる」
 話を聞いている少年は無言で頷き、アランは細く息を吐く。

「ま、今回は急所を外していたし、血も飛び散っていなかったから及第点だな。次にやったら、上も黙ってはいねえだろうけど」
 青年は口角を上げ、歯を見せる。彼は、そうしてから立ち上がり、腰に手を当てて少年を見下ろした。
 
「さて……言いたいことは大体言ったし、俺は昼飯を食いに行く。奢んねえけど、お前も食いに行くか?」
 少年は肯定の返事をし、椅子から静かに立ち上がった。その後、二人は揃って家を出、入り組んだ道を通って店名が書かれていない食堂へ入る。二人が入った食堂は、小さいながらも座席ごとに仕切られていた。また、照明は薄暗く、まだ昼間だと言うのに距離があれば顔の判別さえ難しい。
 
 しかし、食事をするのにそれ程困ることもなく、二人はそれぞれに注文を終えてから顔を見合わせた。

「どうだ、この店。俺達みたいなのには、うってつけだろ」
 そう話すと、青年は歯を見せて笑う。対する少年は小さく頷き、肘をテーブルに付けて手を組んだ。
 
「確かにね。お洒落なオープンテラス? とかは俺達には合わない」
 少年の前には水の注がれたコップがあり、硝子製のコップには水滴が付き始めていた。少年は、そのコップを手に取って喉を潤し、冷たい呼気を吐き出した。

「お洒落かどうかってのは別の話だ。ここは、おおっぴらに話せない話をするのには便利な場所だ。迷わなきゃ人が来ねえし、来ても店だとは思われねえようにしてある」
 アランは、そう話すと目線を左右に動かした。
 
「加えて、区切られた席……話し声も聞こえにくいし、姿も見られにくい」
 その話を聞いた少年は周囲を見回し、小さく頷いてみせた。

「確かに。でも、俺達で話すなら、どっちかの家で話せば良さそうな気もするけど?」
 少年は、そう返すと意味有りげに首を傾ける。対するアランは細く息を吐き、左目を細めて一笑する。
 
「それが分からないようなら、お前はまだ子供ってことだ」
 青年は、冷水を口に含んで嚥下する。少年は目を瞑って長く息を吐き、降参した様子で話し出した。

「いずれは、アラン以外……俺達より暗い世界に生きる人間も、相手にしなきゃならなくなる。それも、美味しい食事をしながらじゃなきゃ駄目……って、ところかな?」
 少年の推論を聞いた者は短く息を吐いた。そして、目を細めて口角を上げると、アランは楽しそうに言葉を発する。
 
「さてな……料理が出来たみてえだ」
 青年は、そう言って目線を右に動かした。この時、彼の目線の先には料理を運んで来た店員の姿が在る。その店員は大きなマスクを掛け、白い帽子を目深に被っていた。そのためか、店員の表情ははっきりしない。

 また、白い制服の上に黒いエプロンを身に着けており、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。その店員は、配膳を終えると二人から離れ、少年はテーブルに並べられた料理を見下ろす。
 
「ま、とにかく冷めないうちに食っちまおうぜ? 飯は温かいうちに食うのが一番だ」
 青年は、パンを掴んで口に押し込んだ。それを見た少年も食事を始め、二人は十分程を掛けて料理を食べ終える。

 食事を終えた青年は、満足そうに腹に手を当てると欠伸をした。一方、少年は残っていた水を飲み干し、落ち着いた様子で息を吐く。
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登場人物紹介

主人公
ネグレクトされている系男児。
しかし、救いの手が差し伸べられて成長する。

神父
主人公に救いを差し伸べるが、差し伸べ方がやや特殊な年齢不詳な見た目の神父。
にこやかに笑いながら、裏で色々と手を回している。

兄貴分
ガチムチ系脳筋兄貴。
主人公に様々なスキルを教え込む。
難しいことはどこかに投げるが、投げる相手が居ないと本気を出す脳筋。

みんなのオカン
主人公を餌付けして懐かせる系オカン。
料理が上手いので、餌付けも上手い。

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