第21話 <荒療治>

文字数 1,763文字

数日後、再び店に圭介がやって来た。

「少しいいかな?」

圭介が言った。

「ちょっと出て来る」

私は店を亨と賢斗にまかせて、仙台堀川(せんだいぼりかわ)沿いの遊歩道に向かった。

「いろいろ悪かったな」

「ほんとだよ」

嫌味を込めて言った。

「里美、とりあえず家に戻った。
今は気持ちも安定してる」

「そう、良かった」

しばらくの沈黙の後、圭介は口を開いた。

「ごめん、
ずっとちゃんと謝りたかった」

「うん」

「ちゃんとお前の話をきかないまま、今まで来てしまった。
俺に言いたい事、沢山あるだろう?
今更とか思わなくていいから、今ここで吐き出せ」

圭介のその言葉を聞いた途端、目の奥が熱くなった。
目の前の景色が歪む。

「ずっと…… 辛かった」

思わずそんな言葉が口からこぼれた。

そしてこらえていた涙が頬をつたった。

辛い気持ちなんてもうとっくに抑え込んだと思っていたのに、
気がつくと次から次へと涙がこぼれ落ちた。

「全部俺が悪いんだ、ほんとごめん」

眉間に力を入れて、目を閉じながら圭介は言った。

「大好きだったの、ほんとに。
いつかは圭介と一緒に家庭を持ちたかった、嘘じゃない」

溢れる涙と一緒に、これまで封印してきた思いが吹き出した。

「うん」

圭介は静かに頷いた。

「でも、私、圭介の事ちゃんと見てあげられなくて。
その事ずっとずっと後悔してた。
後悔してた事すら伝えられなくて……」

子供のように泣きじゃくりながら思いは止まらなかった。

私、ほんとはまだ全然立ち直ってない。

風がザワザワと遊歩道の桜の葉を揺らし、圭介が口を開いた。

「俺はずっと逃げてたんだな、お前からも里美からも」

私は泣きながら圭介の言葉を聞いた。

「俺だって、ほんとにお前と家庭を作るのが夢だったんだ。
でも、自分の過ちでその夢は消えた」

圭介はさらに言葉を続けた。

「家族に憧れててさ、
お前みたいなやつと家族になったら楽しいだろうなって。
でも俺、お前の夢を待ってやれなかったんだな。
早く幸せっていう『形』が欲しかった。
弱かったんだと思う」

また風が木々をザワザワと揺らした。

「欲しかった思い描いた形の家族が持てなくなって、
いつも空っぽな気がしてた。
里美が頑張れば頑張るほど、心苦しくて目をそらした。
それも俺の弱さ」

圭介は目線を少し落とし、小さく息を吐いた。

「でも、それでも家族なんだ。
欲しかった家族ってやつが、最初の希望と形は違うけど、
すでに手元にあるんだ。
だったらもう一度、この家族に向き合って立て直そうと思う」

そして顔を上げ、私の肩を掴んでまっすぐこちらを見て言った。

「ごめんな、小夜子。
俺はもうあの家の家族なんだ」

また涙が溢れた。

いや、逃げていたのは私も同じかもしれない。

決定的な言葉を聞かされるのが怖くて、
圭介も里美もシャットアウトしたのは私。

でもあの時は二人の話を聞かされるのは耐えられなかった。

今この時、この痛みを受け止めないと、きっと私は先に進めない。
そう直感した。

しばらく私はおいおいと泣き続け、
その間圭介は肩をさすって私が落ち着くのを待った。

呼吸が整い始めた頃、私は口を開いた。

「でも、私も圭介と同じ」

ふーーっと深呼吸をひとつして私は続けた。

「欲しかった圭介との家庭は持てなかったけど、
あの頃欲しかったお店をすでに手にしてる。
圭介を蔑ろにしてまで手に入れたお店、
それが私の選択した結果なんだ。
だから私はずっとあの店を守っていこうと思う」

「うん」

圭介は頷いた。

私は唇を噛んで何かを振り切るように一呼吸おき、

「幸せよね? 私たち」

そう言って顔を上げ、泣き腫らして重くなった瞼で笑ってみせた。

「お前のそういう所、変わんねぇな」

圭介は視線を落として少し笑った。

あぁ、これでほんとに終わったんだな。

さよなら、私の恋。 私の青春。

なんだか気が抜けちゃった気分……。

店まで戻る途中、賢斗のライブの話をした。

「8月31日、わかった、行くよ」

圭介はそう言って駅に向かって行き、私は遠ざかる背中を見送った。
別れ話は耐えられないと思っていたけど、
不思議と心はクリアになった気がした。

「時が、受け入れられるだけの器をくれたのかな」

そんな事を思いながら、私は私の店を目を細めて眺めた。

店に戻ると泣き腫らした目をした私を見て、
亨と賢斗がぎょっとした顔をしていた。

「接客は二人にまかせた、私は仕込みに集中する」

そう言って厨房の奥で壁に向かい、野菜を刻んだ。 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み