最終話  <ニコタマへ>

文字数 1,006文字

9月も半ばに差し掛かった頃、
店の前を通り過ぎる学生たちの姿を眺めながら、
賢斗はちゃんとやってるかな…… そんな事を思った。

ボウルのクリームチーズと生クリームを混ぜていると、
亨が「あ、そういえば仕事決まりそうなんだ!」と言った。

「こないだのリサイタルの動画を見た人がいて、
スタジオミュージシャンとして来てくれないかって声がかかって」

「ほんと!? すごいじゃん!」

「うん、だから早急にここは出ないと……」

「そっか、早くバイト入れないとな……」

そう思っていると

チリン!と

ドアが開いて時田さんが入ってきた。

「いらっしゃい、カフェラテ? アイス? ホット?」

私は微笑んだ。

「いや、今日はミントティーで」

「かしこまりました」

ガンパウダーをティーポットに入れて、
フレッシュミントとともに煮出す。

「あの…… 小夜子さん」

時田さんが照れた様子で話しかけてきた。

「前に言ってた二子玉川のモロッコカフェ、行ってみませんか?」

「え?」

二子玉川、今なら行ける気がする。

「そうですね、行きましょうか」

そう言うと

「ほんとですか! 嬉しいなぁ」

と時田さんは笑った。

「あ、でも実はダブルデートになりそうなんですけど」

そう言って肩をすくめた。

「ダブルデート?」

私はきょとんとして、そう繰り返した。




一週間後、17年ぶりに私は二子玉川の駅に降り立った。

「うわー、ずいぶん変わっちゃったなぁ」

17年という時の流れをしみじみ感じた。

素朴な私鉄の駅らしい、
小さな東急ハンズがあったバスロータリー辺りは、
おしゃれな商業ビルとしてすっかり様変わりしていた。

「小夜子さん! お待たせしました!」

振り向くと時田さんが小走りで近づいて来るのが見えた。

そしてその後ろには萌ちゃんと賢斗がいる。

「え!? なんで二人、どうしたの!?」

思わず声が弾んだ。

「ダブルデート! いいですよね?」

時田さんは笑って言った。

「ようこそ、ニコタマへ」

賢斗がにやっと笑って言った。

「人生って何がどうなるかわからないわね」

私は力が抜けたように笑い、4人はモロッコカフェに向かった。

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亨が出ていくことが決定的になったが、
私はある事を閃き、里美にメールを送った。

「ねぇ、今仕事してないんだったらうちでバイトしない?」

今日もコーヒーの優しくてほろ苦い香りが、私を包んみ込んだ。


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