第5話 <時田さんの娘、萌ちゃん>

文字数 1,579文字


次の日、八重子が出勤してきて
賢斗を見るなり面食らった顔をした。

「今日からお店手伝ってもらうことにした」

「それってしばらく預かるって事?!」

「そう、
はい、こちら妹の八重子。 賢斗君、挨拶して。
こういうときの挨拶は朝でも昼でも『おはようございます』だから」

そう言うと賢斗は
ぼそっと「おはようございます」と言った。

「おはようございます」

戸惑った顔で八重子も挨拶し、厨房の奥に私を引っ張った。

「ちょっとお姉ちゃん、本気なの!?」

「うん、二日間なんとか一緒にいれたし」

「中途半端な事したらもっと可哀想よ」

そう言って、ほうきとちり取りを手に外を掃きに行った。

私はまた賢斗の所に戻り

「バイトはしたことある?」と聞くと「ない」と答えた。

ひとまずオーダーのとり方、お客様への言葉遣い、
テーブルの番号やカトラリーのセッティングなど一通り教えた。

開店時間になって、一人目のお客様がやってきたので、
「さ、早速お客さんが来たよ、レッツゴー!」と賢斗を押し出す。

ぎこちない足取りでお客さんのもとに行き、
黙ってコップの水を置いた。

「あれ? 新入りさん? 今度は男の子なんだね!」

そう話しかけられていたが、
「は、はぁ」というだけで戻ってきてしまった。

やれやれ……。

「あのさ、もうちょっと笑おうか」

賢斗に言うと、そのまま黙って立ち尽くしてしまった。

無理か。

「あーじゃぁ、笑わなくてもいいから、
その眉間のシワだけはやめよう」

「はい」

そう言って賢斗は今度は注文をとりに行った。

世間は夏休みに入ったようで、今日は子連れのお客さんも多い。

学校関係の事はよくわからないけど、
賢斗もこのまま夏休みになるんだろう。

チリンとドアの開く音がして、時田さんが入って来た。

「いらっしゃいませ! 今日は(もえ)ちゃんも一緒なのね」

「萌もこの店なら俺と一緒に出かけてくれるんで」

と、時田さんは笑った。

「時田さんはアイスラテ? 萌ちゃんはホットミルクでいいかな?」

「はい」

萌ちゃんはにっこり微笑んだ。

「この暑いのにホットミルク……
でもそれってメニューにないよね……?」

厨房の奥で水のピッチャーに氷を補充していた賢斗が言った。

「あの子はいつもホットミルクなの、病気でね。
カフェインのあるものとか体を冷やすものがダメなのよ」

小声で言うと、

「え……」

と、賢斗は驚いたように
カウンターに座る萌ちゃんの方を振り向いた。

「元気そうなのに」

「今はね、学校も休学してるって聞いてる」

そう話しながらホットミルクとアイスラテを作り、カウンターに出した。

「小夜子さんの仕事ぶり見てるの好きなんだーー
私も将来カフェでバイトしたいな」

萌ちゃんが言い、

「うちは大歓迎よ」と私は笑った。

「新入りさん?」

賢斗を見て時田さんが聞いた。

「そう、知り合いの子で、しばらく手伝ってもらうことになって」

「へぇ~、若い男の子が入るの珍しいね、活気が出そう」

すると萌ちゃんも

「よろしくね!」

と賢斗に笑いかけ、賢斗は小さく頷いた。

そしてホットミルクを飲み終えた萌ちゃんは、

「先帰ってるね」

と、時田さんを残して店を出て行った。

「具合どうなの?」

私が聞くと

「経過観察で、今は安定してる。
このままいけば二学期には学校に復帰できるかもって」

と、時田さんは答えた。

「そう、とりあえず良かった」

私は安堵して言った。

賢斗は黙って壁の方を向いてお皿を洗っていた。

「萌ちゃんは良い子ね。
いつも明るくてこっちが元気もらえる」

「あれでも荒れていた時期もあるんですよ。
萌が小6の時に妻が亡くなって、
中学生の頃は俺と口聞いてくれなかった。
病気してからかな、あんな風にまた笑うようになったのは」

「病気をするまではチアリーディングのエースだったんですよね?」

「うん、でも病気してからできなくなって。
相当落ち込んでたけど今は立ち直ってるみたいです」

「そうでしたか」

賢斗はその間も黙ってお皿を洗い続けていた。

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