第3話 <普通の味噌汁>

文字数 1,598文字


古い町工場をリノベーションした店の二階は
キッチン、ダイニングと居間、風呂トイレのスペースがあり、
三階は私の部屋と八重子が昔使っていた部屋、
両親が昔使っていて今は物置部屋となった部屋がある。

さらに屋上には離れのようなプレハブがあり、
そこは弟の(とおる)が使っていた。

私は賢斗を居間のソファに座らせて、

「とりあえずお店が終わるまではここにいて」

と言い、また店に戻った。

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

八重子が心配そうに聞いた。

「あんま大丈夫じゃないけど、あの子死ぬとか言ってるし。
自分で死ぬって言うのって、何か救いを求めてる時だって、
何かで読んだんだ」

「お姉ちゃんがいいならいいけど。
それじゃ、私そろそろ帰るね」

「あぁ、もう5時か……」

八重子はパタパタと身支度をして

「じゃ、また明日」

と帰って行った。

さて…… これからどうしようか?

突然ふりかかった難問に頭を悩ませた。

ひとまず未成年だし親に連絡しないとまずいんだろうな……。

気まずい、気まずすぎる……。
なんであの子、うちなんかに来たんだろう?

「はぁーーっ」

と大きなため息をつき、
スマホのアドレス帳から里美の番号を探した。

最後に里美と話したのは電話だった。

「小夜子ごめん……」

あの時、里美は涙声で言った。

「何で? こんな裏切りある?」

私は里美を責めた。

「圭介の事が好きだった。 ずっと、高校の頃から。
でも小夜子の彼氏だったから思いを抑えてた」

「それでも結局抑えられなかったんじゃん」

「圭介が、寂しいって言うから…… 私、つい……」

「聞きたくない!」

電話口で思わず叫んだ。

「許さないから、一生」

そう言って電話を切った。

それ以来里美とも話をしていない。

「この番号、まだ繋がるのかな……」

深呼吸をひとつして、発信ボタンを押した。

何回かコールして聞こえて来たのは、

「はい」

と、こちらの様子をうかがうような声だった。
久しぶりの里美の声だ。

「私、わかる?」

「小夜子…… 何で?」

これから何を言われるのか、警戒しているようにも思える声だった。

「あんたの息子が今うちにいる。
明日死ぬって言ってるからとりあえず保護してる」

「え!? 賢斗がどうして!?」

「そんなのこっちが聞きたいよ!
何があったか知らないけど、こっちも迷惑だし!」

「ごめん」

「ひとまず刺激するのも良くないから、
今晩はうちで預かるけど、明日にでも迎えに来るよね?」

「わかった、明日行く。
まだ清澄白河に住んでるの?」

「まだ同じ所。
今店やってるから店に来てくれればいいから」

「わかった」

そう言って電話を切った。

閉店時間の6時、表の看板をCLOSEにし、店のドアの鍵を閉めた。

今日は仕事が終わってからが戦いだな……。

「よしっ」

とおへそのあたりに力を入れて二階に上がると、
賢斗はスマホを見ていた。

「お腹空いてない?
お店の残りものだけど、唐揚げ丼作るよ」

「いらないです」

スマホから目をそらさず言った。

「え? 食べないと良くないよ」

「後でコンビニでなんか買うからいいです」

変わらずスマホから目線は外さない。

「ご飯はちゃんとしたもの食べなさい」

そう言って台所に立った。

唐揚げ丼と漬物と味噌汁。

簡単なものだったが、二人分をダイニングテーブルに並べ、
こちらに来て座るように促すと、賢斗はダルそうに食卓についた。

「召し上がれ」

私がそう言うと賢斗はお椀に口をつけて味噌汁を一口すすり、
あ…… と少し驚いた顔をしてつぶやいた。

「うまい……」

「普通のお味噌汁だよ。
里美も作ってたでしょう?」

「作ってた。
出汁からちゃんととって」

「普通の家で出汁からなんてすごいじゃない
里美、お料理好きだったんだね」

「味噌汁だけじゃない、どの料理も完璧で。
でもあの人の料理は何だか食った気がしねぇんだ」

静かにそう言った。

この子は、一体どんな生活をしてきたのだろう。

「美味しい味噌汁飲めて良かったね!
死んだら飲めないよ」

そう言うと賢斗は黙って、唐揚げを口に放り込んだ。

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