第6話 <弟>

文字数 1,301文字

次の日、今日も八重子と賢斗とお店を回していると、
弟の亨が帰って来た。

「あんた! またどこほっつき歩いてたの!?」

と私が言うと、

「俺もいい大人なんで詮索すんなよーー
あ、アイスコーヒーで!」

と、カウンターに座った。

亨が戻ってきたのは一週間ぶりだろうか。

年の離れた弟で、ミュージシャンを目指していたようだったけど、
今はバイトで食べ繋いでいるらしく、毎日ふらふらしている。

「いい大人だったらもっとちゃんとしなさいよ!
もうすぐ30でしょ!」

八重子はいつも亨に対して風当たりが強い。

待望の男の子という事で、
両親も甘やかしてしまったのが祟ったのか。

かくいう私も小さな弟は可愛かったが、
八重子にとっては家族の愛情をかっさらっていった弟は、
憎き相手だったに違いない。

今でも自由奔放に生きている亨は気に触るようだ。

「はいはい」

と亨は受け流すと、
厨房の奥で皿洗いをしている賢斗に気がついた。

「あれ? バイト?」

「そう、小園賢斗くん」

と言うと

「小園ってもしかして……」

と賢斗をまじまじと見た。

「しーーっ」

というポーズで八重子は人差し指を口に当てた。

「賢斗くん!
うちの弟、屋上に住んでるの、よろしくね」

私がそう言うと賢斗はこちらを振り向き、

「よろしくお願いします」

と頭を下げた。

「あ、それ後でいいから今のうちご飯行っちゃって!」

と、さっとまかないを用意し、二階に行くよう促した。

「小夜姉ぇ、どういうこと? あれ、圭介さんの子だよね?
俺よく遊んでもらったから覚えてるけど、そっくりじゃない」

カウンターに身を伏せて小声で亨は言った。

「荒療治ってやつじゃない?」

八重子がグラスを拭きながら言った。

「なるほどね、逆にそれでトラウマが消えるかもって?
まぁ俺は弟ができたみたいで面白そうだけど!」

そう言って笑った。

二人とも好き勝手言って……。

私は黙って賢斗がやっていた皿洗いの続きをした。

夕方、里美から宅急便の荷物が届いた。

発送元の住所からすると、
住んでいるのは二子玉川のタワマンと言った感じか。

「セレブか……」

思わずつぶやいた。

荷物の中身は伝票の記載によると、
着替えやら漫画やらが入っているようだ。

とりあえず今日までの下着類はコンビニで買って、
服は亨のものを着せていた。

ダンボールを抱えて階段を上がり、

「あんたの荷物届いてる
あと、洗濯物あるでしょう? 出して!」

と、言って部屋に入った。

「これ?」

私はそう言って丸めて置いてあった、
Tシャツとパンツのかたまりを手に取った。

「余計な事すんな!」

賢斗はそのTシャツとパンツを奪いこう言い放った。

「親代わりとか気取ってんの?
俺あんたに魂まで売る気ないから」

尖ったナイフのような目とはこういう事を言うのか。
賢斗は鋭い眼差しを私に投げかけた。

「あたしだってあんたの親になるつもりなんてないから!
いつだってあんたの事、家に追い返せるんだからね!」

そう言うと賢斗は私を睨みつけながら
洗濯物をビニール袋に突っ込み、
それを持って部屋を出て行った。

「コインランドリーなら、店出て右に行った先だから!」

そう賢斗の背中に声をかけた。

やれやれ……
反抗期の子供を持つ親ってこんな感じなのかな。

里美に少しだけ同情した。

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