第8話 <選手交代>

文字数 1,167文字

次の日の朝、出勤して来た八重子が
「お姉ちゃんちょっと……」と私を呼んだ。

「何? かしこまって」

「実は…… 子供ができたみたいで……」

「え!? ほんとに!?」

「うん、だから仕事の方はちょっと辞めようかと……」

八重子は結婚してもう9年にもなっているが、
これまで子供ができなかった。
30代後半にようやく授かったのは、姉としてもほっとした。

「まじで!? 俺、叔父さんになるんだ!?」

亨も喜んだ。

「で、私の代わりなんだけど、亨お願いね」

「え! 俺!?」

「賢斗くんも入ったばっかりだし
この店のことわかってる人の方がいいでしょう?
フリーターやってるなら、この店手伝いなさいよ」

八重子が言った。

「そうしてくれると私も助かる」

私もそう言うと

「わかったよ」

としぶしぶ返事をした。

「そもそも本来なら長男のあんたが
ここ継がないといけないんだからね!」

八重子が噛み付いた。

「今時、時代錯誤な!
小夜姉ぇが店やってるし俺関係ねぇだろ!」

「だいたいねぇ、家のこと考えなさすぎなのよ! あんたは!!」

「まぁまぁ二人とも……」

このやりとりを賢斗は黙って見ていた。

「ごめんね、うるさくて」

私がそう言うと

「いや、ちょっと羨ましいなって思って。
俺一人っ子だから」

その言葉に私も八重子も亨も黙ってしまった。

喧嘩できる兄弟がいるってのは良いものなのかもしれない。

そういう訳で、八重子の代わりに亨が店に立つようになった。

「こんにちはー!」

今日も時田さんと萌ちゃんが二人でやってきた。

「あれ? 今日は八重子ちゃんじゃなくて亨くんなの?」

時田さんが言い、

「はい、今日から俺がここを守ります!」

と亨は胸に手を当てた。

「何だか急にイケメンカフェみたいになったね!」

萌ちゃんも笑った。

イケメンという言葉に賢斗は照れているように見えた。

すると時田さんが困ったように話し始めた。

「実は今度、取材旅行で3日ほど家を空けないといけなくて
いつもは萌を実家の母親の所に預けるんですけど、
今母がヘルニアで入院中でして、
留守中萌の事をどうしたものかと思っていまして……」

「私は一人でも大丈夫だよ! もう16歳だよ!」

「でもお前、万が一の事があったら……」

時田さんは心配そうな目をして言った。

「うちで預かりましょうか?」

私が申し出ると

「いやいやそんな!」

と時田さんは恐縮したが、

「うちは今、託児所状態なんで
もう一人くらい増えても大丈夫ですよ」

と、笑った。

「萌、どうする?」

時田さんが聞くと

「小夜子さんの所だったら来たい!」

と言うのと同時に

賢斗がガシャン!と洗い物を落とした。

年頃の男の子からしたら、
同じくらいの年の女の子と
数日一つ屋根の下は刺激が強いかしらね……。

でも、今の賢斗に萌ちゃんみたいな子は必要かもしれない。

「ぜひぜひ! 大歓迎!」

と私と萌ちゃんは一致団結した。

「申し訳ない!」

時田さんは頭を下げた。

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