第4話 <17年ぶりの里美>

文字数 1,711文字

次の日の午後、里美が店にやって来た。

17年ぶりの対面。

「久しぶり、小夜子変わらないね」

「里美も」

口ではそう言ったが、里美は痩せて小さく見えた。
小ぎれいな奥様と言った風貌だったが、何だかちぐはぐな感じもした。

「賢斗くーん! ちょっと来て!」

ダンダンと足音がして、二階にいた賢斗が階段を降りて来た。

「賢斗!」

里美が呼びかけるとその顔を見た賢斗は、はっとした顔をし、
途端に猛獣のような目つきをして店中に響く声で噛み付いた。

「ババァ!!
来てんじゃねーよ!!!!」

私は思わずビクッと体を強張らせた。

「だって賢斗、ずっとここにいる訳にもいかないでしょう?」

里美が説得したが、賢斗は

「うるせぇ! もううんざりなんだよ!!」

と、階段を駆け上がった。

八重子は驚いているお客さんに

「失礼しました……」

と頭を下げ、私は

「賢斗君!」

と後を追った。

賢斗は三階まで上がり、八重子の部屋に入ってしまった。

うわ、鍵かけてやがる……。

「ちょっと迎えに来てるんだけど!」

「お前なんでババァに連絡したんだよ!!」

「だって君はまだ未成年だし、
親に黙ってる訳にいかないでしょう!!」

「迷惑だもんな! 俺の存在なんて!!」

「そうじゃないでしょう……」

困ってドアの前に立ち、どうしたものかと考えていると、
震えた声が返って来た。

「もう…… 助けて……」

私はそれ以上出て来いとは言えなくなった。

賢斗を部屋から出す事は諦め、
階段を降りて階下に行くと、居間のソファに里美が座っていた。

八重子が通したのだろう。

「ごめん…… また迷惑かけて」

里美が一層小さくなって言った。

「あの子、いつもババァとか言ってるの?」

「うん」

里美は俯いて答えた。

「あの子、今高2なんだけど、
2年になってからほとんど学校に行かなくなって……。
何とか行かせようといろいろ頑張ったんだけど、
状況は悪くなるばかりで
もう、どうしていいかわからない……」

そう言って頭を押さえた。

「圭介は…… 圭介は何て?」

「あの人は今、単身赴任で大阪、
年に数回しか帰って来ないわ」

そうなんだ。
あの人、東京にいないんだ……。

「こっちにいたとしてもあの人は私にまかせっきりよ。
仮面夫婦だもの、私たち」

そして静かにこちらを見て言った。

「因果応報、良い気味って思ってるでしょう?」

里美の目の奥には、怒りとも悲しみともつかない影が宿っていた。

私はそれには応えず、

「それよりあの子、どうするつもり?
死ぬとか言ってるけど大丈夫なの?」

と聞いた。

「いつもの事よ。
あの子、私と一緒にいたくないの
私のことが嫌いなのよ」

目線を落として言った。

この親子の間には、そう簡単には埋まらない溝がある。

「もし……」

自分でも思いがけない言葉が口から出た。

「もし、里美が了承してくれるなら、
しばらくうちで預かってもいいけど」

「え?」

眉をひそめてこちらを見た。

「私の個人的な意見だけど、今はあんたとあの子、
少し距離を置いた方がいい気がする」

「でも小夜子……」

「一人の子供が切羽詰まった状況を放ってはおけない」

私が真っ直ぐに里美を見て言うと、
里美はふーっとため息をついて

「その正義感も相変わらずなのね」

と言い、さらにこう続けた。

「私じゃ駄目なのね……」

「思春期だしそういう時期なだけかもしれないし、
今そうすれば先々道は開けるかもしれないし」

そう言うと

「わかった」

と、静かに言った。

「結構めんどくさい子だけどよろしく頼みます。
着替えとかあの子の荷物はなるべく早くここに送るわ」

そう言って、里美は二子玉川に帰って行った。

私は三階に上がり、
賢斗が引きこもっている部屋のドアをノックした。

「里美帰ったよ。
今日もうちにいていいから安心して」

そう言うとドアが少し開いて賢斗が顔を覗かせた。

「そんなに家に帰りたくないなら、
しばらくうちにいていいから」

私が言うと、賢斗は

「え?」

と顔を上げてこちらを見た。

「わざわざうちに来たのは、
何かしら思う事あったからなんでしょう?」

賢斗は何も答えなかった。

「その代わり! ただでは置いとかないよ!
お店手伝ってもらうから。
ちょうどバイト募集しようと思ってたのよ」

賢斗は驚いたように目を見開いてこちらを見ている。

「返事は?」と聞くと。

「はい」と答えた。

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