第15話 <切ない夜>

文字数 878文字

8月31日のリサイタルに向けて、
亨と賢斗はプレハブで何やらごそごそとやっていた。

私もインスタでお知らせをしたり、
店の壁に貼るチラシを作ったりした。

「へー、賢斗くん歌うんだ?」

今日は調子が良いとかで、店に遊びに来ていた八重子が
カウンターでオレンジジュースを飲みながら言った。

「曲目決まったの?」

私が聞くと

「まだ内緒な!」

と亨は賢斗に目配せした。

二人、なかなか気が合っているみたい。
賢斗は亨の前だと笑顔が増える。

するとチリン!と、
若い男の子が4人入ってきてテーブル席に座った。

それを見て賢斗がはっとなった。

「あれ! 賢斗じゃん!」

その中の一人が気がついて声をかけた。

「何? バイトしてんの?」

「うん、そう」

「家遠くない? 確か二子玉(ニコタマ)だったよな?」

「今はここでお世話になってる」

「そっか、てかお前学校ずっと休んでどうしたんだよ?」

「うん…… まぁいろいろ」

「勉強けっこう進んでるからあんま休むと追いつくの大変だぞ。
二学期は来れんのか?」

「うん…… まだわかんないな……」

「ふーん、まぁ、わかんねーけど、早く来いよ」

そう言ってその子はまた仲間の所に戻って行った。

「お友達?」

聞くと

「うん。 前にやってたバンドの仲間」

と答えた。

「あ、そうだ」

さっきの子が立ち上がって賢斗の所に来た。

「俺ら今度この近くの店でライブやるんだ、今日は下見でさ。
新しいボーカルも見つかったし、良かったら来てよ!」

そう言って一枚のチラシを賢斗に手渡した。

「あぁ、行けたら行く」

賢斗は答えた。

私と亨は黙って仕事を続けていた。

バンドを続けていたら、自分がそのライブで歌えただろうに。

この子にとっては価値のあるものだったバンド活動、
それを取り上げなきゃいけないほど大切な事って何だろう?
私にはいまいちわからない。

その日の賢斗は夕飯を食べた後、すぐに部屋に入ってしまった。

屋上からは亨のギターの音が聴こえる。

「『今宵の月のように』か……」

優しく温かく力強く励ましてくれるような
アコギの音が漏れ聞こえる。

賢斗にもギターの音は聞こえているだろうか?

私はベッドに横たわり、その音色を聴きながら眠りに落ちた。

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