第19話 <賢斗の失言>

文字数 1,124文字

8月も下旬に差し掛かった頃、里美が店に現れた。

「今日は賢斗と話がしたいのよ。
そろそろ夏休みも終わりが見えてきてるし」

「わかった」

暇な時間帯だった事もあり、
店は亨にまかせて私と里美と賢斗は二階に上がった。

「学校の事、どう考えているの?
さすがにこのままって訳にはいかないのわかってるよね?」

「わかってるよ」

賢斗は里美の目を見ないで言った。

「せっかく慶英学園に入ったのに、何が不満なの?
あの学校出たら将来楽なのよ! 今頑張らないと……」

「わかってる!!」

賢斗は怒鳴った。

「わかってるよ、
でも、あんたは俺の気持ちなんかいつも無視して……
俺はあんたの望む世界の住人じゃねぇ、
もううんざりなんだよ!」

「何言ってるの?
賢斗、私はあなたのためを思って言ってるのよ!」

「俺のためとか言ってっけどわかってんだ、
自分のためだろ、全部。
俺、この家に来て自分にとっても大事なもの、
少しずつわかりかけてきてんだ」

そしてこう付け足した。

「俺、小夜子さんの子供だったら良かった」

「賢斗!」

思わず私は声をあげた。

里美は心底ショックを受けたような顔で、

「そう…… ここでもまた小夜子なのね」

と言った。

「そもそもが間違ってた、私じゃないのよ」

「里美……」と声をかけたが、
里美はバッグを掴んで階段を駆け下り、外に出て行った。

「賢斗、言い過ぎ!」

振り向きざまに言い、里美の後を追って外に出たが、
すでに里美の姿はなかった。

その後も何度か里美に電話とメールをしたけど、応答はなかった。

賢斗は一言も話さず、その日は重苦しい空気の中、夕食を食べた。

次の日、携帯の着信音が鳴り、
「里美!?」と慌ててスマホを手に取ったが、
かけてきた相手は圭介だった。

「元気か? いろいろ迷惑かけてすまない」

17年ぶりの圭介の声。
心臓の鼓動が大きく鳴る。

「どうしたの? いきなり」

そう聞くと

「里美がいなくなったんだ
今日、里美の母親が会う約束をしてたみたいなんだけど、
自宅にもいないし連絡つかないって。
賢斗が小夜子の所にいるって聞いてるから、
小夜子、何か知ってるかと思って」

とっさに昨日の場面が思い浮かんだ。

「実は昨日、うちに里美が来て、
賢斗と話してるうちにモメちゃって。
賢斗にわりとキツイ事言われてここを飛び出したのまでは
わかるんだけど……」

「そうか。
俺、明日から夏休みって事で休暇もらったから、東京に戻る。
お前の所に行こうと思うけど、まだ清澄白河か?」

「うん、そう。
お店やってるからお店に来て」

そう言って電話を切った。

久しぶりの圭介との会話。

電話を持つ手が小さく震えていた。

それにしても里美、どこに行ってしまったんだろう。

どこかのホテルにでも泊まっているならいいけど。

賢斗にはひとまず黙ったまま、眠れない夜を過ごした。

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