第20話 <一家の行方>

文字数 2,345文字

チリン!

ドアの開く音がして、圭介が姿を現した。

「いらっしゃい、久しぶり」

心臓がドキドキ鳴っていたが、平静を装って声をかけた。

17年ぶりに見る姿。
それなりに年を重ねた感は否めないが、
当時の雰囲気はそのままだ。

「父さん! どうして!?」

賢斗は驚いて言った。

「母さんがいなくなった」

圭介が賢斗に向かって言った。

「え!?」

賢斗は目を見開いて圭介を見た。

「あれから何か連絡は?」

私が聞くと

「何もない」

と圭介は首を横に振った。

「警察にはもう届けてあるから、何かあったら連絡が来ると思う」

賢斗は気まずそうにグラスを拭いていた。

仕込みの野菜を刻んでいた亨も黙って様子を伺っている。

「賢斗、母さんの事は嫌いか?」

圭介はそう問いかけた。

「わかんね」

賢斗は答えた。

すると携帯の着信音が鳴り、圭介は即座に電話を手に取った。

「はい、え!? 見つかった!?」

その場にいた一同が、意識を電話に集中させる。

「茨城の大洗…… わかりました」

そう言って電話を切った。

「里美、茨城の海で保護されたようだ」

「そう、とりあえず見つかって良かった……」

ひとまず私は肩をなでおろした。

「これから大洗まで里美を迎えに行ってくる」

圭介が言い、

「あ、私も一緒に行く、車出すよ」

思わずそう申し出た。

「賢斗も、一緒に来る?」

「うん」

賢斗は小さく頷いた。

「亨! ごめん! ワンオペで!!」

そう言うと

「承知しました!」

と、亨は敬礼をした。

私と圭介と賢斗の3人は車で大洗に向かった。

道中会話はほとんどなかった。

保護されている地元の警察署に行き、受付でその旨を申し出ると、
奥の部屋から職員さんに連れられて里美が姿を現し、
圭介の顔を見るなり、大粒の涙を流した。

「ごめんなさい」

消え入りそうな声で里美は言った。

「とりあえず、出よう」

圭介は里美の肩を抱いて外に出た。

駐車場まで来た時、里美は堰を切ったように話し出した。

「私、私いつも圭介がどうしたら
私のことを見てくれるのかって……」

泣きながら膝から崩れ落ちた。

「だって、圭介いつだって小夜子の事
忘れた事なかったでしょう!?」

里美は呼吸もままならないくらい、
これまでの全てを吐き出すかのように泣きじゃくり、
圭介は里美の背中をさすった。

「部屋もピカピカに磨いて、料理も手の込んだもの作って、
子供もまっすぐ育って……
家が幸せな空気になれば圭介も私を見てくれるって思ってた。
そのために必要なもの頑張って集めた…… でも……」

賢斗も黙ってその様子を見ていた。

「私がいなくなれば、
圭介も賢斗も小夜子も幸せなんじゃないかって思って。
私はもういなくなった方がいいんだって」

きれいな顔が涙でぐちゃぐちゃだった。

「そんな事ないよ」

圭介は里美を抱きしめ、
背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせた。

その様子を黙って見ていた賢斗が静かに口を開いた。

「きれいに整えられたものよりさ、
俺、ダメでもみんなが正直で笑ったり怒ったりできる家がいい」

それを聞いて里美はまた涙をこぼした。

ひとしきり泣いた後、少し落ち着いたのか、
里美は大人しくなった。

帰りの車内も静かなものだったが、
ハンドルを握りながら私は話し始めた。

「私お店をやってる中でね、
不思議な法則がある事に気がついたの」

みんな黙って話を聞いていた。

「自分の気持ちが『売上上げなきゃ!』とか、
『素敵に見せなきゃ!』って
頑張れば頑張るほどお客さんが遠のいて行くのね。
でも自分が楽しんでいたり『誰かに喜んでもらいたい』って思うと
お客さんは増えてくるんだ」

バックミラーを見ると、里美はただ窓の外を見ていた。

「『幸せにならなきゃ!』って条件だけ集めても
うまくいかないんだよね。
自分から湧き上がる『幸せ』って思う気持ちを
周りにも提供するんだって意識にならないと
ダメなんだなってお店をやっているうちにわかったんだ」

もっともらしい話をしたけれど、
私は自分の発した言葉で気がついた。

この二人の幸せを願わなかったのは私……。

「絶対許さない!」

あの時放った自分の言葉が頭の中でリフレインした。

里美がこれまで手放しで幸せな気持ちになれなかったのは、
私への罪悪感もあるのではないか?

「私たちは幸せになってはいけない」

頭のどこかにあるその呪縛が、
この家族の幸せを阻んでいるとしたら……。

それから4人はほとんど言葉を発さないまま、
車は清澄白河に着いた。

賢斗に先に店に戻るよう促し、
私と圭介と里美は駐車場に残った。

「もしかしてこのもつれた糸をほどく鍵は私かもしれない」

私が切り出したが、二人は何も言わず黙っていた。

「私が二人を許せばあんたたちの家庭は
うまく回り始める気がする。
でもわかんないのよ、どうしたらわだかまりが消えるのか。
私だって17年も昔の事、もういいじゃないって思うよ。
でも、消せないの」

圭介と里美は変わらず黙って立ち尽くしていた。

「ごめん、今はそれしか言えない。
だけど、またいつか3人で笑ったりできる日が来たりするのかなって、
そんな日が来たら素敵だなって思ってる」

少し間を置いた後、

「また来るよ」

と圭介は言った。

「うん」

と私は言い、二人は二子玉川へ帰って行った。

店に戻ると、八重子も来ていた。

「ワンオペは厳しかったみたいよ。 亨から連絡来て。
今日はたまたま調子が良くて手伝いに来れた」

そう言って笑った。

「今日はもう上に上がってなさい」

賢斗にそう言い、私はカウンターに座り込んだ。

「お疲れ」

亨がコーヒーを入れてくれた。

「あの頃はさ、
大人になるともっとスムーズに
生きられるんだろうって思ってた」

私が言うと、

「うん」

と、八重子が頷いた。

「でも大人になったらなったで
ややこしさはより一層増すと言うか……」

「そうね」

亨は八重子にもコーヒーのカップを渡し、
自分用に入れたカップに口をつけた。

3人は黙ったまま、コーヒーを飲んだ。

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