第17話 <夏祭り>

文字数 1,400文字

チリン!

ドアが開き、時田さんと萌ちゃんが入って来た。

「いらっしゃい」

私が言うと、賢斗はチラリと二人を見て

「いらっしゃいませ」

と挨拶をした。

「今週末、富岡八幡のお祭りがあるからさ、
みんなで行かないかって萌が」

「あー、もうそんな時期か。
もう何年も行ってないから今年は行こうか?」

亨に声をかけると。

「いいね!」

と言い、土曜日にみんなでお祭りに行くことにした。

当日は、萌ちゃんと時田さんがうちにやって来て、
八重子が「私の浴衣着てみない?」と萌ちゃんに着せた。

「可愛い! やっぱり女の子は浴衣いいねぇ~」

私が言うと、

「けっこう可愛いじゃん」

と、ぶっきらぼうに賢斗も言った。

門前仲町(もんぜんなかちょう)富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)の境内は綿あめやりんご飴、
金魚すくいにヨーヨー釣りなどいろいろな屋台で賑わっていた。

縁日なんて久しぶりだ。
お祭りはやっぱりわくわくする。

萌ちゃんは綿あめを食べながら賢斗と並んで歩いていた。
時々綿あめをちぎって賢斗にあげたりしている。

「まるでカップルじゃん!」

私と亨は後ろから暖かく見守っていたが、
時田さんは複雑な表情をしていた。

「お! 賢斗! 射的やろーぜ!」

亨が言った。

二人は銃を構え、体をぐーっと伸ばして的を狙っている。

萌ちゃんは「当たれー!」と応援していた。

すると少し離れた所で見ていた時田さんが私に話しかけた。

「萌のあんな顔見るのは久しぶりですよ」

「ねぇ、楽しそうで良かった」

「本当、ありがとうございます」

「いえいえ、何もしてませんよ! 私!」

と、恐縮した。

「小夜子さんは不思議な安心感がありますね。
前から思ってたんですけど、いつか小夜子さんをモデルに
小説を書きたいと思っているんです」

「えー? 私?
そんな大それた人間じゃないですよ!」

そう言って笑った。

「長い事生きていればそれなりに、
苦い思いもしてきたでしょう。
でも、小夜子さんにはそういうのも乗り越える
強さを感じるって言うか……
いや、乗り越えられない自分を受け入れられる
強さっていった方がいいかな?」

何だか気恥ずかしかった。

小説を書くような人って、人を見る目が鋭いのかな。

「素敵です、そういう人」

そう言って時田さんは笑った。

『お父さんね、小夜子さんのことが好きなんだよ』

萌ちゃんの言葉を思い出して、思わずどぎまぎした。

「くっそー! これしかとれなかった!!」

悔しそうに亨たちが戻って来た。

手には小さなまねき猫の人形があった。

「賢斗くんは?」

「これ……」

と、残念そうに酢こんぶの箱を見せた。

すると突然、「トオル!」と声がして、
振り返ると5歳くらいの子供を連れた女性が立っていた。

明日香(あすか)! なんで!?」

亨は驚いたように言った。

「今、実家に戻って来てるの、久しぶりね」

そう言って微笑んだ。

何となく、うちらは邪魔なような気配を感じ取り、
「ほか回ってるね!」と、亨を置いてその場を離れた。

賢斗と萌ちゃんと3人で家に戻り、
水槽に金魚すくいでとった金魚を入れていた時、
亨が帰って来た。

「さっきの人誰?」

私が聞くと

「うーん」としばらく間があり、

「元カノ」と鼻の頭を掻いて言った。

「俺がバンドやってた頃付き合ってたんだけど、
俺みたいな将来が見えない奴は不安だったんだろうな。
身持ちの堅い人と結婚して……でも離婚したんだって。
今は実家に戻って来てるらしい」

「今もあの人の事好きなの?」

萌ちゃんが聞いた。

「わかんね、どっちにしろ俺まだ将来見えてねーしな」

そう言って亨は笑った。

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